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夢追いのルビンダ使い  作者: 西条さき
第一章 春の訪れ
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ヴィームの女友達(2)

ザンダは立ち止まる。すると、向こうも立ち止まった。


 丸首のコット姿の若い女がザンダをじっと見つめていた。


 未婚の女性らしく長いキャラメル色の髪をたらし、コットの色は上品な紺色だ。金糸の腰紐をしめているところなど、貴婦人の侍女を思わせた。


 弾んだ高い声。子鹿のような大きな瞳。丸くかわいい鼻。思わず抱きしめたくなるふくよかな体つき。服装に惑わされさえしなければ、あの頃と変わらない。相変わらず、可愛い、と言う言葉が似合う。


 「ララ」


 ザンダは懐かしい女友達の名を呼んだ。


 「やっぱりザンダだわ」


 ララは駆け寄ると、いきなりザンダを貴人たちの雑踏の只中で抱きしめた。春のみずみずしい花の香りがザンダの鼻孔に流れこむ。ララの花石鹸の香りだ。


 「あんたったら使い走りの小僧みたいな格好しているんだもの。三つ編みがなかったら分からなかったわ。こんなところで会うなんて、なんの巡り合わせかしらあ」


 天真爛漫さも昔から変わらない。


 ララは幼い頃からお針子の母親について、織物工房を経営するザンダの生家を出入りしていた。物心ついた頃から一緒に食事をとり、工房の片隅で遊び、同じ家庭教師について読み書きを教わった。


 「っていうかあんたはなんでここにいるの。なにやってるの。今までどこにいたの」


 弾丸のようにザンダに問いを浴びせたあとで、ふっと息をつき、ザンダの手をとった。


 「行くわよ」


 「ちょっとララ!行くわよ、ってどこへ」


 「お茶屋よ。時間がないなんて言わせないわよ。みっちり話をきかせてもらうんだから」


 ララは大公広場に面した店の並びへ向かっていく。イルカの吊り看板をかかげた入り口にまっしぐらに近づき、躊躇なく扉を引いた。


 空き席ばかりの店内は、あきらかに準備中だ。


 人灯用にもうけられたブースのなかで、ごそごそと灯しびとがトーチの準備をしている。人灯がともるまでの間、天井からぶらさがった吊燭の蝋燭の光が、店の奥までつづくカウンターをほの暗く照らした。


  面長(おもなが)の痩せた女店主がカウンター越しに顔をあげた。


 「ララ!どうしたの。また伯爵夫人のお使い」


 顔なじみらしい。ララはいつでも誰とでも友達になれる、すばらしい社交性の持ち主だ。ザンダはララの背後にかくれるようにして、店内をうかがった。


 茶屋に入るのははじめてだ。存在は知っていたが、酒場同様、足をふみいれる理由も機会もザンダにはこれまでなかった。 


 「ううん。今は別件」


 ララは壁際の長テーブルに突進すると角をじんどった。


 やってきたひょろ長いニキビ面の青年に、ザクロのジュースと蜂蜜入りの揚げパンを注文する。ザンダは何を頼んでいいやらわからず、口をモゴモゴ言わせながらララと同じものを注文した。


 秘密でも暴露するようにララは小声で身をのりだす。


 「ここの揚げパンはイミネンシアではぴかいちなの。イングベルタ様も大好きで、朝、毎日できたてをあの方のためにここにとりにくるの」


 「へえ」


 ひさしぶりの女同士の会話だ。食べ物の話で盛り上がるあほらしさと楽しさをザンダは忘れてかけていた。きらきら輝くララの瞳にザンダは思わずほほえんだ。


 「で、誰なの、そのイングベルタ様って」


とザンダが尋ねると、ララはこの世で最も愚かしいことを聞いたかのように0型に口を開き、そこへ手をやった。


 「知らないの?パラ伯爵の奥様よ」


 ザンダは首をかしげた。


 知らないものは知らない。考えてみれば、貴族階級との接点はここに来てから全くない。


 ザンダは改めてララを見た。ヴィームの片田舎の生活の痕跡をすっかり消し去って、ララは髪型も、身のこなしも、驚きの表情一つとっても、洗練されている。


 同じ田舎から出てきたと言うのに、この違いはなんだろう。


 ザンダがそう思うそばから、ララもザンダの山猿のような身なりに気づくのか、旧友であり、母親のかつての雇主の娘のすっかり落ちぶれた様相に唖然としているようだった。


 「今までどこに行方をくらましていたの。あんたが突然消えて、婚約者のヌーノは泣き出すし、あんたの家族は真っ青だし、大変だったのよ。」


 ザンダはどこまでつぶさに話していいのやら迷ったあげくに、言った。


 「デルミに行ったの。(とも)しびとになるために」


 ララは喉に下しかけたザクロジュースにせきこむ。


 「と、灯しびと?誰かと駆け落ちしたのかと思ってたわ。っていうか、ちょっと待って!あんたは筋持ちだったの」


 ザンダはうなずいた。


 「そう」

 

 秘密にしていたわけではないが、ララにはなんとなく言わずじまいのまま、ここまできた。


 「で、(とも)しびとになっちゃったのね」


 「それがー」


 ザンダは、イミネンシアにやってくる以前、灯しびとの最高機関〈光の使徒の会〉から追放されるにいたった経緯を話した。


 灯しびとの資格を得る卒業試験の直前に運悪く、犯しもしない罪に問われ、あろうことか投獄されたのだ。


 おぞましい土牢(ウーブリエット)からなんとか抜け出すことができたものの、〈光の使徒の会〉からはザンダ永久追放宣言を下されている。それをいまだに撤回されていない。


 追放宣言以来、ザンダの灯しびととしてのキャリアは宙ぶらりんだ。灯しびとの島、デルミに帰ることさえ許されない今、灯しびとになることをザンダは完全にあきらめていた。


 「大変だったのね」


 ララは大きな瞳をうるませてザンダのほうに腕をのばすと、その手を自分の手でぎゅっと握った。


 ララの手は相変わらず、柔らかくてあたたかい。ふっとこみあげてくるものを感じてザンダはちょっと笑った。


 「イミネンシアでなら、人生やり直せるわ。だれもあんたの素性や過去を知っている人はこの街にはいないはずだもの」


 ザンダは皿の上のできたての揚げパンをとる。口にいれるとさっくりと割れ、中からシロップが流れ出て口腔にほのかに花の味がする蜜の甘さが広がった。


 「で、どうしているの、今は」


 「職探し」


 ザンダは思わずそう答えた。なぜか、人を探して方々を渡り歩いているとは言えなかった。

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