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第十九話「特別な受付嬢」

 軽い挨拶をした後、カオラはコーヒーを口に運ぶ。

 が。


「あっつ!? ちょ、ちょっとヨーカちゃん。俺、猫舌だからぬるめって言ったじゃん!」


 明らかに湯気が立っており、熱いの誰が見てもわかっているのに、口に運んで猫舌おっさん。コーヒーを淹れたであろう美女ヨーカに物申すが。


「知りません。コーヒーは熱いのが一番です。そもそもわざわざ冷ましている時間があったら私はクエストへ行きます」

「アイスコーヒーとかあるでしょ?」

「それではぬるめとは言いませんよね?」

「例えで言ってるの。わからないかなぁ……あっ、でもアイスコーヒーにしたら、お腹冷えちゃうからそれはそれで勘弁してほしいんだけど」


 なんだかめんどくさそうなおっさんだな、と一同は思った。その視線に気づいたカオラは、一度カップを置いて咳払いをする。


「すまないね、お嬢ちゃん達。この子、どうも人の話を聞かなくて」

「それなりに聞いているつもりです」

「それなりじゃだめなんだよ。ヨーカちゃん。愛想ももうちょっとよくしないと、嫁の貰い手も―――ふおっ!?」

「余計なお世話です」

「ちょ、ちょっとヨーカちゃん! だから照れ隠しで剣を振り回すの止めてっていつも言ってるでしょうが!? あー!? お気に入りのカップが真っ二つに!? これ高かったんだよ!?」

「知りません。カップぐらい別のものを使えばいいじゃないですか」


 ユネ達は思った。

 やっぱりギルドマスターって変わり者しかいないんだなと。


「あー、二人ともそろそろいいかい?」

「すみません、ヴァーバラ。ギルドマスターがうるさくて」

「俺のせい!?」

「ようこそ【グリンドエル】へ。申し送れましたが、私はヨーカ。ただヨーカです。元は受付嬢としてここへ配属となりましたが、今では冒険者として活動をしています」


 格好から予想ができていたが、そういうことだったのかとユネ達は納得する。受付嬢が一人しかいなかったのは、冒険者になったからである。

 事務仕事をする者には、二つのタイプがある。戦闘能力がなくただただ事務仕事をこなすタイプに、戦闘能力もあり事務仕事もこなすタイプ。前者が特に多く、ほとんどのギルドを占めている。

 そして後者のタイプだが、その多くは荒くれ者達が多いギルドへと配属される。クエストの偽造や報酬が少ないと言いがかり、そういうことをする者達を力で制圧するために送り込まれるのだ。


 ただ【グリンドエル】は強面の男達が多く集まるギルドではあるが、荒くれ者の集まりではない。功績もしっかりと上げており、中央ギルド協会からの信頼も厚い。ならば、どうしてヨーカのような実力ある受付嬢が送り込まれたのか。

 それは、ギルドマスターに問題があったからだ。実は、何度も受付嬢が送り込まれたのだが、酒に酔ったカオラにセクハラを受け、辞めていく者や異動していく者達が続いたために送られてきたのだ。ちなみに、もう一人の受付担当もある意味カオラ対策である。


「初めまして。ユネって言います」

「ミミルです」

「ピアナよ」

「シャリオだよ!」


 軽い自己紹介を済ませたところで、シルビアが前に出る。それに気づいたカオラとヨーカの表情は穏やかなものへと変わる。


「シルビアちゃんじゃないの。元気にしてたかい? いやぁ、相変わらずロリロリしたか―――ほわっ!?」

「セクハラですよ、ギルドマスター」

「だから、いちいち訴えるのに剣を使わないでよ!? 修理費とかかかっちゃうんだからさ!? それに、俺は純粋に子供の成長をだね」

「ならば、余計な一言を言わず、素直に言えばいいんです」

(た、確かに。普通に言うならロリロリなんて言わないですよね……)

(まさかこの人もそういう趣味の人なのかしら……)


 そうだとしたらシルビアが、シャリオが危ないと前に出ているシルビアを強引に引っ込める二人。


「申し訳ありません。この人は、どうも女の子なら身境ないので」

「ちょっ!? その言い方は、変な誤解を生みそうだから止めてくれない!?」

「違う、と断言できるのですか? 言っておきますが、私は中央ギルド協会からの要請であなたのところへ配属になったことをお忘れなく」

「いやでもさ、あれは酒に酔った勢いで」

「酒に酔っているからと言って何をやっても許されるわけではありません。そもそも酒に酔ってやってしまうほうが質が悪いです」


 まるで妻の尻に叱れる夫のようにたじたじなカオラ。ちなみに、カオラはこうしてコーヒーなどを飲んでいるのは、酒の代わりになればと飲ませているのだ。

 だが、その効果はなく、隙あらば酒を飲んでいる。多少ならば、許容範囲だが泥酔するほどまで行くとなるとヨーカはもちろん他の冒険者も止めに入る。カオラはそこまで酒に弱いわけではないが、泥酔してしまったら手が付けられない。本当に見境なく誰かに絡んでいく。

 

 それが女性だった場合は、完全にセクハラをしている。

 キスを迫ろうとしたり、体のあちこちを触ってきたり。ギルドマスターという役どころについているゆえ、実力は本物。

 酔っていたとしても、多少衰えるだけで止めるのが命がけなのだ。しかも、暴れれば周りに被害が及ぶ。被害が及ぶと言うことは当然修理代を請求される。いくら功績を上げて報酬を貰おうとも、そのほとんどが飲み代や修理代へで消えていくのだ。


「ヨーカさんの言う通りだよ。昨日の晩だって、泥酔一歩手前だったじゃないか」

「いやぁ、あの時は助かったよ。知り合いから、いい酒を貰ったからついね」

「ついではありません。もうこれは完全な飲酒禁止にすべきですね」

「そ、それはちょっと!! 俺、酒がないとやる気がでないんだよ!! マジで!」


 今まで飲酒禁止にしなかったのは、彼にそれだけの実力と功績があるからだ。前に、フラッカ近辺の森で増殖した魔物の大群を貴族も御用達の上品な酒を報酬にカオラを向かわせた。

 するとどうだ?

 十分も経たない内に、五十は居た魔物の大群を殲滅した。中には突然変異種という魔物も混ざっていたそうだ。突然変異種は、環境によって普通ではありえない進化を遂げた魔物のことを差す。図鑑にも載っていないため対処は困難と言われているが、カオラは倒したのだ。


「ふう……この話は後にしましょう」

「後にしないで! 俺にとっては死活問題だから!!」

「シルビアさん。皆さん、大したおもてなしができなくてすみません。なにぶんここは他のギルドと違ってお酒しかありませんので」

「確かにねぇ。ジュースでも出したいところだが、生憎切らしていてね」

「大丈夫だ。ここに来る間に、食事と同時に喉も潤してきたゆえ、そこまで渇いていないのである」


 背後ではカオラがおーい! ちょっとー? と声を上げているがヨーカは完全に無視している。


「そうだったんですね。では、狭いところですが楽しんでいってください。私はこれからクエストがありますので、出なくてはなりません」

「ヨーカさんは働き者だねぇ。他の奴らも見習って欲しいもんだよ……って、新人のあたしが言うことじゃないないよね」

「いえ。ヴァーバラさんはよく働いてくれていて【グリンドエル】としては助かっています。……ギルドマスター。いつまで言っているんですか? 今日は、ギルドマスター同士の話し合いがあったはずですよね?」


 無視はしていたが、聞こえてはいたようだ。カオラはそうだった! と慌てて少し冷めたコーヒーを一気に流し込み、壁に立てかけていた細い剣を腰に装備する。


「んじゃま、何もないところだがゆっくりしていってくれ。おじさんは、ちょっと用事があるからこれにて!! とう!!」


 と、窓から飛び出していく。


「普通に玄関から出て行って欲しいものです……」

「こ、ここって三階ですよね?」


 不安そうに問いかけてくるミミルに、ヨーカは安堵させるように笑みを浮かべる。


「大丈夫ですよ。仮にもギルドマスターですから。三階から飛び降りたぐらいじゃ、怪我しません」


 開けっ放しの窓を閉め、ヨーカは廊下へと出て行く。


「さあ、行きましょう。今から案内するのは、地下にある訓練所です」

「地下訓練所!? そんなものがあるんですか!?」

「ああ。元は保管庫だったんだけどね。そこを改装して、訓練所にしたんだ。そこでよくヨーカさんに、ボコボコにされてるよ」

「ヴァーバラの実力が本物だからこそ、本気の訓練ができるんです。感謝していますよ」


 感謝をされているヴァーバラだったが、どこか複雑な表情をしていた。

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