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第十話:誘拐

 分裂したストックリー王国の中でも、とりわけ強大な力を持つ勢力が二つある。


 英雄シロガネの後継を自称し、武力によって大陸の再統一を目論む、シロガネ派。

 ストックリー王家を再興し、正当性によって大陸の再統一を目論む、王家派。


 ブラクロス王は英雄シロガネに王位を継承した。故にシロガネ様の御意思が正しい。

 いいや、シロガネは王位継承を拒絶している。あの男は王では無い。何よりブラクロス王とネーヴィカ姫を弑殺(しいさつ)した逆賊だ。故にストックリー王国に蔓延る逆賊シロガネの信奉者どもは皆殺しにしなくてはならない。

 それが彼等の大義名分だが、誰の目から見ても明らかなほどに、見え透いた口実だ。


 結局のところ、シロガネ様と王様がいなくなったチャンスを活かして、自分の権力を最大限に高めようとする欲望があるだけで、別に王家や勇者への忠誠があるわけではない。

 どちらの派閥につくのが自分の権益の維持・向上に繋げられるかでしかなく、そうで無ければ肥大化する派閥に飲み込まれただけだ。


 日々拡大していく勢力は、ただの口実でしかなかった大義名分がさも正しいことであるかのように錯覚させてしまう。

 自分が強大な力の持ち主であるかのように認知を歪めてしまう。

 その結果、王国の全ての貴族、兵士、民は、無条件に自分たちの正統性を認めて当然だと思うようになった。


「なんだコレは。僕が歪めるまでも無く、歪みに歪んでいるじゃないか」


 王家派の羊たち(騎士)に連行されたのは牢獄でも無ければ、尋問室でも無い。

 ストックリー王城を一望できる小高い丘の上にある高級住宅街だった。

 その中でも一際大きく、宮殿と見紛うほどの――いや、パステルピンクの宮殿の中へと連れて行かれ、彼等の真意を聞かされて、僕は少しだけ落胆した。

 僕らが貴賓待遇を受けているのは、騎士の1人が暴走して貴族の子供達を無差別に殺して回っているところを、通りかかった僕らが成敗したということになったからだ。これも僕を少しばかり落胆させる原因になっている。


「彼等がどうしようも無く、怠惰で惰弱なことは分かっていたけど、ここまでだと僕が手を入れる隙間が無い」


「じゃあ、潰すか?」


「まさか。味方は弱ければ弱いほど、無能であれば無能であるほど良い。考えてもごらんよ。こんなに弱くて愚かな大陸の覇者として君臨する未来を」


「世の有象無象どもが下剋上を目指すには打って付けだな」


「そういうこと。少し面白くないけど、僕が何かするまでも無く、世界は堕落する」


「じゃあ、王家派を支援しつつ、その力を削ぎ、堕落させていくのが今後の基本方針か?」


「まあ、そうだね。勿論、その時の気分や、もっと面白い流れが生まれたらそっちに移るけど」


「しかし、次から次へと嘘が出て来るもんだな?」


「王家派やシロガネ派ほどでは無いよ」


 少なくとも僕は自分が嘘を吐いているという自覚があるし、自ら生み出した虚に飲み込まれることはない。

 何故なら僕には、この世界と前世の道徳というものを身に着けている。だから知っている、僕はどうしようもない悪なのだと。


 極論を言えば、シロガネ派なり、王国派なりを全力で支援して大陸の再統一を果たした方が世の中はずっと平和で穏やかになる。

 上層部がどれほどの欲を満たそうとしていても、世の中の大多数はそんなことすら知らないのだから。

 目先の安定、安全、平和さえ保証されていれば、上がどんなに強欲で腐っていても大多数の民には関係がない。


 そういった意味では彼等は正義なのだ。

 だからこそ僕は嘘と唾を吐き、泥と糞を投げ付ける。


「僕の嘘は自己弁護のためじゃなくて、楽しくするための嘘だからね」


 ――などと談笑していると


 レグザッグが笑みを消して扉の方へと視線を向けた。

 一拍して何者かが近付いて来る気配がして扉が乱暴に開け放たれた。

 そんな無礼を受ける理由は――ごまんとある。


 羊たち(騎士)が後になってから本当のことを報告したとかなら、間違いなくこういう対応になる。

 けれど、入り込んできたのは物々しい姿をした騎士や衛兵では無かった。


「どうもこんにちは。メイユ姫」


 宮殿と同じパステルピンクの長い髪にエメラルドグリーンの瞳をしたドレス姿の女が、前世の感覚で言うなら少女が駆け込んできた。

 王家派が擁立したストックリー王家の傍流の1人だ。ブラクロス王の父が王位を譲った後に行きずりの商売女を孕ませて生まれた女というのを口さがないメイドたちが話していたのを聞いた。

 王位継承権を持たず、つい数日前まで酒場のウエイトレスをしていたのが、半ば拉致同然に連れて来られて、今ではお姫様というわけである。


「ちょっと庇って!!」


 慌ただしく駆け込んできたメイユ姫が、突風を巻き起こすが如く勢いで僕が座るソファの影に隠れる。


「かくれんぼですか? 良いですね。大人になってから本気でやると意外と夢中になるんですよね」


「良いから黙る!!」


「ここには僕と彼がいる。黙っている方が不自然だと思いますよ」


「まあ応接室の扉が開け放たれたままの時点で不自然だわな」


「揃いも揃ってうっさいよ!!」


 継承権を持たず、一度は市井に放逐されたにも関わらず、王家の血筋を引いているという理由で拉致されたのは彼女だけではない。

 正当後継者が存在しない以上、そんな哀れな被害者はこれからも増える。要は予備だ。

 全ての者が自分達に跪き、傅いて、忠誠を誓うのは当然だと思っていると同時に恐れているのだ。

 龍鬼(ロキ)がしたように、お姫様と王様を殺されるのが怖ろしくてたまらないのだ。


 それと同時に、大陸の再統一が叶った暁には拉致した王家の親族を擁立し、新たな対立構造が生まれ、王国の分裂は各地に散らばった反抗勢力を決起させる機会を与えることになる。

 矢張り、僕が何かをしなくても、争う力が完全に無くなるまで戦いが繰り返されてしまう。


 流石は龍鬼(ロキ)としか言いようのない混沌だ。


「お姫様の立場はそんなに居心地が悪いですか?」


「貴方が逆の立場だったらどう思う? 自由気ままな傭兵ぐらしから――」


「お姫様になるのは嫌ですね。僕に女装する趣味はありませんので」


「そういうことを言っているんじゃない!!」


 組織のトップは前世でやったし、あんまり興味が無い。

 不自由なことも少なくなかった。五千人の狂信者を支配する教祖と言えば聞こえがいいが、数が多くなり過ぎて、悦楽と背徳を楽しまなくてはならない。楽しませ続けなくてはならないという使命感のような物に縛られていたのも事実だ。

 だから、今生ではもっと身軽で、失う物が何一つない放浪者として世界を引っ掻き回して愉しむのだと決めた。


「余裕が無いというのはいけませんよ。愉しいというのは何よりも大切なことなのですから」


「これでもお姫様なんだけど? そんな事関係無いって態度で自由な貴方が羨ましいわ」


 さて彼女が何から逃げてきたか知らないが――どうせ礼儀作法だの何だのお稽古ごとが面倒になって逃げだしてきただけなのだろうが――、この事態は僕には幾つかの選択肢が現れたことを意味する。


 一つ、このままメイユ姫を衛兵だか何だかに突き出す。

 一つ、メイユ姫の首をねじ切り、ついでに拉致された王家の血筋を引く者を片っ端から殺す。


 一つ――、


「自由気ままな傭兵暮らしが羨ましいのなら、此処から貴女を攫ってあげても構いませんが?」


「救い出して差し上げます、じゃないの?」


「ここが悪の巣窟だと言うのなら、貴女が虐げられていると言うのなら救出という言い方が正しいでしょうね。しかし、実際は違う。僅かな賃金のために身を粉にして働いていたのが、今や強固な宮殿の中で災害や犯罪に恐れること無く、贅沢な暮らしが出来る。自由の代償としてはあまりにも大き過ぎる。どのような事情があろうとも誰がどう見ても救出では無く、誘拐でしかありませんよ」


「てーか、正義の巣窟で悪いことすんのは良いわけ? 一応、ここの人らに雇われたんでしょ?」


「僕の与えられた役目はシロガネ派の情報を集めてくること。チャンスがあれば打撃を与えて来ること。別にメイユ姫を攫ってはいけないなんて言われていませんよ? 自分たちだけ人を攫っておいて、僕たちには誘拐するな。そんな道理は通りませんよ」


「いや、通るでしょうが。こっちは偉い人で、貴方には何の後ろ盾も無い傭兵なんだから。人は平等には出来ていないのよ」


 その通り。どんなに綺麗事を並べても人は平等では無い。

 けれど、この世界の人々も、前世の世界の人々も、みんな等しく勘違いしている。

 平等では無いことが、そのまま優劣や支配に繋がるわけではないということを。


「つまり、僕たちを縛る法は無い。それが僕が貴女を誘拐できる道理です。無論、事が公になれば彼等は彼等の法の道理に従って僕を殺そうとするでしょう。それを阻み咎める資格が僕には無い。それと同時に彼等の法の範疇の外にいる僕には抵抗して殺す権利がある」


「それって我儘」


「貴女がこの応接室に逃げ込んだのと同じです」


 自由には責任が伴うなどと言うが、責任の所在や責任の果たし方は国や時代、立場や身分によって千差万別だ。

 だから、僕の自由は我儘で良いのだ。それが僕の自由に対する責任の取り方なのだから。


「さあ、どうします? 貴女が何から逃げているのかは重要では無い。僕のこの手を取るなら、この宮殿から貴女を誘拐しますよ。貴女がどんな選択をしようが僕らが王家派の依頼を完遂することには変わらないですし」


「一つだけ聞かせて、何でそんな風にしてくれるの? お姫様って言ったってお姫様と王様が殺されるまでずっと普通のウエイトレスだったんだよ?」


 メイユ姫の問いに奇しくも僕とレグザッグの声が重なった。


「「その方が面白くなりそうだから」」

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