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夢追いのルビンダ使い  作者: 西条さき
第一章 春の訪れ
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ララの恋

 その日の朝、ザンダは久しぶりに若い娘らしくコットを身にまとった。


 丸首の紺。丈もくるぶしまであり、ちょうどいい。腰の部分が品よくくびれ、アクセントに細い腰紐もついている。貯金を取り崩して古着屋で買ったものであるため、少しくたびれたところは否めなかったが、染みがないのでザンダはそれでよしとした。


 ザンダがコットを着るのは、ララにそう進言されたからだった。


 ララの雇い主の女性は貴族の出身で、『きっちりとした格好』を好むのだという。彼女に良い印象を与えようとするなら、少年のようなチュニック姿で職場に現れるのはララの言うとおり、得策ではなかった。


「ザンダ、お客さんだよ」


 ザンダの部屋の扉を軽くたたく音が聞こえ、ダリウスの声が扉の向こうから呼ぶ。


 扉を開けると、ダリウスがララを従えて立っていた。


 ダリウスが道をゆずるとララは澄まし顔でちょっと会釈する。部屋の中に一歩足を踏み入れるや、ザンダのほうを向いたまま扉を閉め、とたんに満面の笑みになった。


 なにか素晴らしいものを発見したかのように目を輝かせている。


 ザンダは不審な眼差しをララに送った。


 ララはいそいそとザンダに近づくと、いきなりその肩に手をかけ、軽くゆすった。


 「ねえ、ザンダ!今の人、誰」


 ザンダはダリウスの名を教えてやる。すると、ララはさらに、たたみかけた。


 「ね、あの人、あんたの知り合いなの」


 ザンダは、その時になって初めて、昨日ララにダリウスのことを話さなかったことを思い出した。避けていたからではない、すっかり忘れていたのだ。


 「あの人はねー」

と、ザンダが口を開くや、ララがさえぎった。


 「すっごく、すごく好みなの!ああいうちょっとオスっぽい(ひと)

 

 ザンダは口をあんぐりと開けてララを見る。思ってもみない展開だ。

 

 オスっぽい。なるほど。


 見慣れてしまっているあまり、そういう目でダリウスを見たことはなかった。たしかにダリウスは肩幅の広い、見るからに筋肉質な体格のせいか、精力にみちた感じがする。ちょっと強引で、守ると決めた相手にたいして過保護になりがちなのも、雄々しさの一面ともいえた。


 ララに指摘されてザンダははじめてダリウスにもそれなりの色気があるのだと気づかされる。


 「恋人は?いるの」


 ザンダは記憶を反芻した末に首を横に振った。


 「恋人は、いないと思う」


 「あんたとどんな関係なの」


 「どんなってー」


 ザンダは彼とドラグル山塊で出会った経緯や、彼がルビンダ職人であること、今はザンダの旅の用心棒のような役目をしていることを手短に話す。


 話し終わった後で、自分を見つめるダリウスの熱を帯びた翡翠色の瞳がザンダの脳裏をよぎっていく。それを見た時の、胸の奥の不可解なざわめきもー。


 まるで掬い上げられず水中に浮遊する糸くずのように、それはいつまでもザンダの心にちらついた。


 「ただの友達なのね。あんたとダリウスは」


 ()押されて、ザンダはうなずく。


 「ねねね、それなら紹介してよ」


 ザンダは身支度を整えると、ララとともに部屋を出た。


 ザンダは裏口で空の酒樽を荷車に運び込む背中に呼びかけた。


 ダリウスが振り向く。ザンダのコット姿を珍しげに眺めやる。


 ララがザンダの隣に立ってつんとかしこまった。


 「ダリウス、こちら、ララ。わたしの友達なの」


 「なんだ、その格好。どこかに行くのか」


 ダリウスの視線はいつまでもザンダを去らない。ばつの悪さが手伝うのか、ザンダは次の瞬間、自分でも思いも寄らない言葉が自分の口からついで出るのを聞いた。


 「来週、大公広場で春の祭典の前夜祭があるでしょ。ララを連れていってあげてくれない」


 わたしったら何を言っているのだろう。


 まるで自分の中の違う人格が喋り始めたような奇妙な感覚にザンダは襲われた。


 ダリウスはうさんくさそうにララを見やり、それから翡翠色の瞳を真っ直ぐにザンダに向けた。


 「君の稽古はどうするんだ、前夜祭があるのは夜だぞ」


 ザンダはその強い直向(ひたむ)きな視線にたじろいだ。


 「稽古ってなあに」

と、ララ。ダリウスの言うこととなると興味津々だ。


 「なんでもない、なんでもない」


 ザンダは自分が武器を振り回す身であることを知られたくない。 


 慌てて、ダリウスの前にララを盾にするように引き出した。


 「一日くらい、息抜きしてもいいんじゃない。ね、連れていってあげてよ」


 ララがダリウスをまっすぐ見て、目をしばたかせる。


 ダリウスは、その愛くるしい視線に気づくと、ふいに目のやり場のこまったように、首の後ろをさすり、水打ちしたばかりの地面に目をおとす。


 やがて、ちらりとザンダを見た。


 ザンダが眼光を強くして無言の圧力をかけるとようやく、


 「べつにいいけど」

と、無愛想な一言をつぶやいた。


 会う場所と時間の約束をとりつけると、ダリウスはとたんにあわただしく荷車とともに旅籠屋の外へ姿を消した。


 ララがザンダを振り向いた。感動に目を輝くして言う。


 「ありがとう、ザンダ!恩にきるわ」


 それから胸の前で両手を合わせ、夢見るような顔つきになった。


 「わたし、大事にするわよ、あの人のことを」


 ザンダはうすら寒い笑みをララに向けた。ララのいましがたの一言になぜ、こんなに胸がざわつくのだろう?


 答えの出ぬまま、ザンダは裏口から表通りに出るララを追う。


 「うまくいくといいわね」


 ザンダは蒼ざめた胸のうちを隠すように、明るくララに呼びかけた。

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