第十七話「平穏の中で」
「まず、君達の目的はなんだ? どうしてフラッカを襲う?」
シャリオが狙い、というわけではないはずだ。なぜならこの黒い靄はシルビア達が到着する前から確認されている。
先回りをしてまで、噂になるようにして誘き寄せているという可能性もあるが、今までのことを考えると回りくどいやり方だ。
「おっと……答える気はない。いや、答える口がないというのが正しいか」
人の形と成した黒い靄は、シルビアの問いに答えることなく攻撃を仕掛けてくる。ただ、連携というものはなく各々勝手に攻撃しているようだ。
動きは単調。
更に、攻撃までの動作が遅い。
「はっ!! せあ!!」
相手が攻撃を仕掛けようとした瞬間には、シルビアの攻撃は当たっている。【魔砕拳】にて一撃粉砕され、あっという間に残り二体となる。
すると、黒い靄はまた形を変え始める。
「お次は獣であるか」
人形よりは、動きが素早いであろう四足歩行の獣。その証拠に、壁を使って俊敏に駆け抜けている。しかも今度は連携しているかのように、シルビアの周りを跳びまわっていた。
これは確実に操っている者が近くに居るか、何かしらの道具を使って遠くから見ている。気配を探るが、周りを跳びまわっている靄のせいか。
容易に探ることができない。
「ならば」
邪魔者を撃退し、即座に探るのみと眼にも留まらぬ速さで跳びまわっていた黒い靄の獣を捉え、確実に撃退する。
「……逃がしたか」
一瞬気を感じたが、相手も相当な用心深いようで瞬間移動したかのように気が消える。さすがのシルビアでも一瞬感じた僅かの気だけでは誰なのか測定するのは無理がある。
(だが、これでいくつかわかったことがある。まず、黒い靄は襲った者を呪いにかけるだけではなく形を変えて戦うこともできる。しかも、黒い靄を操っている者がおり、状況によって色んな形になれると考えて良いだろう)
今回は挨拶と言ったところだろう。確実に倒しに来るのであるならば、もっと数を増やすはずだ。それもわざわざ人気がない下水道に入ったところで襲ってきた。
民間人を巻き込みながら襲えば、それだけでシルビアも戦い難くなるはずなのに。
「おい! なんだかさっき下から戦闘音が聞こえなかった?」
「はあ? 下って下水道だぞ」
なるべく静かに戦ったはずだが、先ほどの敵の気配を探るために少し激しくしてしまったようだ。巡回していた警備兵達が戦闘音に気づき、下水道に下りてこようとしている。
「下水道は、これぐらいにしておこう。十分な収穫は得られた」
警備兵に見つからない内に、シルビアは別の入り口から下水道を出る。そして、まだ巡回していなかった貧民街へと向かう。
怪しいところをより重点的に確認し、夜の巡回を終えた。
・・・・☆
「なるほど。そんなことが……確かに怪しい気配はしていましたが、シルビア様の気配も同時に感じたので」
「我輩に安心して任せた、ということか」
「はい。申し訳ありません、こちらも少々立て込んでいまして」
「気にするな。そっちは確かギルドマスター同士の話し合い、だったか?」
「はい。ヴァーバラさんが所属しているギルド【グリンドエル】のギルドマスターカオラさんや他にも二人ほど」
先日の巡回であったことを、シルビアはエリンへと報告していた。ユネ達には知り合いとあってくると告げて、途中から分かれたのだ。
もちろん話し合いが終われば、集合するつもりだ。まだまだフラッカを全て見せたわけじゃない。そのため今日は街紹介の続きだ。予定としては、まず安く量が多く美味い料理店で昼食を食べる。そして、冒険者といえばギルド! ということで、フラッカにあるギルドを数軒回るつもりだ。
「そういえば、シルビア様はこれからギルドを回られるのですよね?」
「うむ。当然だが【グリンドエル】にも向かう。ヴァーバラには連絡をしてあるのでな。昼食後に、集合して共に行くつもりだ」
「では、お気をつけくださいね。あそこは」
「わかっている。ここは我輩の第二の故郷であるぞ? 【グリンドエル】のことも把握している」
さすがです、と笑顔を向けすぐ仮面を被る。
「私はこれから、下水道へと向かいます。まだ痕跡が残っているかもしれませんから」
「すまない。我輩は魔力感知が不得意だからな……」
「いえいえ。探索は私に任せて、シルビア様はお友達と休日を楽しんでください。それでは、失礼します!!」
一礼し、エリンは近くにあったマンホールから下水道へと下りていく。シルビアは、予定通りユネ達と集合し安く量が多く美味い料理店へとさっそく向かい腹が膨れるほど食べた。
途中からは、なぜかユネがシルビアへとどっちが多く食べれるかと言う勝負を仕掛けてきた。シルビアも、面白そうだと容易に受け入れてしまい、店中の客人が見ている中、歓声が上がるほどの熱き戦いが始まった……。
「……うっ! さすがに食べ過ぎました」
「だから無理食いはだめだって言ったのに……」
「まったくもう。食べる時でも勝負勝負って。シルビアもよく受けたわね」
「あそこでは、大食い大会が開かれるほど大食いは当たり前なのだ。まあ……さすがに我輩も今回は食べ過ぎたと思っているが」
勝敗は、五皿差でシルビアの勝利となった。食べ過ぎたと言っているシルビアだが、そこまで腹部が膨れているようには見えない。
ユネは、相当膨れており顔もかなり青ざめているというのに。それもそのはずだ。後で気づいたことだったが、店には大食い大会で優勝した者達の名前と写真が飾られている。多くは大人だが、その中に一際小さい子供の写真が飾られていた。
そう、シルビアは大食い大会に出て優勝するほどの大食らいだったのだ。
「あなたって、結構食べる子だと思っていたけど。故郷で大人に混ざって大食い大会とかに出ていたなんて、びっくりしたわ」
「ふっ、我輩は早く大きくなりたいと常々思っていたのでな。たくさん食べ、たくさん動き、たくさん寝る。この三行動を欠かさずに繰り返していた。大食い大会は、そのおり通った道のひとつに過ぎない。結局大会に出たのも一回きりだったからな」
それでもすごいと思ってしまうユネ達。あの小さな体のどこにあれだけの食べ物が入るのだろうかと。ユネにいたっては思い出しただけで、吐き気に襲われる。
「さすがお姉様! 何をしてもすごい!!」
「違うぞ、シャリオ。我輩とてできないことはある。できることを精一杯やっているに過ぎないのである」
「なるほど! じゃあ、お姉様の苦手なものってなに?」
ユネ達がわかっているのは、魔術ぐらい。それ以外は完璧なんじゃないかと思わせるほどシルビアが何かに苦戦しているところを見たことがない。
そのため、シャリオの質問に考えているシルビアへは自然と視線が集中する。
「そうであるな……」
「お? あんた達! 少し遅かったじゃないか!! こっちだよ!!」
シルビアが口を開こうとしたタイミングで、ヴァーバラが声をかけてきた。なんというタイミングなのだろうか。別にヴァーバラは狙っていたわけではないのだろうが、タイミングが悪過ぎる。
「ん。この話はまた後ほどだ」
案の定、話は途中で切られてしまい、シルビアはヴァーバラの元へと駆けていく。
「どうしたんだい?」
残念そうにしているユネ達を見て、ヴァーバラは首を傾げる。
「な、なんでもありませんよ」
「そ、そうかい? それじゃあ、さっそくあたしについてきな。まあ、そう遠くはないよ。そこの角を曲がったらすぐだからね」
まさか、何かやってしまっただろうかと思いつつヴァーバラは歩き出した。




