第九話:挑発
「さて、こちらは対話の姿勢を取りましたよ。会談を始めようではありませんか。勿論、ここでは話辛いということでしたら、場所を移してもこちらは一向に構いませんよ。繰り返しますが、こちらに対話の意思はありますので」
「うがああああああああああ!! ぬああああああああああああ!!」
「奇声が発したいだけなら動物園にでも行って、子供たちとおやりなさい」
表皮が焼け爛れ、表情筋が露出した顔に靴裏を振り落として黙らせる。
暴力的な衝動が執拗な攻撃を繰り返し命じてくるのを無視して、ただ踏み躙るだけに留める。
絶叫が止まらなかったので、顎を蹴り飛ばし、頸椎ごと意識を刈り取る。
「さて、この場における代表の方はどなたでしょうか?」
僕らを包囲する騎士たちが伏し目がちになる――と言うよりは、僕の足元で息絶えた騎士に視線が集まっていた。
まあ、分かった上での問いかけなわけだが。込み上げる嗤いを堪えてとぼけてみせる。
さて彼等はこの状況をどうとりなすのか。
シロガネ派も、王家派も既に政争ごっこに興じているだけの愚鈍な間抜けどもでしかないのは分かっている。
そんな間抜けの集団の中に、どれだけ面白い人材が紛れ込んでいるのか、僕の興味はその一点にしかない。
それが恭順、裏切り、皆殺し、三つの選択肢を決定する判断材料となるからだ。
「キャプテン・ロキ」
「なんだい?」
「こいつらの反応から察するに、足元のそれがコイツらの代表のようだが、不思議なこともあるもんだな」
「何が不思議なのかな?」
「コイツらは何者かの命令で俺達監視、そして包囲して、キャプテン・ロキにこの任務の隊長を面白半分に殺された。それにも関わらず、問答無用で俺達を殺そうとするわけでも無ければ、逃げるわけでもない。会談の申し入れに対しても戸惑うばかりで口を開くこともしない」
「確かに不思議だね。確かシロガネ様は王国、共和国、連邦の連合軍100万を率いて3000万を超える悪魔達を皆殺しにした筈。1人1人が一騎当千の英雄なのに、たった15歳の僕なんかに良いようにされて驚き、戸惑い、そして怯えている」
「悪魔の討伐に参加しなかったのか、それともさせてもらえなかったのか。弱っちいから」
「参加したけど共和国や連邦、そしてシロガネ様の影に隠れていただけで英雄ヅラして帰ってきたのかな?」
我ながら安っぽい挑発だ。
それでも彼等は反論、攻撃も無く、奥歯を噛み締めるだけ。
僕らが子どもたちを殺していた時のような愉悦の香は既に無く、あるのはドロドロとした迷いの匂いを漂わせるばかりだった。
ここまでくると筋金入りだ。
「キャプテン」
レグザッグが小声で僕を呼ぶ。
「コイツ等に何の価値もあるとは思えないんだが……」
「このままじゃ埒が明かない。少し懐柔するよ」
神妙そうな表情を浮かべて彼等に跪き、レグザッグが倣ったのに合わせて口を開く。
「数々の非礼をお詫び申し上げます」
情緒不安定で一貫性のない振る舞いが過ぎるが、彼等が何も言えない、何もしないままでいるからどうしようもない。
多少、唐突でも頭の一つでも下げてやれば態度も軟化するだろう。普通はしないが、彼等はする。
まるで主体性が無いのだ。上から監視しろと言われれば監視はするがそれ以上のことはしない。
ヤンチャな仲間が勝手なことをしようとすれば積極的に止めようともしなければ、積極的に参加することもない。
それで気分の満たせるチャンスがあれば、これ幸いにと楽しむ。
そして先導する人間がいなくなり、想定しない事態に陥り、命令に無い行動を突き付けられた時、思考が停止してしまう。
こんな時でもなければ嗤えるのだが、これは中々に難儀だ。
散々挑発した後でこんなことを言うのもなんだが、こんな相手に挑発や恫喝は無意味だ。
ただでさえ停止した思考が更に止まるからだ。プライドが無いと言うより主体性が無い。皆無なのだ。
こんな相手には優しくしてやらねば話が進まない。慌てさせてもいけない。
子どもにするようにしてやらねばならない。無論、面白半分で殺すという意味ではない。
「私はロキ、彼はレグザッグ。お察しの通り、シロガネ派の貴族を襲撃した傭兵です。是非、王家派の皆様のお力になりたく思っております。是非、皆様の頭領にお目通りを願いたく存じます。何なら連行という形でも構いませんので」
両手を前に突き出したままの姿勢で暫く待つ。
僕たちは通行人の気配がするまで待つ羽目になった。
誰が縄を打つかで更に彼等のグダグダに付き合わされた。
彼らは仕方ないという態度をあからさまに、一番近い騎士が縄を打つ。
ふとレグザッグの方に振り返ると、徒労と落胆を顔に滲ませていた。
けれど、この時点でシロガネ派を消すという選択肢は完全に消えた。
シロガネ派を潰して、王家派を残すか。両派を潰すか。二つに一つだ。




