第七話:選択肢
「とんでも無い掌返しだったな」
装甲車の主砲を撃ち込まれたシロガネ派貴族の怯えようは、あまりにも無様極まるものだった。
意地の一つも晴れず、よくも龍鬼の意思を継ぐなどと大言壮語を吐けたものだ。
僕はとても許せない気分だった。
あの男の生存を許せたのは単に龍鬼が許容する姿と声を幻視したからだ。
――俺を使って全てを出し抜けるなら好きなだけ使えば良い。
いや、それは無茶ぶりが過ぎるんじゃないか。
けれど、前世でも僕らの名を騙り非道を働く者はいた。
あの時は薬漬けにして壊したけど、今になって思えば勿体ないことをしてしまった。
今回はどこまでやれるのかチャンスを与えることにした。
「規定路線という奴だよ。僕が調べた限りでは、彼は武闘派とは対極に位置する貴族だったらしい」
下賎の者は何人でも使い潰しても良いという前提こそあるが、固有の兵隊を持たないからこそ、占有可能な暴力装置が欲しくてたまらないのだ。
「それが何だって、俺等みたいな一般人を集めているんだ?」
「何度も言っているように王家の滅亡とシロガネ様が暗殺されたことで王国は割れ、三国同盟が分裂するのも時間の問題。つまり早かれ遅かれ戦国時代に突入する。固有の戦力を持たない一政治屋でしかない彼等では、武を示す群雄の威を借るしかない。それを酷く嫌ったのさ、だから固有の戦力を持つことで自らの武威とすることにしたいんだよ」
「それなのに使い捨てにするのか?」
「実績を作るのが目的だからね。勝てる派閥と分かれば立場を明確にしていない貴族たちも態度を決めるだろうから。最終的に貴族を中核にした派閥にしたいんだよ。兵も貴族直轄の正規兵じゃないと嫌なんだろうね。こんな時代になったからこそ、それまで抑圧されていた欲望が顕在化したといったところかな。戦場で貴族の男らしく活躍したいという欲望が。英雄になることを望んでいるのさ」
「そんな無意味な。呆れ果てた連中だ」
「無意味? 何故、そう思うんだい?」
「キャプテン、俺を試しているだろ? 俺にだってこれくらいは分かる。貴族ってのは王家に与えられた役職で、尊い青い血の証明も王家がするもんだ。この戦国時代がどれだけ続くかは分からないが――」
「少なくとも僕が生きている内は終わらせないよ。絶対に」
平和も停滞も許さない。これは龍鬼が作った時代だ。
最終的に龍鬼か、あの聖戦士が勝利して平穏な時代に帰結していたのだとしても、本人不在では面白くない。
僕が受け継いだのは彼の名前だけだ。彼の意思を代行するなどということはしない。
それは彼の意思を歪めることに他ならないからだ。
だからこそ、この混沌は1年でも1日でも1秒でも僕の意思で続けさせる。
「じゃあ、尚更だ。あと20年、いや10年もすれば王家を知らない若者達に世代交代した時、かつての王族からの親任も、貴族の血も、権威とその保証が消えてなくなるだろうよ」
「でも貴族たちにそんな道理は通じない。10年後も、20年後も、滅亡していなければ30年後も変わらずにふんぞり返る」
「だから新しい世代にしてみれば魅力的な首に、獲って狙うに打って付けの首になる。ああ、だからか。奴等の存在は無意味なんかじゃない。別に俺等はシロガネ派に勝って欲しいわけでもなければ、敗北して欲しいわけでもないからな」
「そういうことだね」
「キャプテンの意思を違えなくて何よりだ。けどよ、俺が見えているのは此処までだ。俺にはこの先が分からない。アンタにはこの先が見えていて、どうやって面白おかしく利用するか筋道が立っているんだろ?」
それは買い被りというものだ。
それは神の如き全知全能でありとあらゆる全ての物事を見通す力無くしては不可能だ。
これは謙遜でも、とぼけているわけでもない。あくまで僕たちはシロガネ派貴族の声を聞いただけだ。
大陸中に分散した幾つもの対立構造の中にある一陣営の声を聞いただけに過ぎない。
僕にはまだ何も分からない。
ただ指針が生まれただけだ。
「僕たちはシロガネ派貴族の密命を受けて、王家派貴族の密偵をすることになったわけだけど、これにより大まかに三つの選択肢を手に入れたことになる」
「三つも?」
「まず一つはこのままシロガネ派に従う道。次にシロガネ派を裏切り王家派に取り入る道。そしてシロガネ派を裏切り、王家派についたと見せかけて両派を叩き潰す道。一応、第四の選択肢として共和国や連邦に王国の分裂を報せて両派を叩き潰させるという手もあるけど、それをするためのパイプが無いから第四の選択肢を選ぶのは無理だね」
「これからの方針は?」
レグザッグがシロガネ派を裏切る選択、もしくは両派を潰す選択を望んでいるような声色で言った。
それでは虚仮にされたことに対する、ただの応報でしかない。
ありとあらゆる道理を跳ね除け、唾を吐き捨て、首を斬り落とされることになったとしても嗤える選択肢を選ぶ。
恨みがある相手であろうと陥れることに面白さを感じないなら選ばない。
それが僕のやり方だ。
そのためにも下準備は丁寧にやるべきだ。
「王家派の信頼を稼ぐよ。僕らはシロガネ派の間者だから、シロガネ派と王家派の間を行ったり来たりするのは彼等にとって自然なことだ」
「王家派にとっては不自然だな」
「そういうこと。両派にとって王家派とシロガネ派の間でうろついているのが自然な状態にする。まずは三つの選択肢の全てをいつでも決定できるようにするんだ。どっちを潰した方がより面白くなるか、僕たちは世界を混沌に導く決定的な選択をまだ知らないんだから。いずれ新しい選択肢も現れる」
僕の意図を理解したらしく、それまで不満気にしていたレグザッグが楽しげに笑みを浮かべた。
「レグザック」
「なんだよ、キャプテン・ロキ」
「楽しもうね、お互いにさ」
城下町を楽しげに駆け回る子どもとすれ違う際に首を逆さにすると、すかさずレグザッグが路地裏に蹴り飛ばした。
誰も僕たちの犯行に気付いていない。意識して監視している者だけだ。
監視者が今し方息絶えた子どもを救うことは無い。監視者達は与えられた以上のことをすることは無いらしく、あくまで見ているだけだ。
息絶えた子どもが発見されるのはいつだろう?
日没前? それとも夜明けだろうか。発見するのは誰だろう。
既に記憶から薄れつつあるが、豪奢な服装からして貴族か豪商の子に違いない。
何と無く衝動で殺してみたが、これが愉悦の種となるか。それとも破滅の種となるか。
どちらにしても面白いことになれば良い。