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121:追いかけっこ

「――!」


 大声で叫び出さず、息を呑むにとどめた私は我ながらよくやったと思います。

 私の背後、そこに立っている背の高い赤毛の男性がいました。エメラルド色の瞳でこちらを見下ろす彼は、間違いなくエムリオ様でした。


 なんで? どうして?

 さっぱりわけがわからず目を回す私。その一方で、エマさんとハンナさんもわかりやすく動揺していました。

 それもそのはず、やたら私に親しげに話してくるエムリオ様ですが、その実立派な王子様なのです。多分、近くでいることすら烏滸がましいやんごとない身分の方。それがこんな至近距離に現れたのです、驚かない方がおかしいくらいでしょう。


「ああ、すまないね。驚かせてしまったようだ。

 ボクはエムリオ・スピダパム。たまたまヒジリ――サオトメ嬢(・・・・・)を見かけたものだから、少し声をかけさせてもらったよ」


「ちょっと待って。これあたしの幻覚? 今あたしの目の前に王太子殿下がいるんだけど」

「失礼なこと言うものではないのです、モンデラグ男爵令嬢。王太子殿下は確かにそこにいらっしゃるのですよ」


 そんな風に耳打ちしあって、慌てて椅子を降りる二人。

 私は驚きやら何やらで全身が固まってしまって動けない状態のまま、エマさんたちとエムリオ様を視界の両端に捉えることしかできませんでした。


「あの、あのあの、あたし、モンデラグ男爵家のエマ・モンデラグです」

「王国の若き獅子エムリオ・スピダパム王太子殿下にご挨拶申し上げます。ペリーヌ男爵家が長女ハンナ・ペリーヌという者なのです。ああ王太子殿下、お会いできて光栄なのです」


 深く頭を下げるエマさんと、膝を折り曲げてドレスの裾を摘んだ丁寧なお辞儀をするハンナさん。

 二人とも下級貴族なんですからエムリオ様と会うのは初めてなんですね……などと現実逃避気味に考えていた私ですが、エムリオ様の声で我に返りました。


「そんなに固くならないで大丈夫だよ。ここは学園だからね。

 ちょっとサオトメ嬢をお借りしてもいいかな? どうしても話したいことがあるんだ」


 ――私を借りる? 話したいこと?

 理解不能過ぎます。突然現れたかと思えば一体どういうつもりなのでしょうか。

 それより、


「ダメですエムリオ様。ダメ。ダメなんです」


 これ以上会ったらいけない。そう。私とエムリオ様は釣り合わない。だから会ってはいけないと自分を律し、これまで頼らずになんとか自力で頑張ったのではありませんか。


『仮初の聖女の分際であの方と通ずるなど、本来であれば亡き者にして差し上げてもよろしいのですけれど、殺傷沙汰はアタクシ好みませんの。今ここで己の罪を省み、二度とあの方をその汚らわしい瞳で見つめないと誓うのであればアタクシはあなたにこれ以上関わることはございません。消えなさい、悪女。あなたの出る幕なんてこれっぽっちもありませんのよ』


 セルロッティさんの声が脳裏に蘇りました。

 エムリオ様と関われば殺される――その脅しを思い出して、私は気づくと椅子から立ち上がっていました。


「ごめんなさいっ!」


 短く一言叫ぶと、その場を猛烈な勢いで駆け出し、逃げ出したのです。

 我ながらなんとも情けない選択肢でしたが、それ以外思いつきませんでした。


「あ、どこ行くのサオトメ嬢!?」

「ちょっと待つのです。聖女様、殿下を……!」


 エマさんたちの声も聴いていられません。

 テラスを走り出て、廊下へ。淑女が走るなどと……と後で先生に怒られそうだと思いながら私は廊下を突っ走り、どこか身を隠せる場所を探しました。


「はぁ、はぁ、はぁ……! もうすぐ、教室っ。そこならベッキー先生に頼んで隠れさせてもらえるかもっ」


 しかし私は忘れていたのです。

 追いかけっこの相手がとんでもない超人だということを。


「どうしたんだい? せっかく会えたっていうのに傷つくじゃないか」


「ぴやぁっ!」


 瞬間移動でもしたのでしょうか。

 そんな馬鹿げたことを考えてしまうほど唐突に、エムリオ様が私を阻むように立ち塞がっていました。

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