第十八話「グリンドエルにて」
そう言えば今って卒業シーズンなんですよねぇ……懐かしいなぁ……。
歩き始め、ここまで何があったのかと簡潔に話すとヴァーバラは気持ちいい笑い声を上げる。
「はっはっはっは! あそこで大食いしてきたのかい! そりゃあ、そんな青ざめた顔になるってもんだ! 後で胃薬をやるよ。それまで辛抱しな」
「は、はい。……おや?」
少し楽になったユネは、道の角を曲がろうとしたところで一人の男を見かける。その男は身なりから貴族だろう。何かイラついているのか、壁に何度も蹴りを入れていた。
それを見たヴァーバラは、深いため息を漏らし一人でその男へと近づいていく。
「ちょっと、あんた」
「なんだ!! って、貴様は!?」
ヴァーバラと気づいた貴族は、逃げるようにヴァーバラから距離を取っていく。
「靴が汚れるのが嫌なのに、こんなところの壁を蹴ってるのかい? ここは貴族街と違って汚れだらけだよ?」
「くっ!?」
貴族は、言い返すこともなく背を向けて走り去っていった。それを見計らってシルビア達はヴァーバラに近づいてく。
「知り合いであるか?」
「知り合いっていうか。一悶着あったっていうか……まあ、今はそんなことどうでもいいんだよ。ほら、あそこがギルド【グリンドエル】だよ」
あまり追求しないほうがいいことのようだと察したシルビア達は、彼女の指差す方を見る。
「あれ? あ、あのヴァーバラさん」
「なんだい? ミミル」
「本当にあそこがギルド【グリンドエル】なんですか?」
ミミルの問いはもっともだ。確かに、初めて見る者にはそう思われても仕方がない。なぜなら表の看板には。
「どう見ても酒場って書いてあるんだけど」
酒場。つまりアルコールを出す、大人の店だ。酒場はフラッカにも多くあるため、珍しくはない。とはいえ、子供が着ていいところではない。ヴァーバラもそれはわかっているはずだ。
「ははは。心配いらないよ。ここはギルド【グリンドエル】で間違いないよ。まあ、酒場っていうのも間違いじゃないけどね。夜はちゃんと営業しているんだよ?」
「え? え? ギルドなのに酒場、なの?」
「ど、どういうことなんだろう?」
普通、ギルドはギルド。酒場は酒場と分けて認識している。そのためギルドと酒場が一緒になっているのにぴんっときていないようだ。
「ギルドと酒場って一緒になってるのって普通、なの?」
「普通、じゃないと思うけどね。まあギルドでは飲み食いができるから酒場があるみたいなもんだけど。ここはマジもんの酒場なんだよ。ともかく入ろうか。外で立ち話もなんだしね」
言葉で説明するよりも、実際に見てもらったほうが早い。ヴァーバラは、さっそくシルビア達を【グリンドエル】の中へと連れていく。
からんからんっとベルが鳴り響かせながら、ドアが開く。
「皆! 今日言っていたボルトリンの生徒達を連れてきたよ!!」
まず感じたのは、酒場ということで酒臭いんじゃないかと思った。まだまだ子供なため酒の匂いはどうも苦手で、慣れない。が、意外や意外。酒の匂いは一切しなかった。
それもそのはずだ。
今は昼時。
こんな朝日が昇っている頃から酒を飲んでいるなど、大人としてどうなのかと。
「お? もうそんな時間か」
「ほう? 可愛い子ばかりじゃねぇか……って、なんだよ。シルビアも居たのか」
「カインの一人娘か。久しぶりだなぁ、おい」
「皆、変わりないようであるな」
なんとなく察してはいたが、やはりここでも顔が知れていたかとユネ達は苦笑い。そこまで大きくなかったため中はこざっぱり。
多くのテーブルと椅子、それに酒瓶が並んでいるカウンター席。奥には、楽器が並べられている広いスペースがある。【アジェスタ】のギルド内を見ていたユネ達からすれば、狭いうえにギルドというよりも店のような雰囲気を感じていた。
「お前もな。相変わらず小せぇな! おい!!」
酔っているわけではないが、髭を生やした禿げのおっさんがシルビアの頭を、その大きな手で撫で回している。近所のおじさんが、子供を相手にしているような感覚なのだろう。
「んで? そっちがボルトリンの生徒達か」
「我輩もそうだぞ」
「んなことわかってんだよ。よう、俺はゴーバン! ここで酒場の店主をやってんだ! まあ昼は普通に冒険者をしてんだがな!」
それからは一通り自己紹介も済ませ、ギルドの見学をする。とは言っても、それほど広いわけではないので見学はあっという間に終わるだろう。
「ここは三階建ての家でね。一階はご覧の通り、酒場になってる。昼は、【グリンドエル】に所属する冒険者達の溜まり場になってるけどね。んでもって二階は、クエストボードや作戦会議をするためのでかいテーブルが置いてある」
酒場は軽くスルーして、二階へ階段で上がりすぐのところにあったドアを開く。ヴァーバラの説明通り、中には数枚の紙が張られているボードと、十数人は座れるであろう大きなテーブルに椅子が設置されていた。
「あたし達は基本ここで自分に見合ったクエストを選んで、出動するのさ」
「あれ? 受付のお姉さんとかはいないんですか?」
本来ギルドにはクエストの受注や申請、終わった後の確認に報酬を渡すなどなど。事務仕事をする受付役が一人は居るはずだ。
それなのに【グリンドエル】には、見当たらない。
「ああ。居るには居るんだけど。今は、二日酔いでね……」
「え、えぇ……二日酔いって」
つまりそれはここで大いに酒を飲んで、ということだろう。
「代わりの人はいないの?」
と、シャリオが問いかける。
しかし、ヴァーバラは頭を掻きながら視線を逸らす。つまりここには事務仕事をする者は一人しかいないということだろう。
本来ならば、最低でも二人は配属されているはずだ。ギルドとして設立されれば、中央ギルド協会から事務仕事をする者達が配属される規約となっている。ただ人材不足となると、こういうケースもありえるのだろう。年々ギルドは増え続けている。
そのため事務仕事をする者を、配属するのが難しくなってきているようだ。そのため中には、冒険者達が自らクエストの申請を承諾したり、報酬を受け渡したりしているとか。
「ギルドも色々大変なのね……」
「増えれば増えるだけ、そのための人材も必要となる。人材が少なくなると、そこまで功績を上げていないギルドから人材を削減する。ギルドは、ただのお遊びじゃない。世のために命をかけて働くところってことなんだよ」
軽い気持ちで、楽しむためにギルドを創設するのは良い。だが、それだけでは長くは続かない。功績を上げ、信用を得なければクエストも舞い込んでこない上に、中央ギルド協会から人材を削減されてしまい、次第に……解散してしまう。
(我輩としては、ここまで巨大になったのは嬉しい限りなのであるが……やはり、難しいものだな)
改めて、こういう現実を見ると創設者としてはどうにかしてやりたい気分になるが、今の自分はあくまで冒険者見習い。
どうにかしようとも、簡単にはできないだろう。
「ま、あたし達のところは別に功績を上げてないから一人しかないってわけじゃないよ」
「え? じゃあ、どうしてなんですか?」
「それを説明するには、ギルドマスターに会わないとね。多分一緒に居ると思うからさ」
「ど、どういう意味なの? シルビアちゃん」
「会えばわかるはずだ」
どうしてそこまで驚かせたいのか。素直にここで教えてくれればいいのにと思いながらもついて行く。
「三階は、ギルドマスターの部屋だ。今の時間なら、丁度食後のコーヒータイム中だろうね」
「優雅な時間をお過ごしなのね」
「それだけ私生活がしっかりした人なんでしょうか?」
「あははは! 残念だけど、あんた達が思っているイメージとは全然違う人だよ。カオラさーん! 入っていいかい?」
三階の部屋前に辿り着き、ノックをすると。
「おう。入っていいぞ」
男の声が聞こえた。
「失礼するよ」
ドアを開け、中に入る。漂うコーヒーの匂い。ヴァーバラの言う通りコーヒータイムだったようだ。窓から差し込む日差しを背に、どっかりと椅子に座っていたのはなにやらオーラがないおっさん。
無精髭が目立ち、胸元も肌蹴ており、コーヒーよりも酒が似合いそうだ。
灰色の髪の毛は長く、後頭部で一本に纏めていた。
隣には、おっさんには似合わない美女が立っており、いかにもできる女というオーラを出している。栗色の髪の毛は腰まで長く、受付嬢が着ている制服を身につけていた。
「よう。俺がギルド【グリンドエル】のギルドマスターカオラだ。ま、よろしくなお嬢ちゃん達」




