表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハビタブルポイント 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 太陽はどれくらい前に、誕生したか。みんなは知っているかな。

 おお、正解。だいたい46億年前になるね。水素がヘリウムに変わるときの核融合が、かつての太陽の中心部で起こった。これにより、それまではガスの渦巻きに過ぎなかった太陽は、いま知られている姿となったんだ。

 その46億年分のパワーを、地球もまた浴び続けている。奇跡的な位置取りによって、こうして生命が生まれる環境を得ることもできた。太古より空に浮かび、恵みも災いも呼んでくれたそれを、私たちはあがめたてまつってること、しばしばだ。

 太陽に比べればまだまだ短いが、人間も自分たちが誕生してより、太陽の力をうまく利用しようと考えたことは、数がしれない。

 そのうちのひとつ。太陽がもたらした命のパワーについて、今日は話をしようか。


 むかしむかし。とある地方での夕方に、大規模な山火事が発生した。

 山間やふもとに住む人々は、火の手から逃げるよりなかったが、その時の火事はどこか妙だった。山火事そのものは過去、幾度か彼らも経験しており、避難が間に合わずに犠牲者が出てしまったことも多かった。

 だが今回は、火の回りが遅い。煙もあまり出さず、火の粉を飛ばしながらもトロトロと広がっていく様子は、人々に逃げるよう促しているように見えたんだ。


 現場から離れ、闇に包まれながら、火だるまと化した山を見上げる村人たち。

 昼間を呼び寄せるかのように燃え続けた炎たちは、夜明けとともにその勢いを弱めていく。すっかり裸になってしまったかと思われた山肌だったが、いざ火が収まってみると、南方の一角のみ、生き残っている木々が見受けられたんだ。

 人々が住む村とは反対側にあたり、頂に近い急坂の途中にそれは存在した。確かに火はすべての木の全身を包み、燃え盛っていたはずだ。あのような元気な姿で残っているなど、にわかには考えがたい。

 不審に思った若者たちは、各々の村――こちらも明らかに炎に巻かれていたのだが、家、家畜、田畑に至るまでのいずれもが無事だった――へ戻ったあと、件の木の下へと向かってみたんだ。


 何度も坂に足を滑らせそうになりながらも、たどり着いた彼らは息を呑む。

 近くで見るその木々は、ゆうに三十尺(約15メートル)を越えていたが、驚いたのは高さばかりじゃない。

 その木のてっぺんは、肥大化した双葉のみが大きく左右へ広がっている。葉の一枚は数畳にも及ぶ大きさだが、そこから透かして陽の光が地上まで届くほどで、かなりの薄さを感じさせた。

 その不安定であろう葉の上に、何者かが腰を下ろしているんだ。葉に押し当てられる尻と、そこから葉の外へと伸びる足の影が見えた。葉の外へ投げ出されている両足は、若者たちの腕よりも細く、また誰の肌よりも黒ずんでいたという。

 

 下から声をかけても、葉の上にいるものは返事をしない。小半刻(約30分)ほどそこで待ったが、降りてくる気配も見せなかった。

 正体を確かめよう。そう考える若者たちは、めいめいで木を登り始めた。

 木登りの腕には覚えのある面々だったが、この木には苦戦を強いられる。手足をかけて体重を乗せようとすると、やけに滑るんだ。

 濡れてはいなかったが、幹全体にまぶされているものがある。真っ黒いコゲだ。おそらくは昨晩の火事で、すっかり焼け落ちてしまった周りの木々の成れの果て。

 それらがびっしり取り巻き、力を入れた先からもろともに滑り落ちて、登る手を阻んでくるんだ。

 これが非常に危ない。うっかり木から離れてしまったら、引っかかる枝も満足にないこの木では、地面に叩きつけられるよりない。自分の背の数倍もあるところから落ちたりすればけがをしなくても、もう木に登れるだけの体力は残らなかった。

 ひとりまたひとりと脱落していき、残ったのは二名だけとなる。何度も幹を滑り、手足が外れそうになるのに耐えながら登っていく彼ら。その姿を下から見上げる他の面々だが、やがて奇妙な感覚に襲われる。

 

 木は、その背をさらに伸ばしていた。

 先ほどから見えていた、てっぺんの双葉と尻や足の影は、わずかずつだが小さくなっている。

 登っている彼らも、無性に息ぐるしさを感じ始めていた。かつて高い山に登った時に、襲われた症状も出始めている。頭がおのずと痛み出し、それにもかかわらず眠たさが強まってあくびを何度もしてしまう。

 てっぺんに腰かける影は、一向に動く気配を見せない。「せめて相手の姿だけでも確かめておかねば」と、歯を食いしばりながら挑み続けた彼らは、ようやっと双葉に手をかけることができた。

 

 いわく、そこで待っていたのは、高所から見る景色ではなかった。

 いつの間にか夜を迎えていた自分たちの周りには、上下左右、いずれにも点々と光る星々の海が広がっていたんだ。葉の下をのぞいてみても、地上やそこで待っている落伍者たちの姿を見やることができない。そしてこの葉自身、自分たち二人分の体重を受けても、破れたりちぎれたりする様子を見せなかった。

 ただ登り出す前より存在し続けているものが、太陽だった。こうこうとした輝きは、この夜の中でも薄れることがない。

 いや、本来なら太陽が去って、はじめて星空は現れるはずだ。ならば、この頭上で輝いているものは、いったい何なのか。


「ほほう、これは珍しい。地上の子がここまで来るとはな」


 しわがれた声がかけられる。視線を空から落とすと、葉の上にあぐらをかいてこちらを向く、小さい老人の姿があった。

 その足は木の下から見たのと同じ、若者たちの腕ほどしかない太さだった。身体も子供と思うほどの小さいもので、ボロボロのあわせからは、しわがふんだんに寄った胸元がはみ出ている。

 彼らが質問しようとすると、老人は手をあげて制した。


「なぜこのようなところにいるか、じゃろ。ここはな、命を育むのに都合が良い場所でな」


 さっと老人は太陽を指さす。先ほどは完全な円に思えた太陽だが、いまはその輪郭がわずかにぼやけ、よく見ると紅い波が盛り上がり、また円の中へと帰っていく。


「この大地は、陽との絶妙な距離を置いて存在しておる。ゆえに我々も、こうして生を受けて立つことができるのだ。

 その中でも更に、選りすぐった場所には命が宿る。

 並大抵の条件ではないぞ。高さ、角度、注がれる光の量といった、様々なものが完璧でなくては得られぬ。だが、それらすべてを満たした輝きは、定命の身体に不老長寿の力を授けるのじゃ。

 わしがこうしておるのもな、その光を浴びんとせんがためだ。もう終わるがな」


 老人はあぐらを解き、四つん這いになる。足元をのぞかれるようで彼らは不快な顔をしたが、老人は「下に、下に」と、腕を伸ばしながら促す。


「おぬしらも、とどまる気ならとくしゃがめ。もうじき陽は、薬から毒となる」


 葉をぽんぽんと叩き、再び促す老人。

 二人の若者は、ひとりは言われた通りに身を伏せ、もうひとりは「つきあいきれない」と、木を降りようとしたんだ。

 だが後者。立ったままの男が幹に足をかけたところで、にわかに上から照り付ける光が強さを増した。

 肌が一気に焼けてしまいそうな、強烈なものだ。伏せた男はうめき声をあげてしまう程度で済んだが、帰ろうとした男はそうはいかない。


 ぱっと彼の頭から髪が舞った。バラバラと抜ける髪、露わになった頭皮から、たちまち白い煙が立ち上り始める。

 次の瞬間、彼は一寸も降りることなく、その身体を散らしてしまったんだ。

 霧かかすみになったかのようだった。彼の立っていた場所に浮かぶ粒たちは、黄や赤、灰などに色づいている。それはいずれも彼の身体と、身に着けていた服の一部ではないかと思われたんだ。

 おもいおもいの方向へ飛んでいく粒たちに、葉に伏せていた男はかたずを飲んでしまう。


「――降りてくる陽に、近づきすぎたな」


 老人は苦々しげな声を出す。そして残っている若者に、このまま這って幹まで行き、即刻去るように命じたんだ。

 こうしている今も、身体に感じる熱はどんどん強くなっている。彼のようになりたくなければ急げ、とも付け加えてね。

 

 半ば落ちるようにして木から降りた彼は、確かに地上へ足をつけることができた。落伍者たちが出迎えてくれたが、あの霧散した彼の姿はない。

 登り始める前と同じ、ほぼ焼け野原となった山肌。そして陽を透かせる、あの双葉が目に映ったが、老人の影はもうどこにもなかったという。

 

 はじめに話したね? 地球は奇跡的な位置取りで、生命を誕生させることができた、と。この地球に似た生命が存在可能な領域を、「ハビタブルゾーン」と呼んでいる。

 かの老人はすでに、このハビタブルゾーンを悟っていたのかもしれない。いや、それどころか、その中でも選りすぐりの、命に適した領域。いわば「ハビタブルポイント」とでもいうべき場所を、見つけていたのかもしれないね。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ! 近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ