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第1話


 冒険者として活躍できるのなんて、若いうちのごく限られた時期だけである。


 なんと言っても身体が資本だからな。


 ドラゴン、ベヒモス、リヴァイアサン……


 そんな文字通りの化物モンスターたちとの戦闘を日常的に繰り返していては当然回復不可能なケガもするし、そうでなくても年齢と共に魔力や運動能力はおとろえるものだ。


 そう。


 冒険者は一生食っていける商売ではない。


 かく言う俺も30歳手前でクエストの一線から退しりぞき、冒険者を引退したのだった。


 まあ……


 やろうと思えばあと数年はできたかもしれないけどさ。


 一番の目的だった魔王の打倒はすでに果たしたし、その後はケガの影響もあって全盛期の半分以下の力しか出せなくなっていたのである。


 これからどう生きていこうか……


 そう考えていた時に、ちょうどかつての依頼人クライアントから人口2万ほどの領地を譲ってもらうことになったので、今はそこの領主をして暮らしているというワケだった。


「クロウド殿……」


 そんなある日、俺の屋敷にチェスを打ちに来たツベルク伯爵がこうたずねた。


「あなたがこの領地の領主となってどれくらいがたちましたかな?」


「うーん、そうですね……」


 チェス盤上の駒を動かしてから、俺は答える。


「おおよそ半年ほどだったと思いますが」


「……なるほど。では落ち着いたところで、あなたもそろそろ妻をめとらなければならんでしょうな」


「は? い、いやあ……」


 俺は頭をかきながら答える。


「俺にはまだまだそんな余裕はできそうもありませんよ」


「と、おっしゃると?」


「いえ、俺はこの齢までたたかいばかりやってきた男です。領地の経営なんてわからないことばかりでね。今はまだ仕事を覚えるので手一杯なんですよ」


「ワッハッハ、なにをおっしゃる」


 ツベルク伯爵は盤上でクイーンを動かすと、こう続ける。


慈悲じひある領地経営のためにこそ、女性の支えが肝要なのですぞ。男の理屈ばかりでは血の通わぬ統治になってしまいがちですからな」


「そんなものですかねえ」


「そうですとも。まあ、私に任せなさい。悪いようには致しませんから」


「はあ。ところでそれ、チェックメイトですんで」


「へ?……ぬおおお、しまった!」


 その日のチェスは俺の勝ちだったが、女性の支え(うん)(ぬん)……の話はすぐに忘れてしまった。


 正直言うと余裕がないというのはタテマエで、はなっから結婚なんてするつもりはなかったからさ。


 ……が、伯爵は忘れなかったらしい。


 ひと月もしないうちに、見合いの話を持って再びやってきたのである。


「み、見合い……ですか」


 まさかあの二、三言の会話で急にそんなものを用意してくるとは思わなかったので、完全に面食らった形だ。


 俺としてはなんとか断ろうと思ったのだが……


「会うだけでも」


 とか


「私の顔を立てると思って」


 などと言われると、世話になっている人なだけあってどうにも断ることができない。


「じゃあ、会うだけなら……」


「おお、ありがたい。これで私の面目も立ちます」


 まあ、会うだけなら多少面倒なだけだろう。


 一応義理は果たしておいて、後から断ればいい。


 この時はそんなふうに思っていた。



 ◇



 さらに半月後。


 相手の方がわざわざいらっしゃるとのことで、見合いはうちの領地シュネガー領で行われることとなった。


 つまり俺んちでやるのである。


「まあ、そう緊張なさるな。普段通りで構わぬのです」


 と、ツベルク伯爵。


「別に、あがっちゃいないですよ」


「ならばいいのですがな。おや、まいられたようですぞ」


 窓の外を眺めていた伯爵がそう言う。


 俺もつられて席を立つと、レエスのカーテンの端を少しめくって外を眺めた。


 天気は曇りだ。


 遠くでは黄土おうどいろの岩山から雨雲がモクモクとこちらに向かってくるのが見える。


 そんな中、うちの庭の芝に見慣れぬ一台の黒い馬車が止まっているのだった。


 ヒヒーン……!


 馬の、低気圧にイラ立ったようないななき。


 馬丁ばていが馬をいなす一方で、後方では車体のドアが開く。


 まず50歳くらいの男が灰色の空を嘆くように冴えない表情かおをして降りた。


 それから40歳くらいの婦人がこれに続く。


 一瞬この婦人が見合い相手かと思った。


 俺ももう30だしね。


 だが、すぐ後、もうひとり極めて若い女性がひらりと馬車から出てくるのが見えハッとする。


「む……」


 ピンクいろのドレスに実る若い尻の形、細い腰、りんとした背筋せすじ


 顔はよく見えないが、高くポニーテールにされた黄金ブロンドの髪は遠目にも気高く艶やかである。


 まさか、見合い相手ってのはあの女性だろうか?


「旦那様。先方がお見えになりました」


 執事のウェイドがそう言うので「お通ししてくれ」と返事する。


 俺は窓から目を離してひとまず座った。


 カラン、カラン……


 玄関の鐘の音。


 数人の人間の声が廊下ろうかつたってざわめくように響き、次第と大きくなってくる。


 やがて客間のドアが開くと、ウェイドが「こちらでございます」といざなう声がするので、俺は椅子から立ち上がり客へ向き直った。


「お初にお目にかかります、クロウド様。私、沿岸のフォート領を治めておりますランスハルトと申します」


「ランスハルトの妻でございます」


 まずご両親とおぼしき男女が挨拶をしながら部屋に入る。


「おお! ランスハルト殿、よくぞまいられたな。して、お嬢さんは?」


 ツベルク伯爵がそうおっしゃると、ランスハルト夫妻はすぐ後ろに隠れていた少女の肩へ手をえながら部屋の中へいざなった。


 あのピンクのドレスだ。


「こちらが娘のジェニファです。今年17歳になりました」


 娘はそう紹介を受けるとドレスのすそをつまみ、軽く首をかしげるような会釈えしゃくをしてニコッとほほ笑み言った。


「ジェニファ・ランスハルトですの……」


 小鳥のさえずるような若々しい声。


 近くで顔つきがハッキリとわかると、遠目の印象よりもだいぶ少女である。


 子猫のような目の形に、青い瞳。


 桃いろの唇はぷっくりと淡く、白いほほにはまだあどけなさが残っている。


 なんか調子狂うな……


「ええと、俺がこのシュネガー領で領主をしてます蔵人クロウド武田タケダです。どうぞおけください……」


 俺はそう言って客人たちに席をすすめた。



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次回もお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公で領主の蔵人武田はヒロインのジェニファ・ランスハルトと出会いましたけども、名前からして異世界転移者の可能性がありますね。
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