プロローグ
第四章開始です!
港町ウェルッタ。
中央大陸にある港町の中でも三番目に栄えているところだ。運賃が安いということで、多くの旅人達が船を利用している。主に北大陸の運航と交易をしている。
「それで? 港町まで来たけど。ここからあなた達の故郷はどれくらいなのかしら?」
「えっとですね。ここからですと、徒歩で二日と行ったところでしょうか?」
「私達も馬車で一度ここに立ち寄ってからガゼムラに行ったけど、旅費がギリギリだったよね……」
「あー、そうでしたね……帰りの旅費はボルトリンから出してくれたからよかったけど、ろくに買い物もできませんでしたよね……懐かしいですねぇ」
しみじみと、しかし思い出したくないような表情で呟くユネ。それに共感して、ミミルも遠い目をしていた。シルビアには理解できる。
まだボルトバだった頃に資金が少なく、最初は宿に泊まるにも、食べ物を買うのにも一苦労だったのだ。冒険者としての知識はそれなりに備えていたため、資金が少なくともきのこや野草などを採ったりして日々を過ごしていた。
「おーい、なに遠い目しちゃってるのー。さっさと行くわよー」
「あっ! 待ってくださーい!! 行きますよ! ミミル!!」
「あわわ!?」
懐かしむのもいいが、今回の目的はユネとミミルの故郷へと向かうことだ。ウェルッタに来たのは、ナナエが二人の故郷に一番近いところへ転移したからである。
ここで何をするでもない。目的がないのであれば、栄えた港町だろうと素通りする。本来ならば旅の準備をするために色々と調達するところだが、すでにフラッカで済ませているためその必要もない。
「お母様大丈夫かな?」
「大丈夫よ。あっちにはカインさんにルカさん、メイド隊。あっ、ついでにリューゼも居ることだし」
一人フラッカに置いてきた母親リオーネを心配するシャリオ。
今回の旅は、遊びに行くのではない。
場合によっては戦闘も多くなるだろう。そのため非戦闘員であるリオーネを無理に連れて行くわけにもいかないためフラッカに残してきたのだ。そもそも一緒に来るよりは強者が多く存在するフラッカに居たほうが何倍も安全だ。しかも、フラッカは一度大きな被害に遭ったばかりでより警戒心が強くなり、近隣のギルドからも数十人ほど警備として来ることになっている。
「リオーネさんもそうだけど、シャリオも危ないってことちゃんとわかってますか?」
「最近はシャリオちゃんを狙う人達に動きはないけど。いつかは襲われちゃうかもだし、本当はシャリオちゃんもフラッカに残って欲しかったんだけど」
「大丈夫だよ。それに、あたしも行くんだから当然シャリオちゃんもセットだよね!!」
シャリオはガゼムラ王とボルトリンで保護対象になっている。ナナエは、責任者の一人であり護衛。確かに言い分は間違ってはいないが、ナナエが言うと首を傾げてしまうのが不思議だ。
「わたしはお姉様と一緒ならどこまでもついていく!!」
「がーん!? やっぱり……シルビアたんは強敵でした……」
「あれ? なんでナナエお姉ちゃん落ち込んでるの?」
「あなたの純粋な言葉の剣が突き刺さったのよ」
「ん? ん?」
まったく理解していないシャリオをピアナは苦笑しながら頭を撫でる。落ち込んだナナエは、無事シルビアが慰めたことで即時復活し、ウェルッタの出入り口まで移動していく。
と、その途中で。
「あれは!!」
「ん? どうかしたのか、ユネ」
ユネが足を止める。なにやら物欲しそうな表情で、屋台を見詰めていた。どうやら焼き魚を売っているようだ。それもここウェルッタの名物らしい。
見た目は普通の魚と変わらないが、使っている調味料がここウェルッタでしか取れない特別製の塩を使っている。更には、ウェルッタの漁師が編み出した絶妙な焼き加減が相まって消えるように売れる。
(我輩も昔噂には聞いていたが、結局食べずに終わったな……)
そもそもウェルッタの名産。通称ウェルッタ焼きは、ボルトバが死ぬ直前に誕生したもの。取り寄せようにもウェルッタでしか販売しないということで無理だったのだ。
「まさか、八十年以上経っても人気があるとは」
「ん? どういうこと?」
「あっ、いやなんでもない。ユネ、あれが食べたいのであるか?」
「え? あ、いや……まあ」
本当は食べたいのだろう。しかし、自分達には急ぎの用事がある。少しでも早くウェルッタから出て、目的地であるグオット村に向かわなければならない。
とはいえ、せっかく売れ残っているウェルッタ焼きを見つけたのだ。シルビア個人も食べたい気持ちがあるため、多少の寄り道はいいだろうと財布を取り出す。
「六人分頼む」
「あいよ! お? お嬢ちゃん達、確かグオット村の子達だよね?」
ウェルッタ焼きの主人が、どうやら二人のことを見知っていたらしく一本一本手渡ししながら声をかける。
「え? ユネ達のこと知っているんですか?」
「ああ、知っているとも。と言っても君達の会話を聞いただけだけどね」
「え? ……あぁ、そういえばユネちゃん。私達ガゼムラに向かう前にここで」
「あっ、そういえば」
どうやら身に覚えがあるらしく、苦笑いをする。
「前もここでウェルッタ焼きを買おうと思っていたんですが、時間もお金もなくてですね……」
「ユネちゃんがつい叫んじゃって……」
「あなたね……」
「だ、だってすごくおいしそうだったんですもん!! あのウェルッタ焼きですよ! ここでしか買えないんですよ!? お腹が空いていたんですよー!!」
などと叫びながら、まだ支払ってもいないのにも関わらずウェルッタ焼きに齧りつくユネ。一齧りする度に、油が身から溢れ出てふわっと鼻を刺激するおいしそうな匂いが漂う。
どれだけおいしいのかは、ユネのとろけそうな表情を見れば一目瞭然。シャリオも我慢できず、あふあふと熱を逃がしながら齧りついている。
「はっはっはっは! そんなおいしそうに食べてくれるなら作ってる身としては嬉しいことだね。ところで、今日は観光かい?」
「違うます。実は、故郷に用事がありましてこれから帰るつもりなんです」
「へえ、そうだったのかい。じゃあ、これから旅立つってことか。だったら、ほらおまけだ」
気前のいい店主は、ウェルッタ焼きをユネに一本おまけとして手渡してくる。
「い、いいんですか?」
「おう。それ食べて、元気な姿で故郷の親に顔を見せな」
「あ、ありがとうございます!!」
「ユネお姉ちゃんずるーい!! わたしも! わたしも!!」
「はいはい。一緒に食べましょうねぇ」
こうして腹を満たし、満足げな顔でユネはウェルッタ焼きの屋台から離れていく。
「まったく、食い意地張って。こんな脂っこいもの二つも食べたら太るわよ?」
一齧りが小さいピアナは、おまけで貰ったウェルッタ焼きをシャリオと仲良く食べているユネを見て呆れた様子で息を漏らす。
だが、そんなもの関係ないとばかりに、ユネは豪快に身を噛み千切る。
「いいんですよー。食べた分だけ、動けばいいだけですしー」
「そうだそうだー!」
「ほら、口元に油が」
「えへへ」
「ユネちゃんも」
「すみませーん」
小さな子供かのように口元の油を拭かれる二人。それを見たナナエは、わざと油をつけてピアナへと迫った。
「……なに?」
「ん!」
本当はシルビアに吹いてもらいたいのだろうが、彼女はシャリオに付きっ切り。ならば手が空いているピアナにしてもらおうと顔を近づけジェスチャーするが。
「……えい」
そっと、ウェルッタ焼きを口元に当てる。
するとまだ熱々だったため、じゅうっとナナエの口元を焼いた。
「あっつー!?」
「馬鹿やってないで、さっさと食べなさい」
「ふぇ……ピアナちゃん冷たいよー、口元熱いよー」
「はいはい。私はどうせ冷たいですよ」




