107:まさに悪役令嬢
「じゃあね、サオトメ嬢。聖女様と話せて嬉しかったよ」
「私の方こそありがとうございます。では」
昼食が終わると私たちはテラスを離れ、それぞれ別の方向へと歩き出しました。
エマさんは諸用があるのだそうです。なので私は一人で女子寮に向かわねばなりません。
女子寮までの道は、なんとか自力で探すしかなさそうです。
道案内の看板はあるにはあるのですが何せ字が読めないものですから役に立ちません。ああ、落ち着いたらまず字を早く覚えないと……。
そんなことを考えながら一人で廊下を歩いていると、私はふと違和感を感じました。
何でしょう? まるで背後から誰かに見られているような。
しかし振り返っても誰もいません。今来た道が続いているだけでした。
気のせいと言えるほど私の頭はお花畑ではなく、「誰かいるんですか?」と問いかけた、その時。
「ごきげんよう。あなたが入学してきた聖女ですわね。……ふしだらな身なりですこと」
私の鼓膜を震わせたのは、この世のものとは思えない美しい声。
それに驚いて再び前を向いた私は、「あっ」と声を上げてしまいました。
そこに一人の女性が立っていたからです。
すらりと胴が長く、手足も綺麗に伸びていてモデルのよう。素人目に見ても高級品だとわかる真紅のドレスを身に纏っています。
顔の両サイドでくるくると巻いた金髪の縦ロールが煌めき、朱色の双眸が私をじっと見下ろしていました。
「あ、あなたは」
「アタクシ、あなたに発言を許した覚えはないのですけれど? ……まあよろしいですわ。
アタクシはタレンティド公爵家が長女、セルロッティ・タレンティドと申しますわ。かねがね噂は聞いておりましてよ、『裸の聖女』様?」
口元を覆った扇子の中で、意地悪そうにくすくすとこちらを嗤う女性。
それが先ほどエマさんから聞いたばかりのタレンティド公爵令嬢その人なのだと知って、しかし私は首を傾げました。
この人、どう見ても悪役令嬢ですよね……?と。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
学園カースト一位、誰もが羨むご令嬢の正体は悪役令嬢――それも明らかに嫌味ったらしいタイプの悪役令嬢でした。
いや、そんなのが実在するわけがないでしょう、と言いたいところですが、聖女や王子、王女がいる時点で悪役令嬢の存在は疑う余地もありません。
でもまさかこうして実際目にすることになるだなんて思っても見ませんでしたよ。
ごく一部のアニメやラノベ、漫画の中だけに生息?する生物、悪役令嬢。それがどうやらこの世界にもいたようです。
意地悪系お嬢様は嫌いではありませんが、出会い頭に罵倒してくるのはどうかと思います。
「私、さっきあなたと会ったばっかりなんですけど……失礼とか思わないんですか」
「無礼なのはあなたの方でしょう。そんな格好をして、生徒会の一員として許せるものではございませんわ。その豊満な体を晒すことを罪と思えていらっしゃらないのかしら」
朱色の瞳を鋭くしながら、私へ次々と言葉を投げつけるタレンティド公爵令嬢――改めセルロッティさん。
こうして考えて見るといじめっ子とそんなに変わりないな……と思いつつ、圧倒的な威圧感を前に私はただ「すみません」と言うしかありませんでした。
この人が誰もが見惚れるとエマさんが言っていた人なのでしょうか。確かに容姿だけ言えば一級美術品レベルの美しさがあることは認めますが……。
「それにしたって性格悪過ぎじゃありません?」
「何かおっしゃいまして? そうですわ、一つだけ忠告しなければならないことがありましたの。
むやみに男をたぶらかそうとするな。低俗な女にも理解のできる簡単な話でしてよ。
ああ、アタクシ忙しいのでこの辺で失礼いたしますわね。アタクシと話せたことを光栄に思いなさい。では」
早口で捲し立てるなり、足早に私の横を通り抜けてセルロッティさんはテラスの方へと去って行きます。
まるで荒れ狂う嵐のような彼女の行動に、私は目を丸くしてしばらく固まってしまいました。
タレンティド公爵令嬢と知り合うことができれば少しは助けてくれるかも知れないなんて思った私は馬鹿でした。
彼女とは関われません。悪役令嬢と聖女とは基本相性が悪いもの。そしてこの場合も例外ではないようですから。
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