119:高校生活が懐かしいです
――夢を、見ました。
日本で普通の女子高生として毎日を過ごし、異世界なんてフィクションの中だけだと思っていたあの頃の夢。
つい少し前ではその『あの頃』だったはずなのですが、異世界で様々なことがあり過ぎたせいか遠い過去に思える――そんな平凡な日常の夢を。
毎夜のように見ているそれが、いつもよりも一段と懐かしく感じるのはなぜでしょう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ねーねー聖ってさぁ、好きな子とかいる?」
女子というのは皆が皆話好きです。
私の友達も類に漏れず、暇さえあれば噂話をするような子ばかりでした。
ある日の昼休み、そんな話を振られて戸惑ったのを覚えています。
他の子なら大抵気になる人がいたり、今はいなくても過去に誰かと付き合っていたりするものです。しかし私はまだ、恋というものが何なのかすら知りませんでした。
「うーん、私はちょっと、いないと思います」
「そうなんだ? 意外。聖って男から好かれる感じするからもうとっくに彼氏いるかと思ってたんだけど、あんたの性格じゃ確かにそうなるかもねぇ。ビクビクしてないでシャッキリしないと。青春時代はあっという間なんだから」
「おばさん臭いこと言わないでくださいよ。私だって恋の一つもしてみたいって思って悩んではいるんです。ただ、なかなか恋が見つからないだけで」
「隣のクラスの佐藤くんなんてどう? なかなか優しそうだしいい男じゃん」
「無理ですよそんな。佐藤くん、みんなから引っ張りだこじゃないですか。私なんかと釣り合いませんよ」
釣り合わない――。
今思えば私、それを免罪符にして逃げていたのかも知れません。学校の人気者なんて所詮私たちと同じ普通の高校生だったのですから。
今、私の心を侵そうとしている彼は、異世界人であり身分もずっと上で、私なんかが隣にいてはいけない人。
これが本当に恋なのかは私にはわかりません。ですが、少しずつ少しずつ彼――エムリオ様の存在が心を蝕んでいくようで、怖くてたまりませんでした。
イケメンキャラを三次元化したような美青年に微笑まれたら、不可抗力じゃないですか。
泥沼の中へとずぶずぶ嵌っていってしまうような感覚。それに夢の中で必死に抗いながら、私は友達に言いました。
「私、やっぱりまだ恋なんて早いみたいです。それより日常を取り戻す方が今は大事なんですから」
ああ、高校生活が懐かしいです。
朝起きて、制服を着て学校に向かいます。学校ではやかましい男子たちや噂話に精を出す女子たちがいて、私はそんな彼ら彼女らを遠目に眺めます。
先生の授業が終わると帰宅部の私は真っ先に学校を出て、同じく帰宅部な友達と一緒に家まで帰りながら話をするのです……。
ごくごく当たり前な日常。あの日々がだんだん夢の彼方へと消えていくように思えてしまうのが恐ろしい。
いつの間にか私はあちらの世界ではなくこの世界で生きていくことを選び、二度と戻れなくなるのではないか……そんな考えすら浮かんでゾッとしました。
気がつくと私は目が覚めていて、ベッドから身を起こして寮の部屋の窓から外をぼぅっと眺めていました。
時間はまだ深夜。真っ暗な景色の中、街灯らしきもので照らされた先に見えるのは灰色の外装の男子寮です。あの中のどこかにきっとエムリオ様はいるでしょう。しかし私はすぐに窓を閉め、再び布団の中にうずくまります。
そして再び、平凡な日常の夢を見、己の中の戻りたいという気持ちを高めるために眠りにつくのです――。
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