第四話:正しい怒り
「さて、手を組むからには決めておきたいことがあるけど良いかな?」
「キャプテンはアンタだ。アンタに従うさ。きっと面白いことになるだろうからな」
「それにしたって大雑把な展望というものがあると思うんだよね。美味い飯や酒が欲しい。女を抱きたい。金が欲しい。貴族に成り上がりたい。これから始まる戦国乱世に名をあげたい。これからのやり方次第では王になることも出来るかも知れない」
「俺は装甲車を動かすことだけが目的になっていたからな。すぐさま、次の望みなんて言われてもなぁ」
「装甲車の魔力砲で敵を撃滅する」
「お……」
「堅牢な装甲で民草の盾になる」
「おぉ……」
「敵も味方も民も無差別に破壊する」
「えー」
「何も考えず、僕に従うと言うのはそういうことだ。だからすり合わせをしないといけない」
因みに僕の希望としては、この城下町で装甲車を暴走させて無差別轢き逃げを一度だけで良いからやってみたい。
前世からやってみたいとは思っていたけれど、どうしてもやりたいというほどの事でも無かったし、何より機会が無かった。
彼がやりたいと言えば嬉々としてやるが、やりたくないと言えばやらない程度の自制心は持っているつもりだ。
「要望を聞く程度の度量はあるつもりだよ。仲間に限れば、どんなに醜悪極まる欲望であろうとも拒絶も嘲笑も無しだ。何故なら、それが僕のルールだからだ」
その瞬間、彼の感情が僕の鼻孔をくすぐった。
どうしようも無く、ドス黒い感情だ。
けれど、彼は口を閉ざしたまま俯いている。
言うべきか、言わざるべきか、理性――違う。恐怖と羞恥が黒い感情の発露を抑え込んでいる。
「既に察している通り、僕は他人の感情をある程度まで読み取ることができる。欲望、怒り、悲しみ、所謂、負の感情がどれだけ強いかが分かる。だから、今の君が抱えている物と、口を噤ませる物が、どちらも黒い感情だということが僕にはわかる」
彼が泣き出しそうな顔で一歩後退ったから、僕も一歩近寄った。
「どうしても許せなかったんだよね。どうしても報復がしたかったんだよね。でも出来なかった。それは君が弱いからじゃない。世の常識と法が、その怒りは間違っていると君を否定し、縛り付けた」
更に一歩近寄り、彼の両肩を抱く。
「僕は否定しない。その怒りは間違いではないと肯定する」
彼は意を決したように口を開く。
「呪い師ってのは……公的には存在しない肩書だ。王国だけじゃない。連邦でも共和国でも同じだ。俺達、呪い師ってのは魔法使いの出来損ないだ。人並み外れた魔力と制御能力を持っているが、それだけだ。三国の何処に行っても魔法使いとして認められない程度のチカラしかない。無力なんだ、俺達は」
「魔法使いに報復を望むかい?」
彼は首を横に振ったが、黒い感情が爆発的に匂いを強くしていく。
「魔法使い学校という施設がある。民間、国営に関わらず、魔法に関わるありとあらゆる職業に就くことを夢見る高所得層の子供たちが通う学び舎だ。そこでは本来、魔法使いとして認められない水準以下の魔力を増幅するための教育も受けられる」
「運良く高い魔力を持って生まれた子供たちが、才能が無いくせに運良く金持ちの家に生まれた子供たちが、将来魔法使いとして活躍する子供たちの存在がどうしても許せない。運が良かっただけの子供たちに誅罰を与えたい。それが君の真なる欲望。本当の望み」
「そうだ……最低だろ? こんなこと、感情を読めるキャプテンにしか言えないけどよ。何の罪も無い子どもたちに八つ当たりをしようなんて最低だ! 授業中の校庭に装甲車を並べて一斉に魔力砲を校舎に撃ち込むんだ! 教師たちは必死になって結界を張るんだ! 優等生たちも一緒になって結界を張るだろうな! 強固な結界を何重にも! けれど装甲車の圧倒的な火力を前に魔法使いたちは防戦一方! 徐々に結界が失われていく! さあ残った結界はあと何枚だ! ほら頑張れ頑張れ! 結界が無くなったら魔力砲の一撃で全身粉々だぞ! 教師も生徒も校舎も一緒くたにバラバラになるんだ! そして瓦礫と肉片が混ざり合った血の海の真ん中で言ってやるんだ! 魔法使いがこれだけ雁首揃えているのに出来損ないの呪い師一人に皆殺しにされるのか! 出来損ないに皆殺しにされた優良種の皆さんご機嫌いかがってな! そんな妄想を何度もした! 何度も何度も!」
彼は涙を滂沱の如く流して絶叫する。
嗚呼、なんて可哀想なんだ。
「良いんだ。良いんだよ。君の怒りは間違っていない。僕だって同じだ。いや、僕の方がずっと最低だ。僕は城下町に装甲車を走らせて通行人を轢き殺してみたいと思っていた。理由は無い。ただ何と無く気持ちが良さそうだと思ったから轢き殺してみたいと思った。女子供、老人、貴族だろうが貧民だろうが関係あるものか。ただやってみたい。ただそれだけだ。ほら、理不尽に対する怒りをそれは間違っていると、恥ずべきことだと封じ込めていた。君はとても理性的で、とても正しい人間だ」
「俺は、俺が正しい? 正しいのか、俺は……」
「そうだよ。君は正しい。正しい君の怒りもまた、正当な正しい怒りだ。君は何も悪くないのだから」