第十六話「黒き思わく」
総合ポイントが四百を突破しましたー。
次は、ブックマーク二百を目指したいですねー。
男は静寂に包まれた森を一人で歩いていた。
だが、突然立ち止まり、魔力弾を茂みへと打ち込んだ。
「けっけっけっけ。危ないねぇ、当たったらどうするつもりだい?」
「ふん。当てるつもりだったんだ。何の用だ?」
茂みから飛び出してきたのは、ローブを深々と被った老婆だった。
「黒龍の剣士アステオ=イズラ。心変わりは」
「するはずがない。しつこい連中だ。僕は悪に堕ちる気などさらさらない。他を当たるんだな。これ以上僕に付きまとうようなら……容赦しないぞ?」
黒龍の剣士アステオ。
彼は、その身に黒きドラゴンを宿す剣士。ドラゴンに認められ、力をその身に宿すということは人では無理だと言われていた。
が、彼はそれを成し遂げた。だからこそ、老婆は……いや老婆を使いアステオを勧誘しようとしている勢力は最大の戦力を得ようと彼に何度も取り入っている。
「けっけっけっけ。怖いねぇ、そのオーラ……それが黒龍の力の一部かい?」
アステオから滲み出る黒きオーラに、老婆も恐れているようだ。目の錯覚か、それとも現実のものか。黒きオーラが竜の形になっている。
「この程度で恐れているようでは、僕を扱うなど無理だな」
オーラを解き、再び歩き出すアステオ。
このままではいけないと、とある写真をアステオへと投げつける。
「……こいつは」
足下に刺さった写真を手に取ったアステオは、表情を強張らせる。
「おやおや、知っているのかね? なら、話が早い。実は、そいつを消して欲しいんだよ。あんた、強い相手を探して旅をしているんだろう?」
アステオは黒龍を身に宿し強くなろうとも、強さをどこまでも求めている。そのために世界中を旅し、強き者の噂を聞きつけては挑みに行き、圧倒的な力にて倒してきた。
老婆は、それを利用しようとしている。
(ふん。こいつか……確かに、他の奴とはオーラが違ったが)
アステオ自身、自分の目的を利用されるのは癪だと思っている。だが、あの時感じたものが本物だったとすれば今まで味わった事のない高揚感を得られるかもしれない。
「……そういえば、お前。さっき何かの反応していたな。まさかとは思うが」
包帯を巻いている右腕を触りながら誰かに喋りかけている。
「誰に話しかけているんだい? もしや、黒龍さんかね?」
「お前に答えるつもりはない。……お前達に協力する気はないが、こいつとの勝負なら考えてもいい。じゃあな」
貰った写真をポケットに仕舞い、今度こそ老婆から離れていく。
「……まあ、ここまではなんとか想定内。後は、あの準備ができれば。けっけっけっけっけ!!」
・・・・・☆
フラッカに帰ってきて二日目の夜。
シルビアは家の中庭へと訪れていた。そこにあるベンチに腰掛ける。周囲には誰も居らず、ただただ月明かりが夜を照らしている。
すでに、シルビア以外の者達は眠りに落ちている。
それを見計らって、静かに抜け出してきたのだ。
「では、行くか」
今からシルビアは、夜の見回りに赴く。
何かが起こるのは、こういう人々が眠りに着いた時間帯。誰かに見つからないように、完全に気配を断ち、闇に溶け込みながら移動する。
「懐かしい。ボルトリンに行く前もよくやっていたものだ」
フラッカには監視塔や多くの警備兵によって護られている。彼らの目を避けるのはかなり困難なことだ。もし、彼らの目を盗み目的地に到達できたのなら、相当な隠れ上手と言えよう。
それをシルビアは小さい頃から何度も何度も繰り返してきた。
貴族街は難なく突破することができた。問題は検問所である。検問所は、交代制でいつでも数人の兵士達が居る。
壁もかなり高く、よじ登っていてはすぐばれてしまう。
ならばどうするのか? 簡単なことだ。
「ほっと」
壁に触れず、飛び越えれば良いだけのこと。浮遊は、風属性の魔術を操ることができれば可能だ。だが、シルビアにはそんなことはできない。
なので、巨人戦でもやってみせた闘気を足下で爆発させ、空を蹴ることで宙に浮く。ボルトリンに入るまでは、壁を乗り越えるのがギリギリだったが、今となっては余裕で飛び越えることができる。ただあまり高く飛ぶと、怪しい人影があるとばれてしまうので、ギリギリのところを攻めるのが一番だ。
「はあ……今宵も平和だなぁ」
「おい、油断するなって。ほら? 最近よく噂になってる黒い靄。あれが現れるかもしれないぞ。月明かりに照らされているとはいえ、暗闇から突然現れられては対処が遅れる」
「へーい、わかってますよー。あーあ、綺麗な姉ちゃんのところに飲みに行きたいですねぇ」
「だから……」
壁の上の警備をしている兵士にも見つからないようにこっそりと。中立街へと到達したところで、油断はしない。
中立街には、夜にしか開かない店がある。
主に、大人達が立ち寄る店だ。そこからは、賑やかな声が響いている。
「む?」
見回りは特に裏路地を重点的に。
すると、人影が二つ。どうやら男女のようだ。怪しい連中……というわけではない。どうやらカップルのようだ。
お取り込み中のようなので、ここは問題ないと去って行く。
「くっそー! 今日も負けたー!!」
「はっはっはっは!! お前にはポーカーフェイスが足りないんだよ! おら! 慰めに一杯奢るぜ!!」
どこもかしこも平和そのもの。
見慣れた光景。
黒い靄の噂があるが、本当に変わらない。
「ほら。さっさと歩きな。まったく、よくもまあわかりやすい盗人だね」
「く、くそぉ……しくじったぁ」
あの玩具屋の近くで、ヴァーバラが一人の男を捕らえている場面に遭遇した。警備兵に男を渡し、一人になったところを見計らい話しかける。
「お疲れであるな、ヴァーバラ」
「うおっ!? な、なんだいあんたか。たく、子供はもうベッドでお寝んねの時間だよ……って、あんたに言っても無駄か。どうしたんだい? 夜の見回りかい?」
最初驚きはしたが、もうシルビアが只者ではないことを理解しているヴァーバラは、対等の相手と話をするような態度で、問いかける。
「そうだ。昔からよくやっていたことなのでな。癖が抜けず、今日も出歩いている」
「検問所を素通りしたのかい?」
「壁を飛び越えてきた」
「飛び越え……はあ、もうなんでもありだね。それで? あたしに話しかけてきたってことは、情報交換のつもりかい?」
「その言いぶりだと何か情報を掴んだのか?」
そうだとすれば詳しく聞きたいところだが、こちらはそれに見合った情報を手に入れていない。
「あー、残念だがあれ以来新たな情報を手に入れていないんだよ」
「そうであったか。まあ、こちらも新しい情報は手に入っていないので、お互い様である」
「でも、確実にこのフラッカはおかしくなっている。あの黒い靄を見たら、誰だってわかるさ。だからこそ、こういう地道な見回りは大事なんだよ」
その通りだとシルビアは頷く。
「おーい、ヴァーバラ! ちょっとこっちに来てくれー!!」
「っと、我輩はここで。何かあれば、頼ってくれ。ではな!!」
「ああ、じゃあね!!」
ヴァーバラと別れ、夜の見回りを再開したシルビア。中立街もほどほどに見回り、一番怪しい下水道へと降り立つ。
朝日が昇っている時と変わらず、薄暗い場所だ。まずは、エリンを追うために使ったルートを移動し、何もなければ他のルートを移動する。
「……なんだ?」
丁度半分移動したところで、下水道の中間地点で何かの気配を感じる。
「ほう? お出ましか」
あの黒い靄だ。しかも、一つや二つではない。数にして、六。あの時の靄とは治外、人の形を成してシルビアを取り囲んだ。




