集って 作って 振舞って
※前回とは特につながりはありません
スノードロップは悩んでいた。
目の前には一つの半寸胴鍋と言う名称の調理器具と、緑色の葉物野菜や動物性たんぱく質等に加工されたEマテリアル群が、平面の受け皿上に並べられている。
「うーん…、困ったなぁ。どうやって作ろう?“料理”についてのアーカイブを、もう少し見ておけばよかったかも」
腕を組み、心の声を駄々洩れにしつつも、目の前に置かれている様々な素材をどのように捌いたものかと考え続ける。
「えぇっと、どうかしました?このようなところで唸って…」
独り言を呟きながら唸り続けているスノードロップを、半ば心配、半ば不審がりながら、運動用装衣姿のイリスが部屋に入ってきた。
「あ、イリス。調整訓練終わったんだ。あー、うんとね。この前話した“料理”のアーカイブあったじゃない?あれ見て色々勉強したの。そこにこの素材を使う料理があってね」
調理用のテーブルに並べられたEマテリアルを示す。
「緑野菜型と動物性たんぱく質型のEマテリアル…。これで何を作る予定なの?」
「えっと“ロールキャベツ”っていう、Eマテリアルなんだけど。作り方の部分の情報が何でかビミョーに壊れてて、ダウンロード出来なかったのー。どう作るか分かんなくて…」
微かに涙目になりつつも、先ほどまで渦巻いていた独り言を吐き出していく。
イリスもまた腕を組み、材料を睨みつけるように立つ。
「全然、分からないの?」
「ううん。読めるところはあるんだけど、肝心な部分だけ欠けてる感じ?」
「また面倒な話ね。キャベツは、この緑野菜型のEマテリアルのこと。ロールと言うからには巻いている。その中身は、この動物性たんぱく質型のEマテリアルね?」
「うん。多分…。種類までは自信ないけど」
「画像を見る限り、色は、薄いあめ色?何か調味するEマテリアルは使っているのかしら?」
スノードロップとイリスは、限られた情報の断片を繋ぎ合わせながら、未知の“ロールキャベツ”なる“料理”について考えを巡らせていく。
「まあ、取り敢えず、作ってみましょうか。試行錯誤もたまには良いわ」
「うん。許可は貰ってるけど、Eマテリアルを無駄にしないように気を付けないと…」
「では、下拵えからね」
そう言って、二人は“キャベツ”と言う名前の葉物野菜型Eマテリアルを手にとった。
その頃。ホームの訓練場にて。
「宜しい。次だ、ルピナス。今度は標的を近距離攻撃だけで仕留めろ」
白衣を着た瓜二つの顔を持つ少女が三人、大型モニターの映像を観察しながら、そこに映っている、青紫色の髪を持つ淑女然とした戦闘衣の少女に向けて指示を飛ばしている。
『白兵戦闘の訓練ですわね?分かりましたわ。ぶちかまして差し上げます!』
ルピナスは集音装置に向けて声を響かせると、ふくらはぎに内蔵されている推進装置を展開して空中へと跳び上がる。そして、跳躍の高度が頂点に達する寸前に背中の翼型推進装置を起動。下降を始める時の勢いを生かして、標的に向けて急降下攻撃を仕掛けた。
それを見た白衣の少女の一人が、機器の操作を再開する。
「ターゲット、逃走移動を開始」
「トゥ。クイックムーブによる撹乱戦術を中心に動かそうと思うが、どうか?」
「良いと思う。ルピナスの脚部は小回りを重視した性能に調整にしてあるから、試すにはちょうどいいはず。判断はワンに任せるよ」
「よし、分かった。トゥリー、途中の標的にクイックムーブの指示を入力してくれ。回避のパターンは対近接戦闘用で頼む」
「分かった。プログラム入力。起動条件設定。一定範囲への進入、と」
同じ映像を見ながら、白衣の少女三人が、それぞれ同じ顔、同じ声で話し合いを行っている。同じ尽くしではあるが性格や口調の印象は違っており、それぞれが別々の意思で判断を下し、行動していることが分かる。
それぞれの違いは所持品にも表れており、ワンと呼ばれた少女の手には頻繁に書き込みを行ったと思われる書類が、トゥと呼ばれた少女の手にはメモ帳代わりの携帯式小型端末が、トゥリーと呼ばれた少女の傍には小さな板チョコ型Eマテリアルを乗せた皿が置かれていた。
「ルピナス、第一ターゲット群を撃破。放出するエネルギーをウィップ状に変形しての範囲攻撃、新規に組み込んだとしても、上手く使えそう」
トゥリーは、皿から板チョコを一かけら取って口に運び、宙に表示している仮想キーボードを叩く。
その様子を見ていたワンが頷く。
「やはりトゥリーの読みは当たっていたな。スノードロップやイリスも、同じ攻撃方法でノア・テラの連中を撃破したデータを寄越したからな。今後の参考にするとしよう」
「ワンの場合は、論理的なのか、趣味を突き詰めたものなのか、判断に困るのが問題だな」
「心外だ。私は、一見すると非効率と思えるものに実用性が判明する場合があるのは何故かを、科学的に考証するための実験をしているに過ぎない。真に無用ならば切り捨てるだけだ」
モニターにて放映され続けるルピナスによる戦闘映像を余所に思い思いの感想を口にする。その都度、発言者とは別の少女が何かを提案したり、茶々のようなものを入れたりする。映像の派手さとは打って変わり、実に悠長でのんびりした雰囲気の物だった。
「ルピナス、後期ターゲットの追尾に進行。兵装をウィップからブレードへ変更」
トゥリーが訓練の段階進行を伝える。トゥが、ふむ、と息を吐く。
「実験兵装から実験兵装へ。ワンらしいな。だがこれは、エネルギー効率は良くはないが、実用的な形状をしてはいる。本当に判断に困るな」
「その両方を実用レベルの性能にまで引き上げるのがお前の仕事だ。トゥ」
「分かっている。単一機能だけでは戦術が狭まる。お前のように表現するのなら“芸が無い”というところか」
ワンは、モニターの向こうで、推進装置を噴かしながら颯爽とブレードを振るうルピナスを見て満足そうに笑い。トゥは、熱量によって両断された標的が、光の正四面体に分解されて消えていく様を見ながら、満足そうに頷いた。
「うむ。物質転換による残骸除去機能も、正常に機能するようになってきたな。これで清掃の手間が一つ減るだろう。喜ばしいことだ」
「私が言えたものではないのかも知れんが、トゥも大概に芸が細かいな」
「ワン、それは語弊があるぞ。私の場合は、ただの効率化の発展だ」
「似たようなものだと思う…」
同じ顔の、同じ声によって行われる口合戦に、トゥリーは特にこれと言った感慨も無いような言葉を投げ、板チョコを一かけら、口に放り込んだ。
「もう少しビターにした方が、飽きずにより多く摂取できるな」
そして満足げに飲み込んだ。
三十分後。訓練後のメンテナンス作業を終えたルピナスは、博士と別れた後、ホームの居住区へと足を運んでいた。
「あら、なんですの?この香りは……」
ちょうど、多目的室の前を通過しようとしていた時に、彼女の鼻腔を何かの香りがくすぐった。足を止めて、その大本を探す。
「Eマテリアルの加工室からですわね。イリス?スノードロップ?そこに居ますの?」
ある程度の当たりを付けたうえで、ルピナスは加工室の、開けっ放しになっている扉を潜った。
「こんな感じかしらね。上手く出来たと思うけれど」
「わーい。完成ー。これでまた一つ過去に近付いたね」
奥からは、イリスの冷静な声と、スノードロップのはしゃぎ声とが聞こえ、その姿を捉える前から、二人がそこに居ることを示した。ルピナスは安心して進む。
「そこで何してますの?イリス、スノードロップ」
そして二人の姿を認め、彼女らの目の前に置かれている何かを見て、首を傾げた。
「うん?ああ、ルピナス。お疲れ様」
「おつかれー。これ?料理だよー、料理。前に見たでしょ?」
「料理…。食物を組み合わせて別の食物を作り出す創作作業のことでしたわね。それで。これは何という名前の料理ですの?」
目の前の加工机の上に置かれてある食器に目を向けた。そこには、先ほど二人が挑戦して作り上げた“ロールキャベツ”が盛り付けてある。
「ロールキャベツと言う煮込み料理らしいわ。これは動物性たんぱく質のミンチを用いているけれど、この前に見せた、おにぎりの基である米を包むバリエーションもあるそうよ」
「へぇ…。何だか、懐かしさを感じる雰囲気の料理ですわね」
「それはそうと、ちょうど良かったー。今ちょうどルピナスを呼んで、試食会でもって思ってたとこだったんだー」
「私も?」
「ええ。せっかくだもの」
ルピナスはきょとんとした表情を浮かべ、イリスが微笑む。スノードロップなどは既に食器まで用意し始めている。
「料理と言うものは家族で食べたほうが美味しいものだって、博士も言ってたからねー。私達、人間で例えたら家族みたいなもんじゃん?だからー」
えへへと、スノードロップがはにかむ。
「まあ、そう言う事らしいから、付き合って貰って良い?」
「……仕方ありませんわねぇ。頂きますわ」
渋々と言った雰囲気の言葉とは裏腹に、ルピナスの表情は柔和であった。