第9話 マジでカルで、プリティでキュアー
「よーしわかった。勇者だっけ? どういうことだ?」
うんざりした顔のイズミに、デニルは素早く顔を上げる。
デニルは顔を明るくして語りだした。
「今私の姿は魔力を持たない一般人には見えてません! それが見えるということは魔王様方か三女神の眷属です。そしてこいつらから感じる嫌な魔力は女神の魔力です」
デニルが強く断言したことでイズミは確信した。
こいつ頭やべぇわ、早く突き出そう、と。
「そ、そうか。ならばデニルよ。貴様はこいつらを倒せるのか?」
威厳をもった喋り方を意識しながら、イズミは声に抑揚をつけて話す。
しかし内心はこうだ。
逆にこいつをもっと暴れさせて、実は自分はこの頭のおかしな女の被害者です、と警察に泣きつこうと考えたのだ。
「はい、魔王様! あのような下級勇者一瞬で片づけてご覧にいれます」
「ならばやってみせろ!」
イズミはさきほどのデニルのハイキックを思い出す。
威力こそあったが人間の力の範疇であった。
そして、素手での戦闘なら日本の警官がそう負けることはないだろう。
現に先ほどの先輩警官も随分足取りがしっかりしてきている。
ほどほどのところで止めに入れば問題はない。
いつも暴力ツインテールに危害を加えられている自分なら可能だとイズミは考えていた。
〈日輪を食む黒き大地 蒼空を染める葦の群れ 猛き口腔から垂らしたまえ〉
「え、詠唱!? 呪文だと!? お前魔族だったのか!! くそ! スキル<聖戦士の衣裳>発動!!」
デニルは不思議な響きで言葉をつづる。
それに反応した若い警察官の叫んだ。
どこからか現れた黒地に赤い装飾のローブと白地に青い紋様のドレスは、あっという間に警察官の二人の身を包んだ。
「魔族め、俺と先輩は転生した世界で格闘カンストさせて素手で世界を平和にし戻ってきた帰還者だ!! 魔法なんて全て打ち消されるこのスキルで打倒してやるぜ!」
「やっと頭が冴えてきた。いくぞ後輩、俺たちの世界に魔族が来てたなんて許せねぇよな」
もはや何が何だか。
警察官の二人は勇ましく格闘技のようなポーズをとる。
スカートに見えるローブは彼らの丸太の様な太ももを強調し、胸元には勲章を思わす大きな蝶ネクタイだが、魔法の格闘衣裳と言われれば納得もできる。
しかし、イズミはその服装に既視感があったが口に出すのを堪えた。
「ザケンナー」
苦情をこぼす。
すっかりイズミは置いてけぼりの傍観者。
とりあえずはスクールバッグを拾い、少し離れたところまで移動してから座ってパンストを頭に被る。
部屋の隅でテレビを眺めているかのように体育座りだ。
イズミの視線の先、呪文を唱えたデニルの遥か頭上には巨大な魔法陣が浮いている。
精巧なゼンマイ仕掛けのような幾何学模様がいくつも青く光り弧を描く魔法陣。
規模の大きさは魔法陣からでも想像に難くない。
「いきますよ先輩! 俺の闇の力と!」
「俺の光の拳で!」
『くたばれぇぇ魔族めぇぇ!!!!』
デニルに対抗する警察官の二人組。
オッサン二人がノリノリだなぁとイズミは妙に気恥ずかしくなり、目を背ける。
伏せた視界に瓦礫に隠れた冷蔵庫を見つけた。
中からはよく冷えたコーラ。
蓋を開けると衝撃があったからだろう、泡が溢れてきたのでイズミは急いでパンストを捲り口で受ける。
悪魔的な甘さだ、キンッキンに冷えてやがる。
イズミは興奮しつつこぼれたコーラを拭こうとティッシュでもないかとあたりを見回す。
今度はポテトチップスを見つけた。
しかも、のりしおと関西だし醤油。
甘いしょっぱいしょっぱい甘い甘いしょっぱいの連続、完璧なコンビネーション。
こうなればイズミの観戦にも熱が入る。
サクサクサクサクと口元をギトギトにしながらイズミも興奮する。
すっかり映画観戦状態だ。
〈第二炎獄魔法 メテオ〉
デニルが冷たく言い放つ。
次に、彼女の眼前で息を切らす警官ら(闇と光のなんとか)に指を向ける。
途端、急に空が白んだ。
数秒の間を置いて、腹の底から揺らされるような音が響き渡る。
「な、なんだ」
イズミが空を見上げると、白く光る空は石を投げ込んだ水面のように波紋を広げて歪んでいる。
いや、石を投げ込まれた側はこちらなのだろう。
歪んだ空からは赤く燃える巨大な岩。いや、島のような隕石が落ちてきていた。
「あれ、これって俺がやれって言ったからか……」
塩まみれの指を舐めながら、イズミはデニルの顔を見る。
来世は人を信じられる人間になろう、イズミは考えることを諦めた。