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第三話:装甲車

 まずは何をするべきだろうか。何かを成し遂げたいという衝動はある。

 けれど、その何かが思い当たらない。


 今の僕に出来ることは何だろうか?

 僕にあるのは今も昔も変わらない。人間が持つ負の感情を嗅ぎ分ける鼻だけだ。

 ポケットの中から困惑と悲痛の香りが漂ってきた。


 お姫様か王様の宝飾品の残骸だ。

 宝石商とブラックマーケット、どっちが高くで売れるだろうか。

 そんなことを思っていたけど、予定変更だ。


「未練が呪いに変性し始めている。流石は王族……と言うよりも、流石は龍鬼(ロキ)、かな」


 王様とお姫様だけじゃない。全ての人たちにとって龍鬼(ロキ)の裏切りはあまりにも衝撃的だったのだろう。

 その結果が突如として生まれた呪いの宝石だ。


「可哀想に。だけど君達は裏切られたんじゃないんだよ。最初から信用されていなかっただけ。だから本当の名前すら教えてもらえなかったんだ」


 ポケットの中で宝飾品の残骸を弄びながら口にした言葉は思ったよりも、ずっと虚しかった。


 見苦しい。我ながら見っともない嫉妬だ。


 彼等は僕の知らない龍鬼(ロキ)を知っている。

 それにあの聖戦士。これから始まる混沌の世界は龍鬼(ロキ)が彼のために用意したものだ。


「人を羨んでばっかじゃダメだ。いつまで経っても龍鬼(ロキ)と比肩するに相応しい人間になれない」


 まずは呪いが増幅し続ける王家の宝飾品を金に換えることにした。

 これを欲する人間を見つけ出すのは簡単だった。


 同じような匂いと金の匂いがする人間を探せば良い。

 前世でもそうやって資金と人員を調達していたのだから手慣れたものだ。


「なんと畏れ多いことを」


「別に構いませんよ。あなたが買わなくてもこれを必要とする人間は多い。呪いの増幅はまだまだ終わらない。時間の経過と戦争が激化は、そのままこれの価値を高めることになる。王国だけじゃない。共和国、連邦、大陸の支配を目論む全ての人間が欲しがるだろうね」


 呪いの宝飾品をポケットに仕舞おうとすると呪い師らしき男がひったくるように手を伸ばす。

 ローブで顔を隠しているが、僕の嗅覚までは誤魔化せない。鋭利な宝飾品を男の手に突き刺し、テーブルに縫い止める。


「ひ……ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……あーーーッ!!」


「手癖が悪いな。子供が相手なら力尽くで奪い取れるとでも思ったのかい? 僕には君の考えが、君の欲望が手に取るように分かる。さあ交渉再開と行こうか。君はこの呪いにどれだけの価値を付ける? 答えなよ。ローブの下に身に付けた呪具はファッションでも玩具でも無いんだよね?」


 男は激痛と恐怖に困惑している様子だけど、それも今だけだ。

 僕ですら圧倒されてしまいそうな欲望が、呪具に対する物欲がこの男の胎の奥底から渦巻いている。

 この男が交渉の中断を承諾することは無い。絶対にこの呪具を手に入れようとする筈だ。


「出す物出さないなら、このまま交渉終了だけどどうする? 目の前でお宝を見せびらかされて怪我し損だけど」


「分かっ……た!! 出す!! 私のとっておきを!!」


「へぇ?」


 欲望の色が変わった。いや、増えた。対象は――僕?


「君はそのとっておきとやらで、この呪具だけじゃなくて僕まで手に入れようとしているみたいだけど、それほどの物なのかい? ああ良い。一々驚かないでくれ。面倒臭い。言った筈だよ。僕には君の欲望が分かるって」


「装甲車を知っているか?」


 前世で聞いた固有名詞だ。それがこんな世界の、それも胡散臭い呪い師の口から飛び出すとは、あまりにも意外だった。

 けど、多分、僕が知る装甲車と彼の言う装甲車は全くの別物だと思う。


「魔力による動力機関を内蔵する試作型のチャリオットだ。馬よりも早く走り、馬車よりも多くの人間や物資を乗せることが出来る」


「そして名前の通り、大出力を活かして車体に重装甲を纏わせているわけだ」


「それだけではない。要塞の城壁さえも破壊する魔力砲に、普通の馬車に見せかけたり、周囲の景色にカムフラージュする認識阻害魔法装置を搭載している! 堅牢な防御力、静粛性、隠密性を持つ究極の次世代兵器ぃったぁいっ!?」


 彼が早口になるほど感情が嗅ぎ取れなくなってきた。それでも分かる。ヒートアップの前兆だ。

 面倒臭いので、手の甲に突き刺した宝飾品を引き抜き黙らせる。


「うんうん、そうだね。素晴らしい素晴らしい。で、そんなに素晴らしい兵器が何で大魔王討伐に使われなかったんだい? シロガネ様が乗船された軍船だって魔力機関を搭載した奴は一隻すら無かったそうじゃないか」


「それは……」


「君が言っているのは、所謂(いわゆる)()()()発揮可能な性能って奴じゃないのか? その実態は出鱈目たじみた魔力が無くては動かすことすらまともに出来ない欠陥品。試作品止まりで実践投入すらされなかったんじゃないかな?」


「その通りだ」


「そんなガラクタで呪具だけで無く、僕まで欲しいなんて傲慢が過ぎるよ。殺してやろうか?」


「待て待て待て! アンタは早とちりをしている!」


「へぇ? 一応、弁解してみると良いよ」


「この呪具がこのまま呪いを増幅させていけば、いずれ装甲車は動き出すようになる。そこで提案だ。アンタは装甲車本体を、私は装甲車を動かす呪具をそれぞれに手に入れる」


「ああ、なるほど。僕と組みたいと言いたかったんだね」


「そうだ!! そう言いたかった!! アンタは人の考えだか欲望だかを読み取る力があるのだろう? いや、思ったほど正確では無いようだが……だがしかし、その力があるからその呪具や俺を探し当てることが出来たんだよな? ってことはよ、これから先も面白いことをしようって考えてるんだろ!? 頼む!! 俺と組んでくれ!!」


 取り繕うのを止めたのか、呪い師がチンピラみたいな口調と、オタクのような早口でまくし立てる。

 彼の欲望を嗅ぎ取ることが出来ない。僕たちとは違う欲望のあり方だ。

 大人が理想とする少年の心に宿る冒険心って奴だろうか。


「さて、どうしたものかな」


 考え込むような素振りをして見せるが、選択肢などあって無いようなものだった。

 現状、僕には具体的な目的がない。だから他人の下種な欲望を追って、目的を見つけようと思っていた。


 なんなら彼から巻き上げた金を餌に破落戸(ゴロツキ)を引き寄せ、龍鬼(ロキ)が作った混沌の戦国時代に参戦してやろうと思っていたくらいだ。

 けれど、それじゃ後が無い。

 装甲車が彼の言うようにカタログ通りのスペックを発揮出来れば、様々な問題をショートカット出来る。


 破落戸(ゴロツキ)装甲車(ガラクタ)、どっちがマシだろうか? 多分だけど後者だ。


「僕がやろうとしていることが、君にとって面白いとは限らないけど。それで良いなら良いよ。組もうか」


「おお、ありがてぇ! よろしく頼むぜ! キャプテン!」

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