110:寮仲間と過ごす夕食
うっかり寝過ぎてしまったようです。
目が覚めるともうとっくに夕刻を過ぎ、外が暗くなっていました。
「うわっ、やばい!」
私は思わずそう呟くと、ベッドを飛び降りるようにして一階へ向かいました。
昼食はそれなりに食べましたが、実は寮の夕食を楽しみにしていたのです。初日から寝過ごして食べ逃すだなんてもったいないことはしたくありません。
この世界の料理は、色こそ少し違和感はあるものの、かなり美味しいのです。よく異世界では日本料理が評価されるという展開があったりしますが、この世界に限ってはそんなことはあり得ません。料理に限って言えば、一生ここで暮らしたいくらいですもの。
……などと考えているうちに、一階の食堂へ着きました。
そこにはちょうど他四人が集まっていて、メイドさんがテーブルに料理を並べているところでした。なんとかギリギリ間に合ったようです。
「あ、サオトメ嬢、起きたんだね。今起こしに行こうと思っていたところだったよ。適当に座って」
エマさんはそう言いながら、空いていた隣の席を指差します。
私は頷いて彼女の隣に腰を下ろしました。
そしてこのまま楽しい夕食が始まる……はずでしたが、その前に問題が発生することに。
「聖女様、その女の言葉に騙されてはなりません。彼女は今の今まで聖女様の存在すら忘れて、自分だけ食べ始めようとしていたのですよ? 差し出がましいようですが、ご友人は選んだ方がよろしいかと思います」
ダーシーさんがエマさんのことを睨みつけながら、そんなことを言い出したのです。
先ほども喧嘩していましたし、多分エマさんとダーシーさんは仲が良くないんだろうなぁとは思っていましたが、今、この場で文句を言い始める必要、ないんじゃないでしょうか。
「いくらあたしが成金男爵令嬢だからってその言い分はないんじゃないの? ピンケル嬢の意地悪」
「いちいち口出しするんじゃありません、モンデラグ男爵令嬢。今私は聖女様とお話ししているのですから」
これ以上続けさせると長引きそうです。
早く夕食にありつきたい私としてはそれは困るのですが、口を挟む勇気もありません。
しかしそこへ救世主が現れました。
「はいはい、二人ともそこまでにしてちょうだい。聖女様が嫌そうにしていらっしゃるのが見えないのかしら?」
イルゼさんの一声で、エマさんとダーシーさんは渋々といった様子で口を閉じました。
あれほど言い争いが加熱しそうだったのにどうしてこんなに急激に収まったかと言えば、きっと身分のせいなのでしょう。イルゼさんは確か伯爵家、男爵家のエマさんも子爵家のダーシーさんも言うことを聞かざるを得ないに違いありません。
一声で下々の者を黙らせてしまう身分差社会って改めて恐ろしいです。
「……聖女様、お見苦しいところをお見せしたのです。二人はずっとこの調子なので相手にするだけ疲れるのです。適当にシュガーゴット伯爵令嬢に任せておけば安心なのです」
ハンナさんがこっそり耳打ちしてくれた言葉に、私は「わかりました」と小さく頷きました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なんとか丸く?収まって、寮仲間たちとの食事会の始まりです。
メニューは銀色のスープ。一体どうやって作っているのかはわかりませんが、味は確かでした。
……ですが。
「なんか明らかに白い目を向けられてますよね、私」
ダーシーさん、イルゼさん、ハンナさんから、なんとも言えない無言の視線を感じます。
エマさんは平気な顔で雑談しながら食べていますけど……。
この状況は一体何なのか。
わかりませんけど、もしかすると私の食べっぷりが良過ぎるせいでしょうか。確かに令嬢って少食のイメージがありますものね。実際イルゼさんたちはこれくらいで足りるの?と言いたくなる量でしたし。
でも成長期の女子にはこれくらい栄養が必要なのです。私は、何か言いたげな彼女たちを無視し、「美味しい美味しい」と言って満腹になるまで食べ続けていました。
この時、彼女たちの真意を読み取ることができなかった私は幸運なのかも知れません。
きっとわかってしまっていたら、羞恥心でいっぱいになって食事を楽しむどころではなくなっていたでしょうから……。
しかしそれを知るのはもっと後の話。
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