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夢追いのルビンダ使い  作者: 西条さき
第一章 春の訪れ
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ヴィームの女友達(1)

 例の再会から数日経った日の夕方、イミネンシアには春の強く生あたたかい風が吹いていた。この日の天光は濃度がある。この季節特有の現象だ。白々とした明るさが下界に飽和するせいか、光の塔からの光はさほど強烈には街の路地を照らさない。


 いびつな円をえがく城壁都市のなかをつききるようにして、リュス川が流れる。


 そのほとりと対岸に横たわるルクシタニア大公の宮殿の庭園には、無数のギランの木が植えられているのだが、その枝に群れ咲く小さな薄桃色の花の花弁が強風にあおられて都の中心部にまで漂ってきていた。


 その花吹雪が、ザンダが今まさに横切ろうとしている大通りの上にも舞い踊っていた。


 ルクシタニアの首都であるだけに人馬の交通が激しいのはいつものことだったが、この時期はことさらに都の外の領邦からやってくる観光客でイミネンシアはにぎわう。


 もう数日もすると春の祭典が始まるからだ。


 土臭いチュニック姿で、あれが噂の光の塔かと口をぽかんとあけて振り仰ぐ人々を乗せた馬車がひっきりなしに大通りを行き来する。


 ザンダは勢いよく通り過ぎる二頭引きの馬車を三台もやりすごす。それから一気に往来のなかに身を投じた。


 路面に容赦なく落とされる馬糞を避け、かなりの速さで接近する蹄の音で自らとの距離をはかりながら、アーケード街のアーチ型の入り口めがけて駆けぬける。雪花石膏の冷たく滑らかな床の上に着地した。


 宝石屋、文房具屋、時計屋、反物屋、香水屋ー。下流中流の街人には縁のない高級店が並ぶ。


 髪を結い上げ、金糸や宝石をあしらったブリオ姿の貴婦人たちと上半身はダブレット、下半身は脚衣にブーツをまとった紳士たちの雑踏の中で、お下げ髪、地味な茶色のチュニックに脚衣姿のザンダは明らかに階級をことにして浮いている。


 蔑みの視線がときどき、強い香水の匂いを薫らせながら行き過ぎる貴人たちから投げかけられた。


 普段ならその視線が嫌で早足になるザンダだが、今日ばかりは物思いに沈み、足運びはつい緩慢になる。


 冷静さを取り戻して思い返すに、数ヶ月ぶりの師匠の再会には不審な点が少なからずあった。説明がつけ難いのは何も、刃恐怖症のはずの彼の華麗な剣捌きだけではないのだ・・・。


 第一に、噴水のある同業組合(ギルド )広場で見かけたザンダの師匠は、ザンダの記憶しているものとほど遠い、彼らしからぬ格好をしていた。


 さっぱりと短く刈られた黒髪。春用の短めの黒いクロークの下に金刺繍をあしらった濃紫色のダブレットを着込み、黒の脚衣、黒のブーツを履いていた。頭のてっぺんから爪先まで上級貴族の出立である。


 無地の青灰色のチュニックにくたびれたブーツ、肩まである長髪を首の後ろでまとめていた頃の彼と比較すれば、その変貌ぶりは明白だ。


 第二にザンダを困惑させたのは、彼の行先だった。


 彼は結婚式を遠巻きに見物する野次馬たちを押しきって広場を横切り、市庁舎の高壁と裁判所の高壁の間をぬう石畳の細路地を足早につききっていく。


 やがて馬車の往来のはげしい表通りに出ると、ゆきかう馬車の合間を器用にぬい歩き、反対側にのびる高級アーケード街の雑踏のなかへ消えていった。


 追うザンダが再び彼を見出したのは、そこから少し離れた場所にある、地図屋街のただ中である。


 こぎれいな石畳の路地で、右も左も製図用コンパスの吊り看板が並んでいた。製図家の同業組合(ギルド )の紋章である。


 ザンダが物陰に隠れて見守る側から、師匠は忙しなく、工房から工房へと渡り歩く。


 その様子は傍目には、自分の家の予算と好みにあう製図家を求めてせっせと工房から工房へ足を運んでいる貴族の男を思わせた。


 貴族嫌いの師匠が貴族の格好をし、一見、なんの縁もなさげな地図屋街に何か緊急の用事があるらしい。追っている時には、いつ声を賭けるかばかりを気にして全く意識に昇らなかったことが、今頃になってザンダの胸の隅に豆粒ほどの疑念となって萌す。


 やがてザンダはアーケード街の先にある大公広場にやってきた。 


 ほぼ四角形の広場の真ん中には先代のルクシタニア大公イオドクスの青銅像が立っていた。光の塔を背に、剣の切っ先を地に突き立てて仁王立ちになった姿が、石畳に濃い影を落としている。


 時計台の鐘が三時を告げた。


 空はすでに青みのかかった灰色の中に沈み始め、天光はもう、彼方に霧散せんばかりに希薄だ。変わって光の塔から放たれる濃密な光が、いつしか街中を目も眩むような輝きで包み込んでいる。ルクシタニアの昼はもう終わろうとしていた。


 青銅像の足元には青空市場の売店が軒を連ねている。その軒先を往来する雑踏の中に見知った姿を探してザンダの目は泳いだ。


 あの人は今日、ここを通っただろうか。イミネンシアのどこかにいるはずのあの人は。

 

 裏露地での陰惨な光景を目撃した後で、ザンダは怖気づくどころか、ますます彼に会いたくなっていた。


 言うべきことを言って、彼への思いに決着をつけ、新しい人生を・・・。

 

 不意に、甲高い声がザンダのそばでおこった。


 「ザンダ?ザンダじゃないの」

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