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第二十七話「空中の一戦」

「ふう……なんとかなったようであるな」

(さすがにちょっと魔力を使い過ぎちゃったかな? なんだかふらふらする……)


 ミスは許されなかったため、若干余計に魔力を込めてしまった。

 そのためシャリオは疲労しているようだ。

 が、まだ戦いは終わっていない。

 黒い靄を操っている者を見つけ出し、倒さない限りフラッカでは黒い靄達が暴れ続ける。シルビアも、若干疲れてしまったが、フラッカへと戻っていく。

 このまま合体した姿で、敵を一気に殲滅するために。


「待て」

「……君は、確か秘湯で」


 しかし、途中で見覚えのある青年が目の前に現れる。完全に空中で静止しているところを見ると、相当の風属性魔術の使い手なのだろう。


(あの時は気づかなかったが、なんだこの異質な魔力の波動は。純粋な魔力以外にも何か他の力があるのか?)


 秘湯で初めて出会った時は、そこまで異質なものを感じなかった。ということは、あの時は巧みに力を隠していたと言うこと。

 まさか、彼がこの事態を起こした主犯なのか? シルビアは、剣を青年に突きつけ問いかけた。

 

「我輩に何のようだ?」

「僕と勝負しろ」


 回りくどくなく真っ直ぐな言葉だ。決して冗談で言っているのではない。彼の真っ直ぐな目とオーラが、シルビアに教えてくる。

 本当に彼は純粋にシルビアと勝負をするために現れたのだと。

 だからこそシルビアは彼に物申したかった。


「今、この状況を理解しているのか? 君は。フラッカの危機だ。君と勝負をしている暇は我輩にはない。だが……君がこの事態を起こした主犯だというのであれば、その申し出を受けよう」


 できれば青年との戦闘は避けたいところだ。先ほどのゾンビ飛竜一掃に魔力をかなり使い過ぎた。万全な状態ならともかく今の状態で青年と戦えば苦戦をしてしまうだろう。

 

「僕は主犯じゃない。主犯を知っているが……僕に勝てたら教えてやる」

「……あくまで我輩と戦うのが目的であるか」

(どうするの? お姉様)


 本当は戦闘を避けたかったが、簡単には逃がしてはくれないだろう。それに、フラッカのほうは最初よりも大分状況が安定してきている。

 これならば、ユネ達に任せても大丈夫なはずだと判断したシルビアは、剣を構えた。


「いいだろう。だが、ルールをつけたうえでの勝負にしてもらおう」

「わかっている。お前は、さっきの飛竜を倒す時大分力を使っているんだろ? 本当は全力のお前と戦いたかったが、仕方ない。ルールは簡単だ! 制限時間五分内で、決定的な一撃を与えるか、降参したほうの勝利!! 準備はいいか! シルビア=シュヴァルフ!!!」


 勝負を仕掛けてきた時点で、自分のことを知っていると思っていたが予想通りだった。


「その前に、君の名を聞いておきたい」


 ならばと、勝負の前に青年の名を聞くシルビア。青年は、そういえばそうだったなと小さく笑みを浮かべ、高らかに名乗る。


「僕の名はアステオ=イズラ!! その身に黒龍を宿し剣士だ!!!」


 名乗りとともに一気に距離を詰め、黒き剣を振り下ろす。

 まずは挨拶代わりということか、簡単に防ぐことができた。だが、すぐに目の前から姿を消し、気配を遮断する。

 

「こっちか!!」


 見事な気配遮断能力だが、シルビアは攻撃する時にくる気配を即座に感じ取り弾き返す。


「やるな」

「君もな。だが、制限時間は五分だ。様子見などしていては、あっという間に時間がくるぞ?」

「わかっている。もう様子見は終わりだ。少し本気で行くぞ」


 宣言通り、アステオの魔力が一気に跳ね上がる。肌にびりびりと感じる威圧感は、黒龍のものか、それともアステオ自身の力なのか。どちらにせよ、今のアステオはこれまで以上に強くなったのは明白。


「受けてみろ。僕の必殺剣を」

(必殺! なんかすごそうなのがきそうだよ!)


 はったりではない。本当に必殺と言わしめるものがくる。用心し、剣の柄を強く握り締めた刹那。


「いくぞ」


 アステオが二人に分身した。

 

(おぉ?)

「必殺剣……《双黒龍》」


 シルビアを囲むように二人のアステオが動き出す。幻術? いや違う。気、魔力ともにアステオそのものだ。アステオは本当に分身したのだ。

 しかも、跳ね上がった膨大な魔力が、分身したことにより衰えるかと思いきや、そんな様子はない。

 

「はっ!」

「受けてみろ!!」


 これまでの戦いで徐々に疲労が溜まっていっているシルビア達にとっては、このうえなく厄介だ。


「っと!! さすがに二人同時では」

「逃がさん!!」

「剣一本では対処するのは難しいか」


 切りかかる相手に対し、突然武器を収めるシルビア。その不可解な行為にアステオは一瞬驚くが、攻撃を止めることはなかった。

 それどころか強者の余裕だと即座に判断し、魔力を更に跳ね上げる。


「やはり我輩はこっちであるな」


 金色の魔力を両腕に纏い、左右からの同時攻撃を防ぐ。


「なっ!?」

「動かない!?」

「せーの!!」


 そして、相手を逃がさないように刃を魔力で捕らえ、そのままアステオ同士を力任せに衝突させようとする。


「くっ!?」


 一瞬の判断で、分身体を消し、衝突は避けられた。だが、シルビア達から完全に逃げられたわけではない。まだアステオの剣は魔力で捕らえられたままなのだ。

 分身体が消えたのならば、次の行動に移行するまでと、空いた拳をそのままアステオへと振りかざす。


「やらせるか……!!」


 腹部へと当たる寸前に、刃から膨大な魔力は放出される。

 それにより、剣を捕らえていた金色の魔力を弾くことに成功したアステオは、致命傷を避けることができた。


「ふむ。中々いい動きであるな。……それにしても、普段から魔力を使っていないとどうも勝手がわからないな」

(えー? お姉様は、十分使いこなしていると思うけどなぁ)

「……やるな。只者ではないと思っていたが、ここまでやるとは」


 直撃ではなかったがダメージは与えられた。ルールは決定的な一撃を与えるだったため、まだ勝負は終わっていない。

 制限時間は残り二分程度。このまま逃げ切れば引き分けに終わる。

 終わると信じたいが、相手が負けず嫌いだったらどうしようとという不安が募る。もし負けず嫌いだった場合は、勝敗がつくまでやる。

 引き分けなどありえないとなってしまう可能性がある。


「休んでいる暇はないぞ」


 そのため、いまだ膝をついているアステオへと容赦なく急接近。


「当然だ!」


 アステオ自身は油断などしていない。剣に魔力を纏わせ攻撃を防ぐ。


「まだだ!!」


 それでもシルビアは止まらない。

 残り時間ぎりぎりの中、背後へと回り込む。


「それはこっちの台詞だぁ!!」

「ぐっ!?」


 直後、激しい咆哮と共にアステオから黒きオーラが弾ける。シルビアの攻撃は届かず、大分先まで吹き飛ばされた。

 

「それが黒龍の力か?」

「そうだ。お前もそろそろ使ったらどうだ?」

「ん? 何のことであるか?」

「とぼけているのか? ……いや、待て。この気配は」


 力を解放したアステオは、突然回りを見渡す。そして、何かを感じ取ったのか。剣を鞘に収め、解放したばかりの黒龍の力をも封じてしまう。


「……君は何か勘違いをしていたようだが、まさか我輩に竜が宿っていると?」

「ああ。だが、違ったようだな」


 これで戦いは終わりか。シルビアも拳を下げるつもりでいたのだが……黒龍の力が剣に集束していく。


「違ったが、お前の実力は本物だ。お前を僕の好敵手と認め、この一撃を最後に決着を付けさせてもらう」


 強大な力がくる。

 ただ身に纏っているだけで、全身にびりびりと感じるほどだ。解き放たれ、まともに受ければシルビアもただではすまないだろう。しかも、背後には監視塔がある。

 もしこのまま回避をすれば確実に監視塔へと衝突する。

 そうなってしまえば、最悪監視塔の残骸がフラッカへと降り注ぎ、甚大な被害が及ぶ。アステオはそれを狙っているのか? いや、彼に悪意は感じられない。

 おそらく高揚して、回りが見えていないだけなのだろう。


「少し待て。やるのはいいが、まずは」

「くらえ!! 《黒龍波・一閃》!!!」

(人の話を聞けー!!!)


 よほど興奮しているようだ。シルビアの言葉など耳に入れず、剣に集束させた黒龍の力を抜刀とともに解放した。

 強大なエネルギーは、まさにドラゴンの頭そのもの。

 シルビア達を食らわんと、大きな口を開き、真っ直ぐ突き進んでくる。


「まったく……仕方ない。シャリオ! 【王の魔力】を全力解放である!!」

(おー!!)


 今は剣に魔力を集束している暇はない。そのため己の拳に【王の魔力】を集束させ、全力解放にて受ける。それが最善策だ。

 

「ブラゴラスよ!! 奴を食らえぇ!!!」

「食らえるものなら」

(食らってみろー!!!)


 下手をすれば黒きエネルギーに飲まれるほど、急接近していた。【王の魔力】を纏わなければ、体が焼かれていただろう。それほどアステオが解き放った黒龍の力は強大。

 だが、シルビア達も負けるわけにはいかない。

 この後、合体が解ける可能性が高いが、迷っている暇はない。この一戦で、決着がつく。ならば、全力を出さなければ相手に失礼というもの。


「撃ち抜けぇ!!!」

「な、にぃっ!?」


 体が小さかったため、飲み込まれそうになったが、全力の一撃にて黒龍は金色のエネルギー波によって撃ち抜かれ、そのままアステオをも撃ち抜いた。


「がはっ!?」

「はあ……はあ……焦げるところであった」


 ぎりぎり肌は大丈夫だったが、身に纏っていた服がところどころ焼かれており、肌が露になっている。もう少し打ち勝つのが遅ければこちらがやばかった。

 一呼吸置いて、腹部を押さえぐったりと膝ついているアステオへ近づいていく。


「我輩達の勝ち、であるな」

「……ああ。そのようだな」

「では、我輩達はフラッカ防衛に戻る。君も手伝ってくれるのであれば、下りてくるといい」


 と、先ほどまで激しい戦いを繰り広げていた相手だというのに背を向ける。


「……」


 返事は帰ってこない。襲っても来ない。最初に宣言した通り、アステオは決定的な一撃を食らった。自分は敗者であるため、勝者の背後を襲うなどという汚いことはしない、ということか。

 そんなアステオに、小さく笑みを浮かべシルビア達は下りていく。

 若干ふらふらしているが、フラッカからはまだ黒い靄が消えたわけではない。


(大丈夫? お姉様)

「もちろんだ。シャリオこそ、今回は魔力を使い過ぎた。大丈夫か?」

(えへへ、大丈夫! って言いたいけど、ちょっとふらふらする……)

「実は、我輩もだ」


 それほどアステオは強かった。今回は最初に【王の魔力】を大量に使った後だったため苦戦を強いられたが、次戦う時は……こうはいかないといつの間にか姿を消していたアステオに誓うシルビアだった。

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