光の都
ビーヤ半島の伝説によれば、その上空は遥か昔、ルクシタニアという国がこの土地に建設される以前、神代から〈雲の蓋〉に覆われてきた。
図書館の奥深くに眠る古文書には、あるとき原神がこの地に〈雲の蓋〉をするまでは真っ青な色をした天空と燃える円盤が目も眩むような黄金の光を放ち、下界を輝きで満たしていたという記述があるが、一握りの者たちだけが解読できる文字で書かれてあるため、この地に代々住ってきた人々のほとんどに知られることはなく、彼らは今日に至るまで〈雲の蓋〉の除かれた状態など想像すらし得ないのだ。
そんな彼らの識るところの明るさとは、長らく〈雲の蓋〉が発する鈍色の飽和した弱々しい輝きを意味していた。
半島の住人たちに啓蒙が訪れたのは人灯術が確立されてからのことだ。
特別な力と方術を持つ灯しびたちがトーチと呼ばれる長細い錫杖のような道具の先端から発する、輝く不思議な媒体は、辺りの風景を一気に際立たせ、部屋の隅から鬱蒼とした森の見通しまで、あらゆるものの造形と色を人々の視界にしらしめた。
『光』という概念が生まれたのはこの時だった。
〈雲の蓋〉が与えない新しい種類の明るさを『光』は与えた。それに最初にとりつかれたのは王侯貴族たちだった。
彼らの光への執着は様々な形で現れた。夜通し輝くガラス室。光の効果を狙った色彩豊かな大フレスコ画。その中で光への渇望が最も強烈な形で表出したのはイミネンシアの建設以外にない。
それは先代のルクシタニア大公の威信をかけた大事業だった。
常に光に満たされた都をつくるという大公の命令のもとに、円形の城壁に囲まれた場所のほぼ中心にまずは塔が建てられた。それはアーチ型のガラス窓の列を螺旋型に巻きながら徐々に先細りし、その頂点を灰色の空に突き刺すようにして、高く、高く、そびえている。
イミネンシアを取り囲む円形の城壁に沿っても、さらに十の同式の塔が備えられた。
そして最後に、デルミ島に拠点をおく人灯術の大本山『光の使徒の会』から、数百人の灯しびとの派遣が要請された。
全部の十の中には総勢百人の灯しびとが常時、結集していた。彼らは、アーチ型の窓の前に列を組んで並び、錫杖型のトーチのてっぺんから光を放つのだ。
光の塔から放たれる光のおかげで、〈雲の蓋〉から発せられる天光が特に薄弱な冬の時期も、闇が蔓延る夜も、イミネンシアはある一部の区画を除き、常に光の輝きに満ちている。
光の欠乏を乗り越え、闇を、翳を、制した象徴としてイミネンシアはいつしか光の都といわれるようになった。
路上の闇という闇を蹴散らす強く眩い光を、ザンダは明るすぎると思うことがある。特に夜に鎧戸を閉めていなければ室内が明るすぎて眠れないという事態に至っては、薄闇のさす余地があっても良いのではにないかとこぼしたくなる。
だが、その一方で、光はこの土地では貴重な資源であることは認識している。イミネンシアに居住する機会を与えられ、常に光に身を晒していられる贅沢にケチをつけるのは罰当たりも甚だしいということも。