第一話:シロガネ様
僕には僕が分からない。
友達と言う名の他人が言う。
「もっと美味い物をいっぱい食べられるようになりたいな!」
何ともどうでも良い欲望なんだろうと思った。
母親と言う名の他人が言う。
「あなたにも綺麗なお嫁さんをもらって、可愛い子どもに囲まれる幸せな日がくるわよ!」
何て不確かで無意味な幸福なんだろうと思った。
けれども、とても人間的だ。
多分、きっと僕よりもずっとマシな、健全な欲望の持ち方なんだろう。
僕の記憶の中にある絞首刑にされたもう一人の僕と同じで、僕には健全な欲望がどうしても持てない。
理由は分からない。けど、何故だか魅力的に思えないんだ。
不健全な欲望ならどうだろう?
「あそこの三男坊。殴っても、金盗っても、へらへら笑ってるばっかで反抗もしなけりゃ親にも言わねーの。一生、あいつから金盗って働かずに暮らすんだ。お前もちょっとくらいならあいつから金盗っても良いぞ」
試しにやってみたけど同じだ。変わらない。下らないと思えてしまった。
記憶の中のもう一人の僕もそうだった。ある時を境に自分が求める欲望が分からなくなった。
そうして死ぬまで――違う。一度死んで、生まれ直した今でも、どうしても定まらない。形になってくれない。
「いやはや、一時はどうなることかと思ったが、勇者様のお陰で世は無事平穏! 連邦と共和国は壊滅状態で、大陸は我等が王国の物になったも同然! 結果的に王国の被害は殆ど無かったし、将来、戦争が起こることも無い! 全く、シロガネ様々だ! お前もいつかはシロガネ様のような強くて立派な男になるんだぞ!」
父親と言う名の他人が言った。
力、力があれば我を通せるだろうか?
否、そんなことは無い。
力を振るう人間になるよりも、そういった人間を操る方がずっと良い。
けれど、少し気になったことがある。
なんでも聞く所によると、勇者様とやらは魔法の力で異世界から召喚されたらしい。
まあ、だから何なんだと言う話だが、それでもやっぱり気になった。
「ねえ、父さん。シロガネ様を見てみたいんだ」
すると父親が目を丸くしたかと思えば、すぐに破顔した。
「そうかそうか! やっぱ、男はそうでなくっちゃなぁ! だったら平和式典に行こう! お前は何でも言うことを聞く素直な良い子だが、素直すぎるのが少し心配だったんだ!」
素直で理想的な息子。それが僕の評価だ。
従順に振舞っても、反抗的でも僕にとっては同じだ。何の感動も与えてくれない。
だったら、従順にしておいた方が子どもにとって生き易い。
生き易い、だってさ。
僕の中の僕に笑われた。そんな気がしたけど、従順に生きて来たから何の苦労も無く式典を見に行けるんだ。
シロガネ様。色を名前に持つ異世界人。転生者の僕とちょっとだけ似た境遇の転移者。
らしくも無く、僕は、僕の中の僕は胸が高鳴っていた。