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第六話:魔弾

「なあ、キャプテン。良かったのか?」


 貴族の執事を自称する老紳士が立ち去るなり、呪い師のレグザッグが声を潜めた。


「何がだい?」


「アンタ、シロガネ様と親しかったんじゃないのか? それなのにシロガネ様をダシにするみてぇなことを言ってる奴等と手を組むのは……しかも、立場的にこっちの方が大分低い。下に見られてるぞ」


 あの老紳士の目論見も、内心から薄っすらと漂わせた侮蔑の香りからして、レグザッグの懸念も尤もなことだ。

 ても僕と龍鬼(ロキ)がどれだけ深く繋がっていたかなんて、この世界の人々には分かりようが無いのだから当然だ。

 それに可哀想で空虚な彼等がこの期に及んで龍鬼(ロキ)に縋るのだって当然だ。


 がらんどうの理想と思想を埋めるのに、龍鬼(ロキ)の残り香ほど適したものはない。

 不快感が無いわけでは無いけど、弱くて愚かな彼等の厚かましさを咎めるほど狭量でも無いつもりだ。


「君の懸念は分からないでも無いよ。僕たちがこのまま旧態依然とした権力に飲み込まれ、良いように扱われて、使い捨てられる。そんなことを懸念しているんだろう?」


「そうだ」


「嘘だね」


 全てが嘘とは言わないまでも彼が心配しているのは、そんな表面的なことじゃない。

 とても短い付き合いだが、それくらい分かっている。


「嘘じゃねぇ!! さっきの爺さんはどうか分からねぇさ!! けど、さっきのアンタのへりくだり様!! 使い捨ててくれと言っているようなもんだ!! 芝居でやっているとしても、これから先、ろくなことにならねぇ!!」


 レグザッグの怒声に通行人たちが何事かとこちらに視線を向ける。

 人材を探しているのは先程の老紳士だけでは無いし、あの老紳士の仲間だって、不審げに僕らを睨む通行人の中に紛れているかも知れない。

 折角声を潜めていたのに台無しだ。もしかしたら見られても構わないとさえ思っているのかも知れない。

 良くも悪くも感情に素直だ。真っ直ぐな男だと、僕は思った。

 

「君は心配症の良い奴だね」


「茶化してんじゃねぇ!!」


「そんなことは無い。そんなことはしないさ。君には。決して。絶対に。君は僕のことを心配してくれているんだろう? 背徳と悪徳、侮蔑と嘲笑を信奉する僕が権益と俗物に歪められてしまうかも知れないって、僕とシロガネ様の友情を知りもしない恥知らずに従属を強制させられるかも知れないってね」


「…………………………」


「そこで黙り込む、素直な君が僕は好きだよ」


「茶化してんじゃねぇって言ったばっかだろうが!!」


「事実を口にしただけなんだけどなぁ……」


「実際問題どうするんだよ? キャプテンの力と装甲車。使い捨てをするには丁度良い新参者だと思うがな」


 よく理解している。けれど、彼は悲観が過ぎる。

 状況は全て僕らの手に委ねられている。


 貴族達が人材を欲しているとして、使い捨てにするにしても何処ぞの馬の骨とも知れぬ輩を取り込むわけにはいかない。

 どんな能力を持っているか、思想は? 何に対して欲望を見出すのか? 最低限、その程度のことは考える筈だ。


 合理的に物を考えられる人間ほど僕を見誤る。確実にだ。

 非効率的で、合理性の無さを妙を愉しむということを知らない奴等には分かりっこない。


「レグザッグ」


「ンだよ……」


「心配はいらないよ。彼等の視点から見れば、僕たちはシロガネ様を妄信する無知な下民でしかない。その他大勢のね。有象無象の下民に比べたら口の利き方を知っているから多少は見所があるとは思われているかも知れないけど、それでも下民の中ではマシな部類の下民止まりでしかない。権力者の後ろ盾もない。君の言う通り、使い捨てるには丁度良い新参者ってわけだ」


「自己顕示欲を満たすにも丁度良いだろうな? 俺等が死んだとしても次の日には忘れてるだろうよ」


「打って付けだね」


「何がだ?」


「僕らが好き勝手する隠れ蓑にするには打って付けってことさ」


 僕という個人を認知できないなら尚更だ。

 止まり木ついでの遊び場には丁度いい。


「ところで呪具のエネルギーはどこまで溜まっているのかな? 最大出力で一発撃てれば状況を面白くする自信があるよ」


「一発? 一発で良いんだな?」


「良いとも。今はそれで良い。それ以上は余分だ。僕が望んだ瞬間、僕が指定する場所に撃ち込めればね」


「……分かった。分かった。キャプテンの指示に従う。既に何か考えているんだろ?」


「君は、僕に従ってくれるけど、それは僕の習い性に共感した上での従属だ。その信頼と忠誠に疑う余地はない。けど能力的な部分に限って言えば、君は僕のことを信じちゃいない」


「そんなことは……!!」


 彼は弾かれたように声を荒げる。


 反射的な反論のようで、乱雑にでも疑念を取り除こうとする意志が現れている。

 態々、臭いをかぎ分けるまでも無い。やっぱり真っ直ぐな男だ。


「あるだろう? 別に構わないさ。たった十五の少年の肉体じゃあね。寧ろ、何もしていない今の僕を妄信される方が困るよ」


「…………………………」


「そんなに気まずそうにしなくたって良いのに。これから僕がやるデモンストレーションは彼等だけじゃない。君からの信頼を得るための綱渡りだ」


「綱渡り……?」


「先に謝っておくよ。不興を買って殺される可能性はゼロじゃない。勿論、黙って殺されてやるつもりも無いけどね。まあでも、一応、心構えだけはしておいて」


「キャプテンに任せるさ。上手くいけば面白いことになるんだろ?」


 そうだ。結局のところそれだ。

 折角、装甲車の主砲が使えるんだ。精一杯面白おかしくしてやれば良い。

 無茶苦茶やって、出鱈目やって、滅茶苦茶にして嗤ってやれば良いのだ。

 場合によっては死ぬかも知れないけど、取り返しの付かない状況に自分自身を陥れるのも、それはそれで面白い。


 招待を受けた貴族の屋敷を一望できる小高い丘の上に装甲車を不可視モードで待機させ、主砲の発射準備を整える。

 あとはレグザッグの意思一つで砲撃出来るようにするだけで良い。


「さてさて、どうなることやら」


 笑みが浮かび上がりそうになる表情筋を制御しながら、今度こそ屋敷の門を通り抜ける。

 僕の思った通りの展開になってくれれば良いが……別にならなくても良いが。


「話には聞いていたが、本当に若いな」


 あの老紳士の主とやらの歓待を受けることになったが、彼の視線と意識は僕一人に向けられていてレグザッグのことは一瞥しただけで、その存在を完全に無視している。

 彼の――シロガネ派貴族とでも言っておこうか。シロガネ派貴族の取り巻き達も同様で蔑視の匂いがした。

 レグザックには悪いが、そのまま僕の三歩後ろで跪いて頭を垂れたままでいてもらう。


「農村出の若輩の身で恥ずかしい限りですが、閣下には格別のご慈悲を賜り感激の極みにございます」


「当家の執事が言う以上に心地の良い男のようだな」


「恐縮にございます。シロガネ様の意を示す誇り高く、いと貴き方々。その末席に我々を加えて頂きたく存じます。如何様にも我々をお使いくださいませ」


「良い。良いぞ。実に良い。貴様は良い! だが……」


 貴族たちの視線が一斉にレグザッグに集中する。

 普段から練習しているんだろうか。

 滑稽だとか、愚鈍を通り越して見事なものだと感心する。


「私の同胞が何か?」


「同胞? 同胞だと! 其方の目を欺けても我等の目は欺けぬぞ!」


 いけしゃあしゃあと言ってやると、貴族がレグザッグに人差し指を突き付ける。

 それと同時に取り巻きの者達が一糸乱れぬ動きで床を踏む。


 まるで貴族の動きに効果音を付けているみたいだ。

 気分が良さそうで何よりだと思った。


「欺く? それは一体?」


「分からぬか? 無理もあるまい。其方の同胞を装うその男は魔法使いでは無い。呪い師だ。その半端者は何ができる? 其方のような意志も、力も、教養も無い。ただの小汚い半端者に何が!!」


 レグザッグは自分が呪い師であることに強い劣等感を抱いていたが、貴族達の蔑視はそれ以上のものだった。

 これは少し、いいや、とても気分が悪い。


「閣下。私は彼を同胞と言いましたが厳密には違う。この男は私の従僕にして剣であり、盾であり、そして全てを貫く魔弾だ」


「ほう? ならば証明して見せい。今、この場で、その呪い師が其方の魔弾であることを」


 出来る筈が無いと言う顔をしている。


 だが、お前は言った。

 今、この場で証明して見せろと。


「閣下の仰せだ。レグザック、お前のその力を()()()()()


 事前に決めた合図を送ると、それまで跪いていたレグザッグが立ち上がる。

 その瞬間、横殴りの衝撃が左から右へと壁を粉砕し、吹き荒れる突風が粉々になった硝子と共に豪奢な調度品を吹き飛ばした。

 幸か不幸か、残骸と一緒に吹き飛ばされた人間は一人もいなかった。


「まずまずの破壊力、といったところだね」


 前世で潜伏先を五トンの鉄球クレーン車で破壊され、スタングレネードを投げ込まれた時に比べたら、遊園地の絶叫マシーンみたいなものだったが。

 それが、この瞬間まで伏せていた装甲車の主砲に対する僕の評価だ。


 遊具の衝撃に立ったままでいられたのは僕とレグザッグだけだ。

 

 誰も彼もが突然の凄まじい轟音と衝撃に腰を抜かして呆気に取られて絶句している。呆れる程に既定路線だ。

 駄目だ。こんなんじゃ駄目だ。


「こんなんじゃ、ほんの少ししか笑えないよ」

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