第5話 チャラ ヘッチャラ
「お久しぶりでございます」
火柱と共に現れた巨大な炎のドラゴン。
それは、腹の底に響くような声でゆっくりと言い聞かすようにイズミへ語りかけた。
荘厳というしかない余りにも圧倒的な存在感と力強い体躯。
それは、ハリケーンや地震などの自然の猛威を眼前にしたかのようにこのドラゴンに抗うことなど無意味と分かるほど。
それはイズミにも感じ取れたのだろうか、彼はその手を震わした。
「ドッキリなら家間違えてるぞこの野郎!!!」
イズミは果敢にもドラゴンへ怒鳴りつける。
頭に被ったストッキングの足を通す部分を両手で伸ばし、体を大きく見えるようにと原始的な威嚇をしながらもイズミはドラゴンに怒鳴りつけた。
やや内股気味になりつつも、両手の指の腹で使用済みストッキングの質感を楽しみつつイズミはドラゴンに怒鳴りつけた。
そう、この変態は怒りによってドラゴンに怒鳴りつけたのだ。
「い、いえ間違いなくアナタさまから漂うその高貴な魔力は、その昔あらゆる世界を治めた10柱の魔王が一柱、竜の魔王に――」
「――俺は荒川イズミ16歳、好きなものは黒ストッキング趣味は黒ストッキング将来の彼女は黒ストッキングの似合う美少女と決めている花も恥じらう男子高校生だぞ。断じて、絶対、間違いなく魔王などではないわ!!」
興奮のせいか怯えておかしくなってるのか、リンボーダンスを踊る様な姿勢にガニ股でストッキングを頭からかぶった変態は絶叫する。
「いや、私の姿は魔力のあるものににしか見えず、そのうえで貴方様の魔力の気配が我らが長、竜の魔王様のもので間違いないのです……」
「知らん!」
「魔王様方がある日突如として消えられて……」
「聞かん!」
「魔王様ッ」
「くどい!」
イズミの姿勢は「く」の字でなく「つ」の字になっている。
痛々しい。
「……魔王様その姿勢辛くないですか?」
「つらい!!!」
体をのけ反って戻れなくなっていたイズミは、ドラゴンに優しくその身を起こしてもらう。
イズミ自身は鼻を鳴らしながら不遜にも腕を組みドラゴンへの無視を続けている。
「ど、どうしたら話をきいてもらえますか?」
「聞かんものは聞かん!」
「そんなぁ……魔王様を探し回ってようやくお会いできましたのに」
翼を畳んだドラゴンは背中を丸めて小さくなっている。
いや、物理的に人間大の大きさまで縮んでいるようだ。
イズミはマジマジとパンスト越しにドラゴンを眺める。
「そういやお前縮んでないか?」
「あ、それはもちろん体の大きさや姿形は魔王様方ほどでないにしろ側近である私は変えられますけど……」
ドラゴンの返答にイズミは明らかに興味を示している。
「それは……あれか? び、美少女になることなんかも?」
「か、可能ですが……美少女と言われましても、昔魔王様の仰られた8股の大蛇でしょうか? それとも尾が頭になった姿で?」
所詮はトカゲ、美醜も分からんかとイズミは玄関のドアにもたれかかり見るからにやる気を無くしている。
「わっかんねーかなぁ、身長155くらいで小顔、目はパッチリ二重で髪の毛は……えーと、水色とかだと分かりやすそうか。で、長さはセミロングで肌の色は透き通るくらいに白くて声は高めで妹キャラな感じ? あぁ体はスレンダーで当然足は長め、でも胸はE……いやEよりのFかな。それで体毛薄目で献身的なのが美少女なんだよ。間違えてもそんな蛇ベースの化け物じゃねぇよ」
「なるほど! さすが魔王様勉強になります」
チラッとドラゴンを見ると嬉しそうに尻尾を振っている。
「どうかされましたか? 魔王様」
「どうかされてますよこのトカゲ! 空気読めよ! 俺が恥を承知で自分のフェチを全身全霊でお前にお届けしてるんだから、そ、の、す、が、た、に、な、れ、よ!!」
唾をまき散らしながらドラゴンに怒鳴りつけると、納得といった風にドラゴンは頷いた。
「かしこまりましたああああああーーーーぁ」
「お、それだそれそ……れ……ぇ」
頷いた直後青い光の輪にドラゴンは包まれた。
そしてドラゴンは薄衣一枚を身にまとう絶世の美少女へと姿を変える。
イズミは大喜びした。
圧倒的美少女、イズミならずとも理想の女神とも言える美しさ、降って湧いた幸運。
しかしその喜びも束の間、ドラゴン扮する美少女は一気に身長が伸びていき、雲にまで届きそうな大きさになる。
見上げても膝ほどしか見えなくなりイズミは困惑した。
訳も分からないがとにかくどうにか状況を確認せねばと、既に玄関ほどしか残ってない家だがドアから出て振り返る。
「あー、大きさね。なるほどねーセンチをメートル換算しちゃったのね。うん。いやー失敗失敗」
「魔力がないと姿が見えない」と言う先ほどのドラゴンの言葉は確かなようだ。
玄関先の道路には近所に住んでる大学生がコンビニ袋片手に鼻歌交じりで歩いている。
「ま、まずい」
特に周囲で騒ぎが聞こえる様子もない。
しかし、パンストをかぶったままでは自分が変質者で通報されかねないとイズミは黒ストッキングを頭から外しポケットにしまった。
大学生の姿が見えなくなるまで待ち、改めて道路に出て巨大美少女を見上げる。
縮尺こそ不満はあるが問題はそれだけ。
八頭身ほどの小顔(比率は)で青い髪、透き通るような白い肌、何よりカワイイ。
完璧だ。
これでストッキングを履いていたら縮尺の問題は些細な問題だったのにとイズミは舌打ちする。
「んーー? なぁドラゴンよ、俺そんなテンプレなイケメンキャラは頼んでないんだけど」
美少女に夢中になっていて一切気づかなかったが、イズミの理想の巨大美少女の横には赤い髪の毛に端正な顔立ちの文字通り高身長イケメンがセットになっていた。
そしてその巨人二人の後ろには更に巨大な柱。
少々要望から外れすぎているとイズミはため息を吐く。
どうしたものかと悩んでいると、彼の家の両隣から誰かが出てくる音がした。
「まぁ異常事態だが、見えはしないし大丈夫だろう」と、イズミはさほど焦りもせず美少女を鑑賞する