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第二話:龍鬼

 雑踏――――、雑踏雑踏。


 悪魔の大王を一度は撃退し、孤軍奮闘する共和国軍、連邦軍を救出。そのまま併合。

 大魔王を追撃し、最後は一騎討で勝利。残った悪魔達も三国連合軍の奮戦により一匹残らず殲滅。

 まるで物語の世界から英雄が飛び出してきたかのような八面六臂の大活躍。


 それを成し遂げた異界の勇者、シロガネ様を一目見ようと大陸全土からブラクロス王城に人が詰めかけている。

 一見すると誰もが浮かれるお祭りムードに感じられるが、実際には違う。


 とても、とても懐かしい感覚だ。猜疑と背徳、悪虐。それから嘲笑の気配がする。

 あの時、僕と龍鬼(ロキ)で作ったカルト教団が黄金期を迎えた頃とよく似た空気だ。


 まさかだけど、もしかしてだけど、僕の一方的な思い込みと期待だと思っていたけど――


龍鬼(ロキ)だ……!! やっぱりシロガネ様は龍鬼(ロキ)だったんだ!!」


 長身瘦躯の黒髪の切れ目からは、深淵にも似た瞳が憂いでくすんでいる。

 あの時と変わらない。突如として僕たちの前から姿を消した阿羅銀(あらがね)龍鬼(ロキ)があの日、あの時と変わらない姿でテラスに立っていた。

 そして、大衆を見下ろし手を振り、あちこちに視線を送ると、その度に歓声があがった。


 滑稽だ。滑稽過ぎる。誰も誰一人として、龍鬼(ロキ)の真意に気付いていない。

 此処には何も知らない人、何も気付いていない人、あらかじめ龍鬼(ロキ)から話を聞かされている人しかいない。


 だけど僕だけが気付いている。


 何も聞かされていないし、彼がいつこの世界に召喚されて、どんな意図で世界を救ったのかも知らない。


 だけど僕には分かる。


 テラスを一望できる貴賓席にいる、華美な恰好をした集団から漂う悪徳の香り。

 歓喜と興奮に満ちた双眸が龍鬼(ロキ)の一挙手一投足を捉えている。


 知っているんだ。これから起こることを。

 龍鬼(ロキ)から聞かされているんだ。彼が何をするのかを。

 そのくせ疑っているんだ。だから、まばたき一つせずに、龍鬼(ロキ)を見ているんだ。


 バカな奴等だと思う。


 彼がやると決めたら、絶対にやる。

 どんなに冒涜的であろうとも、信じられないことでも成し遂げてしまう。

 道徳的に不可能なことを平然とこなしてしまう。


 ほら、そうこうしている内に、龍鬼(ロキ)がやるぞ。

 信じられないなんて顔をしている場合じゃないぞ。


 僕は普通の少年だ。

 僕の記憶の中にいるもう一人の僕も普通の青年だ。

 少なくとも肉体的には。


 けれど見えた。


 王様とお姫様の前で跪く龍鬼(ロキ)が口の端を大きく吊り上げているのを。


 斬撃一閃。


 飛んだ。


 首が二つ。


 龍鬼(ロキ)にそんな達人めいたことができるとは思ってもいなかった。

 でも必要なことだから出来たんだろう。彼はそういうことが出来る人だから。


 王様とお姫様の首が鈍い音を立てて地面に叩き付けられた。

 見た目よりも多くの物が詰まっていたみたいで、血飛沫と脳漿が僕たちの方まで届いた。


 手に鋭い痛みが走った。

 痛む手に視線を降ろすと王様とお姫様、どっちか分からないけど宝飾品の一部が僕の手に刺さっていた。


 幸い――か、どうかは分からないけど皆は呆然とテラスを見上げて、シロガネ様の、龍鬼(ロキ)の凶行に絶句していた。

 刺さった宝飾品を引き抜いてポケットに仕舞う。

 龍鬼(ロキ)に半信半疑の視線を向けていた貴人たちがそそくさと広場から引き上げようとしている。


「何でだ……? 何でこんなことをした!? シロガネェェェェェェェェェェェェッ!!」


 テラスから絶叫する声にみんなが我に返った。

 そんな中、龍鬼(ロキ)だけが一人、肩を震わせ、腹を抱えて嗤っていた。


「凄い!! やっぱり龍鬼(ロキ)は凄いよ!! 大魔王を倒して、世界を救って、連邦と共和国を王国の属国に置き、大陸の統一を果たし、その功績を以って、今まさに王位を継承されようと言うのに、王家の人間を皆殺しにして王位を破棄するなんて!! 大陸を三つに割るどころじゃない。大陸を粉々にするが如く蛮行!! 来る、来るぞ!! 鉄火と嘲笑、混沌の時代が!! 君が時代を、歴史を作ったんだよ!!」


 もう此処にはいられない。いる資格がない。


 僕は龍鬼(ロキ)がいなくなってからずっと飢えていた。乾いていた。

 霧散した欲望を形にすることが出来なかった。

 たった一人で、これだけの大業を成し遂げた彼とは違う。


「そうだ! 全ての人間が正しく、善で、誤り、悪だ。俺の意思で世界は操ることは出来ず、どのような未来に行き着くかさえも分からない。新たな平和か? それとも世界の終焉か? どちらでも構わん。だが折角、神を出し抜いて生み出した混沌だ。こんなところで死にかけていないでお前も精々足掻き、藻掻いて、そして楽しめ。友であるお前には満喫してもらいたい」


 テラスで聖戦士と対峙する龍鬼(ロキ)が、そう叫んだ。


 彼は一人でも、どこでも、変わっていない。

 やりたいと思ったことをやり遂げる。

 僕なんかとは違って寄る辺が無くても、作りたいからという小学生並の動機で混沌を作り上げることができる。


 僕は恥ずかしい。


 彼が行方不明になって自暴自棄になって処刑され、転生した今この瞬間に至るまで不貞腐れていた。

 欲が無いなんて言って、不幸に酔っていただけなんだ。


 僕には資格が無い。あの聖戦士のように彼から友と呼ばれ、混沌をプレゼントされる資格が。

 だから此処にはいられない。僕も龍鬼(ロキ)みたいな快悦と混沌を産む男にならなくては並び立てない。


「だから今だけさようなら、龍鬼(ロキ)。待っててね。すぐに僕も君の親友に相応しい男になってみせるからね」

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