第5話
屋敷へ帰ると執事のウェイドが冷たい目で言った。
「お断りするのならばまだしも、貰うということになれば直接お返事にうかがわねばなりませんね」
「まあ、そうだな」
というわけで翌週。
俺はランスハルト家の所領――フォート領へと出かけて行くのだった。
ただし、フォート領は王都のとなりで、つまりこのシュネガー領からは距離がある。
馬では旅程が大変なので船で川を北西へ下り3日。
内海へ出ると沿岸沿いにもう1日航行し、ようやくたどり着いた。
「すごく栄えているんだなあ……」
内海の沿岸に面したこの地は海産物も豊かだが、海運の要所でもあるので商業も発達しているらしい。
町の様子もにぎやかである。
俺とウェイドは町の雑踏をかきわけながら中心部の一等大きな邸宅、つまりランスハルト公爵のお邸へと向かった。
「おお、クロウド様! よくぞいらっしゃいました!」
ランスハルト氏はにこやかに客間へ迎えてくれる。
さっそく婚姻についてお返事申し上げると、氏はたいそうお喜びになって、毛の生えた手で俺の手を握り「何とぞ! 何とぞ娘をよろしくお願いします」とおっしゃった。
「え、ええ。こちらこそ……」
それから話はすぐに具体的なものへと移る。
式の日取り。
持参金の内容。
今後の両家の関係。
こうしたことは後々トラブルになっては不幸なので、いの一番に話し合っておかなければならないのだ。
「では、一か月後に挙式ということでよろしいですかな?」
「そうですね」
お見合いから結婚式までずいぶん早いように思われるかもしれないが、それより遅いとウチの領地は農繁期になってしまうので、領民たちも領主の結婚式なんぞにかかずらわっておれなくなる。
このあたり気を使っていただいたのと、収穫後まで待てば間延びしてしまうので先方としては不安に思うところらしい。
ならばこの春先にさっさと式を済ませて、早いところ嫁がせてやった方がお嬢さんが俺の領地になれるためにもよいだろうという話に決まったのである。
持参金は金貨3千枚。
貴族間でも嫁入りの持参金の相場は金貨千枚と聞いたから、ずいぶん奮発していただくようだ。
「では、そういうことでよろしくお願いします」
こうして細かな話がもろもろ決まると俺は席を立った。
「ウェイド、行こう」
「はい」
「なんと、もうお帰りですか? お泊りいただけると思っておりましたのに」
ランスハルト氏は白毛まじりの眉をハの字に下げて言う。
「そろそろ娘も聖職者学校から帰ってきますし、せめて夕食だけでも召し上がっていかれませぬか?」
そのようにおっしゃっていただくが、船の時間までそれほどの余裕もない。
一泊して明日の便に乗ってもよいわけだが、急な結婚式となることもあるし一刻も早く領地へ帰って準備に取り掛からなければならないことも考えると、やはり今日のところはすぐさま退出する方がよさそうだった。
「なるほど……それもそうですな。では、せめて港までお見送りいたしましょう。馬車を出しますから」
こうしてランスハルト氏は俺を客間から廊下へいざなう。
「助かりますね。馬車で港まで送っていただけるなら出航までにも余裕があります」
「そうだな」
俺はウェイドとそんなふうに話しながらランスハルト氏に連れられ玄関まで行くが、その時だった。
ガチャリ……
ふいに外からドアが開かれ、その隙間から太陽の光と、濃いグリーンのブレザーを着た少女の姿が見える。
「あら!」
ドアの前で立ち止まっていたのは、今度俺と結婚することになるジェニファ嬢だった。
「いらっしゃっておりましたのね!」
ちょうど聖職者学校から帰ったところなのだろう。
膝丈のプリーツ・スカートの制服に金髪のポニーテールがよく合っている。
「結婚のことでお話にいらしたのだよ」
ランスハルト氏がそう言うと、ジェニファはふと不安そうな表情をした。
「はっはっは、よろこべ。クロウド様がお前を貰ってくださるようだぞ」
「本当でございますの?」
すると少女は若い頬をパアっと明るくして、青い瞳でジッと俺を見あげた。
俺はコクりとうなづいて答える。
「嬉しゅうございますわ!」
少女は豊かな胸の前に女らしく手を重ねて、繰り返した。
「嬉しゅうございます……」
◇
「クロウド様。浮かない顔ですね」
帰りの船で、執事のウェイドにそう指摘される。
「何かご不満が?」
「いや、そうじゃないんだ。ただ……」
俺は船上の風にタバコの煙をそよがせながら続けた。
「ちょっとあの娘が理解できなくてな。お見合いで一回会っただけの、こんなオヤジとの結婚を、どうしてあんなに喜べるんだろうって」
「結婚そのものが喜ばしいのでしょう。ほんの少女ですから、そんなものです」
ウェイドは美しい顔で無表情にそう答える。
「でもさ。このままだとあの娘は学校を辞めてウチに来るんだぜ。17歳の青春を中断してな。本当にこれでよかったのかな?」
「さあ……」
「さあ?」
「そんなことは誰にもわかりません」
なるほど、そうかもしれないな。
こうしてシュネガー領に帰ると、俺たちは急ピッチで結婚式の準備を始めるのだった。
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次回もお楽しみに!