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第3話




 それにしても……


 ツベルク伯爵も、不釣り合いな見合いを設定したものである。


 相手のランスハルト家は代々フォート領を治める歴史ある名門公爵だ。


 対して、俺は冒険者時代の功績でたまたま領地を得ただけの流れ者。


 称号も一代限りのナイト爵である。


 俺など格落ちもいいところであろう。


 それに……


 ジェニファ嬢本人も年齢的にとても若く、花のような美少女だった。


 その点でも、こっちは30のおっさんである。


 あの器量であればたとえ王家でもよろこんでもらうであろうし、わざわざ俺のところへとついでくるメリットなどありようもない。


「……ってワケで、どうせ断られるよね」


 そんなふうに思った俺は、見合いの後、こちらから何か申し上げるようなことはしなかった。


 先方から断ってきたらそれでよし。


 仲介のツベルク伯爵がなにか発破はっぱでもかけて来たら、『最初から会うだけというお話だったじゃないか』と返しておけばよい。


 そんなふうに気楽に思って、この件に関しては終わったような心持でいたのだけれど……


 しかし予想外だったのは、伯爵を介さずにランスハルト氏本人がわざわざ俺んちを再訪なさったことだった。


「なッ? 公爵?」


「突然失礼いたします。先日は大変ごちそうになりまして。こちらつまらないものですが」


 驚く俺に、特産品の塩の包みを手渡すランスハルト氏。


 フォート領からこのシュネガー領は決して近くない。


 てっきり書簡か近場のツベルク伯爵を介してお返事いただけるものと思っていたから、完全に意表を突かれた格好である。


「こ……これはご丁寧に。わざわざお越しいただいて、本日はどのようなご用件で?」


「はい。もちろん、娘のことについてでして……」


 とおっしゃるので、まあ当然断りにいらっしゃったのだと思った。


「なるほど。先日の見合いのことですよね」


「はい……」


 ところがランスハルト氏はふいに表情かおに緊張を浮かべ、こう続ける。


「……この縁談、ぜひ進めさせていただきたく思いまいりました」


「やはりそうですよね……って……へ?」


 なんだって?


「??……話を進めたいとは、どういう意味でしょう?」


「そのままの意味でございます。いたらぬところの多々ある娘ではございますか、どうかもらってやってください」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 俺はあわてて叫ぶ。


「もう少し落ち着いて考えられては? お嬢さんにとっては一生の問題ですし」


「もちろんよく考えた末の結論です。一族や家臣たちとも話し合い、娘のジェニファにはこれ以上のない最良の縁談であろうと一致した次第で……」


 と、大変真剣におっしゃるランスハルト氏。


 これでは無下に断ることができないぞ。


 しかし、うなずいてしまえばマジで結婚することになってしまうので、「とにかくこちらとしては断られるものと思っていたから急なことで気持ちがまとまらない」とか「もうしばし考えてからお返事申しあげたい」などとお茶を濁す。


 つまり保留だ。


 するとランスハルト氏もガキの使いではないので、「なるほど。貴公にとっても一生のお話でしょうし、よくお考えください」としながらも、「では、いつごろお返事いただけますでしょうか?」と、抜け目なく期日を設けようとする。


 俺はどれくらいの猶予ゆうよを設けるべきかわからなかったが、心のうちでは断ろうとしているものをあまり引き伸ばしては若いジェニファ嬢に対しても気の毒だと思い、


「半月以内には」


 と約束してお帰りいただいた。



 ◇



「わからないな……」


 俺がテラスに置かれたテーブル・セットで頭を抱えていると、執事のウェイドが一礼して入ってきた。


「お茶をお持ちいたしました」


 長い手足に漆黒の執事服。


 銀髪のオールバックに、氷のようなグレーの瞳を持つ美青年である。


「いかがなさいましたか? 浮かないお表情かおをされておりますが……」


 ウェイドはそうたずねると、洗練された所作でワゴンを引き、テーブルへティーセットを展開させていった。


 コポコポコポ……


 ティーポットがかたむくと、白地に金飾のカップへ山吹やまぶきいろの緑茶りょくちゃがほかほかとそそがれていく。


「ウェイド……」


 俺はカップの細い取っ手を指にかけ、ひとくち緑茶をすすると言った。


「お前、ランスハルト氏がなんでうちに娘を嫁がせたいのかわかるか?」


「もちろんでございます」


「マジで?」


「ええ……それにしても相変わらずでございますね」


 ウェイドは彫像のように端正な顔立ちをピクリともさせずに続ける。


「あなた様はいまだに世の中で自分がどう見られているかおわかりでない」


「どういう意味だよ」


「世の人々からすればあなたは魔王を倒した英雄なのです。勇者と呼ぶ声さえある。そして英雄は、身分の上下を超越ちょうえつする価値を持つものなのですよ」


「うーん、そんなつもりはないんだけどなあ」


 そういうの、不健康な考えだと思うし。


「ご自身にそのおつもりがなくても世間はそう見ません。実際の戦力で見ても、全盛期から見ればおとろえたとはいえ、いまだクロウド様おひとり個人で万の軍勢をも凌駕りょうがしております。領家として、親密な関係を築いておきたいと考えるのは当然でございましょう。とりわけフォート領の軍は脆弱ぜいじゃくと聞きますから」


 なるほど。


 海産物や運輸で産業的な発展はしているものの、フォート領は戦いを苦手にしている。


 そこで軍事的な後ろ楯として、俺と縁戚関係を結ぼうとしているというわけか。


 しかし、そんな理由であれば他にも軍に自信のない領地はありそうなものだが……


 ツベルク伯爵がとりたててフォート領のランスハルト家を紹介して来たのはどういうもくろみからだろう?


 まあ、いずれにせよ伯爵には会わねばならんね。


「ウェイド。出かけるぞ」


「……かしこまりました」


 俺はティーカップの緑茶をぐいっと飲み干すと、席から立ち上がった。


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