第八話:王家派
レグザッグを伴い、城下町を練り歩く。
すれ違う機会があれば身分が確かそうな少年少女を殺しながら。
「なあ、キャプテン・ロキ」
「なんだい?」
「さっきからただ歩き回って金持ちのガキを殺して回っているが、王家派の所に潜り込まなくて良いのか?」
「折角だし、お声がかかるまで待つよ」
幾つかの視線が僕らを捉えて離さない。
距離が遠いのか匂いが薄く、色んな臭いと混ざっているせいで分かり辛いが、別の意味で分かりやすく小さな匂いが僕らに向かって放たれている。
「撒餌ってわけだ。あの哀れなガキどもは」
「悠長なことをしていると思うんだろ? けれどもね、僕からしてみれば悠長なのは彼等だよ。シロガネ派も王家派も」
「あー……?」
気の無い返事をしながらも、レグザッグはこの状況の異質さに気付いて首をかしげる。
「王家が没した時点で大陸全土で戦国の世がやってくるってのがキャプテン・ロキの見立てだったな。だってのに、王国の連中は共和国や連邦に警戒することなく、内戦状態……いや、内戦にすらなってねぇな。何で城下町にシロガネ派と貴族派の拠点がありやがる。しかも、何で戦ってすらいない?」
「緩衝地帯とか、中立地帯って暗黙の了解があるのかも知れないね」
「いやいや、内紛だぞ? 内戦! どんなに言い方を取り繕っても戦争だ。政争じゃないだろうに」
僕の茶化すような言い方にレグザッグは即座に反論する。良い傾向だけど、まだまだだ。
エリート思考とでも言うべきだろうか。持つ者の余裕と、それに基づく思考には至れていない。
もしかしたら、彼はかつて高度な教育を受けていたのかもしれない。
日本でも今なお行われているような、平等という病毒に脳を浸すが如き洗脳教育を。
彼は下民で、魔法使いの成り損ない、呪い師だからこそ拙速を尊ぶ。
厳密には拙速以外の選択肢を作り上げることが出来ない。
素早く物事を実行に移せなければ、どんな理由や事情があろうと諦めや怠け、無能の言い訳なのだと認識してしまう。
だから、急がば回れなんて発想も生まれないし、巧遅と悠長の区別も付かず、王国を割った貴族たちがどうしようもない無能に見えてしまう。
だが、それは同情すべき点でも、侮辱すべき点でも無い。
「政争のつもり、なのかも知れないね。彼等は政争だと思ってしまっているんだ。だから、シロガネ派の拠点に装甲車の主砲が撃ち込まれたにも関わらず、王家派は攻撃を仕掛けなかった。こんなにも監視の目は厳しいのに、ただ見ているだけ」
これに関しては僕にとっても誤算だった。
あの場で僕が死ぬ可能性の一つは、砲撃に乗じた王家派の乱入だった。
それが蓋を開けてみればこの様だ。
「いっそ、僕らでストックリー王城を落とした方が面白いことになるかも知れない」
「二人で落とせるのかって話だけどな」
「まあ、無理だね。精々火を放つのが関の山ってところかな」
それもすぐに消し止められてしまうに違いない。
「けど、シロガネ派と王家派の目を覚まさせるためにも城は要らんだろ。箱のくせに象徴以上の存在になってしまっている」
「目を曇らせたままでいてもらうために維持するという選択もあるけどね」
そして、共和国や連邦の部隊を雪崩れこませて一気呵成に落とさせても良い。
その時になって王国の人々が一致団結するのか、性懲りもなく政争を続けるか、散り散りバラバラにされてしまうのか見てみたくもある。
「まるで全ての選択権が俺達にあるみたいに錯覚しちまうから不思議なもんだ」
「レグザッグ、それは錯覚じゃない。全ての人間が本来持ち得る権利と義務だ。こんなこと俺に出来るはずがないという卑屈さ、こんなことをしてはならないという逃避、俺には関係がないという無関心、俺には選べないという無責任、俺には選択権がないという無知、俺は何もしたくないという怠惰、人自らが自分自身を腐らせる毒性で人間から決定権と選択肢を見失ったんだ。だけど、見失っただけで無くなっていない。全ての運命を操る権利は、未だに全ての人間に与えられている」
「見えている奴、見ようとしている奴だけに与えられた特権ってわけか」
「そういうことだね。だから見えていない人、見ようとしていない人は、その特権を落とすか捨てるかして気付かないままでいるのさ。自分のすぐ足元に転がっているのにも関わらず、見ず、見ようともせず、何も無い自分を卑下して嘆き、不幸に酔っ払っているのさ」
「俺がキャプテン・ロキに出会えたのは幸運だったのかも知れないな。選択肢があることを知らないまま装甲車を整備し続けて、いざ動かせるようになっても、殺そうと思えばいつでも殺せる。生殺与奪を握っているのは俺だ、なんて言い訳をして何もしないままでいたかも知れない。いや、間違いなくそうなっていた」
レグザックが恥じ入るような表情で早口に言い放つが、羞恥に囚われる必要などない。
「けれど、それも今や無意味な仮定でしかない。君は覚醒し、自分自身の大きさを知り、選ぶ側の人間になったのだから。この先、君の前にどれ程の困難や挫折、屈辱が現れようとも、選べることを知った君は、そんな物に負けたりはしない」
「くすぐったい話だな。ところで気付いているか……ってか、俺が気付いているならキャプテン・ロキが気付かない筈がねぇか」
「ああ、どうやらお客さんのようだ。漸く話をする気になったらしい。何処の誰かは存じませんが、如何様なご用向きで我々を包囲しているのでしょうか?」
見せつけるように、また一人殺す。
「無差別に子どもを殺して回る恐ろしい殺人鬼を包囲するのは王家の臣民として当然だ」
尤もらしい口実だ。
偶々目に付いた子ども目がけて投げナイフを放つ。
僕の手から投擲されたナイフは包囲の隙間を抜けて、難なく子どもの眉間を貫いた。
彼等で無くても、それなりに身体を動かし慣れている成人男性でも止められた筈だ。
それにも関わらず、彼等は微動だにすることなく僕の殺戮を見送った。
僕の疑問に答えるかのように卑屈混じりの愉悦の香が漂ってきた。
推測するに――、
「鼻持ちならない貴族のガキが大勢殺されていい気味だ……ですか。随分とユニークな趣味をお持ちのようだ」
距離が近くなり、彼等の性根を深堀すれば随分とつまらないものが嗅ぎ取れてしまった。
極論、彼等は王国が幾つかの派閥に割れたのを良いことに鼻持ちならない貴族達を攻撃しようとした。
攻撃する口実はいくらでも作れる。とても簡単だ。その中でもシロガネ派貴族は特に攻撃し易い。
シロガネ様、龍鬼は王様とお姫様を殺したのだから。
そして、世界を混沌へと導いた大罪人に侍る者たちなど悪であると断言できる。
その悪の血に連なる者達など、それが子どもであろうが、女であろうが、老人であろうが、正当な理由で殺し尽くせる。
彼等には大義名分がある。それにも関わらず、殺せなかったのだ。
僕という殺人鬼を放置することでしか、彼等は殺すことができないのだ。
「貴様……!!」
「誇り高く優しい騎士様の仮面が外れてますよ、ご同類。ところで聖戦士殿はどちらへ? 折角、田舎から城下くんだりまで遠出してきたのです。是非、一度お会いしてみたいのですが」
「どいつもこいつも聖戦士、聖戦士と!! 囀るな!!」
僕と真正面から対峙する騎士が抜剣と同時に飛び出した。
僕の同類扱いされるよりも、人の意識があの聖戦士に向けられるのが妬ましくて仕方が無いとでも言わんばかりの悪臭が漂った。
無様――とは思わなかった。彼は常人の視点で見れば傲慢ではあるが、騎士という立場に裏付けられた傲慢さであり、妥当な性根の持ち主だ。
傲慢さは彼の人間性を示す属性ではない。
そうだ。彼は繊細だ。とても繊細なのだ。
王国を再び一つにするという崇高な使命を帯び、志を同じくする者達と共に再び剣を取った。
かつての栄光を取り戻すのを阻むどころか、大陸さえも割らんとする貴族を打倒するのだと。
それと同時に個人的な仄暗い欲望で貴族を害することを考えた。
だが、それは出来なかった。崇高な志を持つが故に、かつての法と正義と道徳が同じ王国の人間の血で自らの手を赤く染め上がることを恐れたのだ。
――という建前で本心を覆い隠した。
ただ単純に、純粋にシロガネ派の――いや、この際、派閥は関係無い。
貴族という強大な力を所有者を、純粋に権力を恐れたのだ。
だから、僕に殺させることで自らの小さな自尊心を愉悦で満たしたのだ。
彼等は感じた筈だ。ざまあみろ、なんて幼稚な喜びを。
「なんて可愛らしい人達なんだ。レグザッグ、お前の力を此処に示せ」
すぐさま、彼の足元に装甲車の主砲が撃ち込まれ、直径1メートルほどのクレーターが穿たれる。
暫くは使い物にならないと言っていたが、示威には十分過ぎる威力だ。
「貴、様ぁ……!」
怯えの香りがした。匂いを嗅ぐまでも無い。僕を恫喝しようとする彼の声は震えていたし、彼の両足は声以上に震えて立ち上がれずにいる。
貴族が怖い。攻撃されるのが怖い。反撃されるのが怖い。僕が怖い。
無様。
実に無様だ。
無様極まりない。
だとしてもだ。それでも彼には気概がある。
何も出来なくても、恐怖が行動を縛り付けても、それでも貴族にも僕にも媚びてなど堪るものかという、反骨の気概が降伏を良しとせずにいる。
彼のそんな姿が、僕はとても尊いものだと、とても綺麗なもののように思えた。
「これで少しは冷静になりました? 此方を殺す気なら問答無用で仕掛ければ良い。態々姿を晒して見せた以上、我々に何かの用件があるのでしょう? 話をしようではありませんか。同じ人間同士、全ては対話から始めるべきなのですから」
そして、僕はそんな尊くて、綺麗な物を――、
「ぐ、ぐアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ、アアアアアアアアアアアアアア!?」
踏み躙るのがとても大好きだ。
彼の頭を踏み付け、未だ黒煙の漂う亀裂の中へと踏み抜く。
クレーターの中は思った以上に熱が残っていたらしく、感情とは別の、単純に肉が灼ける臭いが漂った。




