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ショートショート系短編

ある意味お約束の流れではありますが

作者: 白澤 睡蓮

 とある国の至って平和な王立学園で、学園祭が開かれた。学園祭はつつがなく無事に終わり、後夜祭とも呼ばれる打ち上げパーティーの冒頭で、この国の第二王子ロイは突然声を張り上げた。


「皆注目してほしい!」


 無駄によく通る声で王子がそんなことを宣言すれば、会場内の注目は否応なしに集まる。十分注目が集まったことを確認してから、ロイは少し離れた場所にいた少女を手招きして呼び寄せた。


 呼び寄せられた少女の名はアルー。アルーは辺境伯家の一人娘であり、ロイの婚約者だ。ロイの元に向かうアルーは、嫌な予感で胸がいっぱいになっていた。ロイにこれから何を言われるのか、不安しかなかった。


 向かい合ったアルーにロイは宣言する。


「アルー、僕は君を愛することは出来ない!」


 いきなり何を言い出すのかと、パーティー会場に動揺が走った。動揺の理由は人それぞれだ。『婚約破棄する流れじゃないの?』だとか、『そんな私的なこと人前で宣言する必要ある?』だとか、『お前アルー様のこと死ぬほど大好きじゃん!』だとか。


 だが、ロイの発言には続きがあった。


「だから、僕のことを愛するなよ!? 愛するなよ!? 絶対に僕のことを愛するなよ!? いいか!? 僕のことを愛するなよ!?」


 ロイが分かりやす過ぎることを言い出したので、この場にいる誰もが思った。あ、これ前フリだ!


 ここまで分かりやすく前フリされれば、アルーとて気付かないふりは出来ない。乗らざるを得ない空気を敏感に感じ取って、アルーは渋々本当に渋々口を開いた。


「私は既にロイ様を愛しています」


 嘘でも何でもなく、アルーの本心だ。


 ロイとアルーの出会いは、お互い一歳にも満たない時だった。はっきり言って二人とも、出会いのことなんて何も覚えていない。でも物心ついた時には、ロイとアルーはお互いのことが大好きだった。


 二人が結婚しても王家と辺境伯家で困ることは特になく、成長しても二人の思いが変わらなければ婚約を結ぼうと話はついた。そんな経緯で結ばれた婚約であるため、ロイの『君を愛することはできない』発言が嘘だと、アルーは分かっていた。分かってはいたが、ロイが何をしたいのかはよく分かっていない。


「僕を愛するなと言ったではないか!」


 無茶苦茶な理由でロイが怒り出した。あまりに不自然過ぎる怒りで、アルーはロイの狙いがようやく分かった。


「それでも好きなものは好きなのです!」


 アルーも怒らなければいけない。だってそれが様式美だから。


 ロイとアルーが口論を続ける中、ロイがアルーの方に一歩足を踏み出した。アルーはここで後に続く流れを思い出して、このままだとまずいと気が付いた。ロイがさらに一歩踏み出せば、アルーは一歩後ずさる。


 一歩近づき一歩逃げを繰り返し、二人の距離は一定に保たれたままだった。追いかけっこをしばらく続けて、ロイがついに痺れを切らした。


「どうして逃げる! 喧嘩してキスして仲直りまでが、お約束の流れではないか!」


 アルーは首を大きく左右に振った。


「初めてをこんな人前でなんて無理無理無理! 無理です! なぜこんなことをなさるのですか!?」

「アルーが恥ずかしがって、未だにキスしてくれないからだ! 加えて一時間前にいきなり無茶振りされた、パーティーの余興にもなって一石二鳥だ!」


 出会って十五年以上が経ち、婚約してからもだいぶ経つのだが、二人の関係はかなり清い。二人で一緒に過ごしても、お茶を飲んで話をして終わることが大半だ。あまりに清すぎて、二人の家族が大丈夫なのかと心配する程である。


 キスは達成されなくとも、第二王子と辺境伯令嬢のやり取りは余興の役割を十分果たしたようで、会場内は盛り上がりを見せていた。一方でロイはどこかしょんぼりしたままだ。思う所があったアルーは、人目を気にしながらロイの耳元でそっと囁いた。


「どうしてもと仰るなら……人前でなければ……してもいいです……」

「そうか! 人前でなければか!」


 思いっきりロイが叫び、アルーが耳元で囁いた意味が全くなくなった。テンションが上がったロイは、アルーを軽々と持ち上げた。


 武芸で有名な辺境伯家に婿入りするため、ロイは王子でありながら日々の鍛練を怠らない。普通の人間が音を上げるようなきつい鍛錬でも、ロイは投げ出すことなく最後まで完遂させる。アルーへの愛のなせる業だ。


 日々の鍛錬の結果、細身な人物が多い王家の中で、ロイは一人だけ異常にごつくなってしまった。もう骨格から全然違うので、ロイは他国の人間によく二度見される。それでもロイは全く気にしていない。


「ではパーティーの余興は以上となる! ちょっとキスしてくるからしばし僕達は席を外すが、皆はパーティーを楽しんでくれ!」

「はっきり宣言しないでくださいませ!」


 持ち上げられたままのアルーは、ちょっぴり涙目だ。重さを感じさせない足取りで、ロイはアルーを連れてパーティー会場を後にした。


 このままロイとアルーが戻ってこないのではないかと心配に思う者も居たものの、ニコニコ顔のロイと顔を真っ赤にしたアルーは、五分後にパーティー会場に戻ってきた。


 王立学園は今日もすこぶる平和だ。

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