112:エムリオ様が勉強を教えてくださる?
「え、エムリオ様、どうしてここに……!?」
驚き、思わずエムリオ様の顔をまじまじと見つめてしまう私。
しかしそんな私の失礼な態度にも一切不快感を見せることなく、エムリオ様は笑って言いました。
「ボクも実は朝の散歩が好きなんだ。たまたま歩いていたらヒジリの気配がしたものだから、ちょっと見に来たらやっぱりキミだったよ」
「いやいや、おかしいでしょう。エムリオ様、一瞬前まで姿なんてまるで見えなかったのに。瞬間移動でもしたんですか?」
「まさか。超高速で走って来ただけだよ」
なんでもないことのように言うエムリオ様ですが、私は唖然となるしかありませんでした。
文字通り目にも止まらぬ速さで走るなんて、どう考えても人間業じゃないです。やはり異世界人……というよりエムリオ様は、超人のようです。
「ところでそんな超人のエムリオ様は、私に何かご用で?」
「別にボクは超人じゃないけどね。キミの前に現れたのは、キミに男子寮側に入らないよう忠告したかったからさ。学園が始まる一時間後になるまでここは見えないバリアが貼られていて、触れるだけで感電するような仕組みになっているんだ」
「バリアで……感電!? 一体どういうことなんです」
「男は狼っていうだろう。この門は、異性が相手の寮に入って行かないようにするために設置された大きな魔道具なんだよ」
女子寮と男子寮を繋ぐ門。これが魔道具だなんて、信じられません。
というか私、まだ魔道具というものについて詳しく知らないのですよね。もちろん魔法を発生させるなんらかの道具であることはファンタジー知識としてしっかりありますが、実物を見たのはこれで二回目。一回目は最初にエムリオ様に会った時、名前も知らない男たちが私を拘束した時に使っていたアレです。
でも、エムリオ様の説明で相当やばいものなのは理解しました。
「以後、触れないようにします」
「ヒジリは素直でいい子だね」
「そりゃあ痛い思いしたくないですから。……じゃあ私、そろそろ戻りますね。まさかこんなところでエムリオ様とお会いできるだなんて思っていなかったので驚きましたけど、あまり話しちゃいけないですし」
アルデートさんから聞いた話によれば、いくら聖女の私といえど気軽に上の人に話すことができないといいます。身分差がどうだのこうだの面倒臭いことこの上ありませんが、まあこの国の風習であるなら仕方ないでしょう。
私はさっさと帰ろうとして……しかしエムリオ様に呼び止められました。
「せっかくこうして会えたんだ。もう少し話をしたい。別にこうして門を挟んでの会話なら誰にも咎められないさ」
本当にいいのでしょうか、これって。
でも正直、まだ信頼関係を築けていないこの学園の中で、多少なりとも頼れるエムリオ様とこうして話せることは、私にとって嬉しいことではあります。一度きりかも知れないこの機会を簡単に逃したくないという気持ちもありました。
だから、
「ちょっとだけなら」
私はそう言ってしまったのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからたくさん話をしました。
数日ぶりに会っただけだというのに、エムリオ様は私に怒涛の質問攻めを行うのです。オセアンからこの学園に辿り着くまでの道中、学園に入ってからのこと、寮のこと、交友関係のこと……。
心配してくれるのはありがたいですが、あなたは私の親ですかと言いたくなるほどの過保護っぷりに、ドン引きしてしまったのは内緒です。
「授業は順調かい?」
「いいえ。実は私、この世界の文字が全然読めなくて……。クラスメートの子にノートを貸してもらって勉強しようとしたんですけど、なかなか」
「ああ、それならボクが教えてあげるよ。ボクは実は教え上手なんだ。同じ寮の男子生徒がこぞって毎日勉強を教わりにくるくらいはね」
「へぇ……。でもいいんですか、王子様って多分お忙しいのに」
「大丈夫だよ。ヒジリのためならどんな時間でも空けられるから」
私のためならって、いくら聖女とはいえ私のことを心配し過ぎじゃないでしょうか。
しかしそんな本音を言えるはずもなく、私は「お願いします」と言って頭を下げました。
「じゃあ今日にでも勉強会をしよう。放課後、ボクが指定した空き教室に来てほしい。場所は……」
こうして私とエムリオ様は、今日の夕刻に再び会う約束をしたのでした。
アルデートさんが言っていた貴族社会のルールに反するであろうことはわかっていますが、勉強会くらいいいですよね、きっと。
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