第八話「組み手」
「ふう……やはり、やりますねシルビア」
「ユネこそ、さすがであるな。我輩の後をついてくるとは」
冒険者たる者、体力づくりは基本だ。採取をするにしても、魔物と戦うにしても体力を絶対に使う。確かに知識だけでも冒険者はできるだろうが、やはり基本は基本だ。
ボルトリンでも、まずは体力づくりから入る。
生徒達は、ジャージに着替えグラウンドを走る。
それも一周や二周程度ではない。
教師が言いというまで走り続けるのだ。
ただずっと走り続けろというわけではない。
もう限界だと自分で感じたら、そこでリタイアしてもいいことになっている。
それを見て、最初にどれだけの基礎体力があるのかを確認するそうだ。
「す、すごいですねお二人とも。上限の十五周を達成するなんて。それに、息切れもしてない」
「いえ、正直心臓の鼓動が結構激しくなってます。ユネも大分危ないところでした」
「それにしても、まさかシーニ先生が実技担当とは、驚きましたぞ」
「えへへ。やっぱり意外ですよね」
そこには、恥ずかしそうに頭を書く担任教師シーニの姿があった。生徒達と同じようにジャージを着込み、記録表とペンを持って現れた時は、驚きを隠せなかった。
ただシーニも冒険者育成学校ボルトリンの教師。
ボルトリンの教師になるということは、冒険者として相当な腕前の者でないと採用されないと有名なことを考えれば、控えめな性格とは裏腹に相当な実力者というわけだ。
「私、こういう性格ですから。教師になる前も、よくはっきりしろって怒られていたことがありまして。って、私の昔話なんてどうでもいいですよね! さ、さあ! 皆さん! 少し休憩した後は組み手をします! 二人一組になってくださいね」
休憩は五分。
生徒達は一斉に二人一組になっていく。あるところは仲良く二人組み。あるところは、仕方なく組んだり。
年齢などがバラバラなために、体格差が明らかにある組み合わせもある。
ユネとミミルは当然のようにペア……にはならなかったようだ。
「よいのであるか? ミミル」
「うん。だって、ユネちゃんが望んだことだから。私は、他の人と頑張って組むから」
どうしてもシルビアと組み手をしたいとユネが頼み込んできたので、シルビアはそれを了承した。
ただそうなるとミミルが他の者と組むことになる。
まだ入学二日目。シルビアにユネ以外とはあまりうまくいっていないようだ。
「すみませんミミル。しかし、組み手とはいえ、ユネはシルビアと戦ってみたいんです」
「大丈夫だよ、ユネちゃん。私、応援してるから!」
「ありがとうございます。……では、シルビア。組み手の相手、よろしくお願いします」
「……うむ。我輩でよければ」
組み手は一斉に始まる。
その中でも注目されていたのは、もちろんシルビアとユネのペアだ。
どちらも模擬試合で試験官を倒した猛者。
そしてどちらも美少女であり、今年入学した生徒の中でももっとも若い。
「さあ、どこからでもかかってくるのである」
余裕の笑みを浮かべるシルビアに対し、真剣勝負でもしているかのように鋭い瞳で見詰めるユネ。
ただの組み手ではなく、決闘をしているかのような空気が流れている。
「……いきます」
じゃりっと後方に下がっていた左足が動く。
そして、助走もつけずにとんでもないスピードが生まれ、シルビアとの距離が詰まる。
まるで瞬間移動でもしたかのようだ。
観戦していた生徒達は驚くが、シルビアは。
「ほう」
驚きはせず感心した様子で、初撃の右足を軽くガードする。
「凄まじい一撃であるな。こうして実感すると、見ていただけではわからない重みを感じる」
「自信があったのですが。ユネの初撃を防ぐとは、さすがです」
「ユネもさす―――おっと」
こちらも褒めようとしたが、今は組み手の最中だとばかりに二撃目の左足が飛んでくる。
「逃がしません!」
「逃げるつもりはないのである」
「くっ!?」
逃がさないと追いかけようとした刹那。
引いたはずのシルビアが再び前に出る。
まさかのフェイントに、一瞬驚くユネだったが、すぐ体勢を整えようと緊急停止。
「はっ!」
「せい!」
「次はこっち!」
「一撃一撃が重い……うえに鋭い……!?」
なんとか対応しているユネだが、それでも押されているのは誰が見ても明白。
十歳の少女の攻撃とは思えないほどの重さと鋭さ。
パシン! パシン!! というインパクト音が響いている。
それを防ぎつつも果敢に攻撃しているユネもすごいが……。
「う、うへぇ。なんだこの組み手」
「他のところと音が違う……」
生徒達も唖然とするだけだった。
「ここ!」
真正面から受けていたユネだったが、くるっと回転しシルビアの背後を取る。
そこから流れるように、回し蹴りがとぶ。
「いい一撃であるが」
振り向きもせずシルビアは防いで見せた。
その驚異的な反応に、ユネも更に本気になり目を見開く。
「そ、そこまでです! 二人とも組み手は終わりですよー!」
が、これは授業。
本気の戦いではない。当然のように、シーニが止めに入る。
「だそうだユネ。今日のところはこれで終わろう」
「……はい。ありがとうございましたシルビア」
「こちらもいい経験をしたのである。ありがとうユネ」
まだ冷静だったためユネは、引いたがあのまま続いていればどうなっていたことか。止めに入ったシーニも内心ドキドキしながら、息を漏らす。
「それにしても悔しいですね。ユネはちょっと自信があったのですが。まともな一撃を与えられませんでした」
「それでいいではないか。これは組み手であるぞ?」
「そう、ですけど。やっぱり悔しいという気持ちがあります……シルビア! 次こそは、あなたに一撃をお見舞いします!!」
組み手とはいえ、まともな一撃を入れられなかったことをかなり悔しがっている。
ただ最後の一撃は中々のものだったとシルビアは思っているが、今のユネに言っても無駄だろう。
「では、次の組み手です。皆さん! 準備をしてください!」
他の組みが組み手をしている間も、ユネはなにやら真剣に考え込んでいた。
その真剣さは、声となって漏れており、ミミルが苦笑いするほどだった。