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第十五話「秘湯に変態」

「君は?」

「最初に聞いたのは僕だ。先に答えるべきなのは、お前たちのほうじゃないのか?」


 確かにそうだと、シルビアから名乗ろうとしたところでカリアが盾になるように前に立ち敵意を向ける。


「お下がりくださいシルビア様!! このような変態と喋ってはいけません!!」

「僕が変態だと?」

「これだけの美少女達を前にして、そのような汚物を見せつけ、堂々としているなど変態と言わずして何と言う?」


 そこでシルビアはあっと気づく。

 そういえば自分は女子。

 普通は、男のものを見れば恥ずかしがるもの。ユネ達の様子を見れば、視線を逸らしたり、手で覆って見ないようにしていた。

 中には、堂々と見ている者も。


「はーい、シャリオちゃん。お目目を隠そうねぇ」

「えー? なんで?」


 堂々と見ていたシャリオの目はナナエが隠してくれたところで、シルビアは再び謎の男に目を向ける。


「僕は変態じゃない。そもそも風呂とは裸になって浸かるものだろ?」

「今はそういうことを言っているのではない。シルビア様の美しい瞳が穢れてしまう。さっさとその汚物を隠せ。そしてこの場から去るがいい」

「……ふん。言われるまでもなく、僕はそろそろここから去るつもりだった」


 そう言うと男は秘湯から出て、風属性の魔術で体の水気を一気に払い、黒き服を着込んだ。


「じゃあな」


 そして、何事もなかったかのように去っていった。


「い、行った?」

「ああ、もう行ったぞ。目を開けても大丈夫だ」

「まったく……なんだったのさっきの変態は」

「ま、間違いなく変態です! あんな堂々と見せ付けてきていたんですから!!」


 安堵した純粋な少女達を傍らにシルビアは、そういえば風呂の中なのに包帯を腕に巻いていたな……と、考え込む。

 風呂の中に浸かっていたのに、包帯が濡れているような様子はなかった。まさか、何か呪いにかかっていた? それを解除するためにここの効能を聞きつけわざわざ入りに来たのだろうか。考えれば考えるほどなど多き青年だった。


「シルビア様。どうなされますか?」

「どうとは?」

「先ほどの変態が入ったは後です。皆様のお体が逆に穢れるやもしれません」

「カリア。それは言い過ぎだぞ。彼もここに浸かりに来た者の一人。それに悪者ならば、この湯に近づけもしない」

「確かにそうですが」

「心配してくれるのは嬉しいが。湯とは皆が入り、癒しをもたらす聖地だ。誰の後だろうと、我輩は湯を清潔にしてくれているのならば構わない」


 そんなシルビアの満面な笑みと言葉にカリアは、自分が愚かだったと感動したかのように膝を突き頭を垂れた。

 その後、シルビアたちは脱衣所へと向かう。カリアは別にいいと言っていたが、シルビアの命令には逆らえないようで共に入ることになった。


「はあ……まさか、あんなものを見てから入ることになるなんてね」

「結構大きかったねぇ」

「え!? あ、あなたそんなじっくり見てたの!?」


 ピアナは恥ずかしさのあまり一瞬にして視線を逸らしたというのに、ナナエはじっくり見ていたかのような発言をしたことに、ユネやミミルも驚いている。

 

「ふん。これが年上の凄さだよ」


 どうだい? と親指を立ててかっこつけるナナエだったが、正直そんなにすごいことではないと三人は脱衣を再開する。

 

「む、無視……うえーん! シャリオちゃーん!! 皆があたしを無視するー!!」


 オーバーなリアクションを取りながら、シャリオへと泣きつくナナエ。そんな彼女を、シャリオは真正面から受け止め頭を撫で始めた。


「よしよし」


 すると、ナナエの表情は癒しを得たかのようにものすごく綻ぶ。


「あぁ、癒しだぁ……」

「何やってんのよ、あの人は」

「シルビアたんもー!!」


 シャリオの次は、お気に入りのシルビアへ。

 服を脱ぎ、顔が隠れているのを見計らっての飛びつきだ。カリアは、これはやばい! と下着姿のまま動き出す。

 しかし、そんな心配はなかった。まるで、見えているかのように服を脱ぎながら横に回避する。


「え!? ちょっ!?」

「……ほうほう。カリアさんや、やはりなかなか良いものを持っていますねぇ」


 回避したことにより、助けに駆け出したカリアへとナナエがぶつかる。受け止めきれず、仰向けに倒れたカリアの大きな胸に、ナナエはにやりと怪しげな笑みを浮かべた。

 手の動きが、いやらしくミミルはぞっと身を震わせる。


「カリア。大丈夫か?」


 助けに入ろうとするシルビアだったが、カリアはそれを制す。


「ご、ご心配なく!! ここは私に任せてシルビア様はお先に!!」

「ほうほう? 主のために自分の身を捧げるんだね?」

「わ、私はシルビア様の執事であり騎士! 主のため盾になるのは当たり前です!!」

「ふむ。その心がけ見事……」


 あっ、これはやばいとピアナとユネはカリアの無事を祈る。しかし、ナナエはカリアの上から退き、手を差し出したではないか。

 

「さあ、手を掴んで」

「え? あ、はい。ありがとうございます、ナナエ様」

「なっ!? 嘘、でしょ?」

「ナナエさんが、何もしない!?」

「そんなことがあるの……?」


 完全に予想外の光景を見た三人は、驚きを隠せない様子。今までは、容赦なく胸を揉んだり、体をいやらしく触ってきたりとひどい目に遭ってきた彼女達だからこその反応だ。

 

「ふん。確かに、カリアさんのおっぱいは大きく形もよく、弾力もあり、揉みごたえありそうだよ? でも、今回は違う! 違うんだよ! 今日は、温泉に入りに来たの! ここはまだ戦場へと赴く前の言わば基地!! 本番は温泉という戦場にて始まるのだよ!!」


 いったい何を言っているのかと、皆呆れた様子でナナエを見ていた。


「ねえ、シルビア。やっぱりナナエを連れて来たのは間違いだったんじゃないの?」


 と、ピアナが耳打ちをする。


「心配はない。ナナエの攻撃を全て回避すればいいのである」

「いや、ちょっとそれは無理かも、なんですが」

「……仕方あるまい。ナナエよ。今回は我輩が相手になろう」

「え!? マジで!?」


 明らかにテンションの上がり方が違う。一瞬にして、飢えた野獣の眼光へと変わったナナエにシルビアは言葉を続けた。


「その代わり、他の者達へは手を出さないように」

「し、シルビア様! それではシルビア様に大きな負担が!」

「心配するな。ナナエの扱いにはもう慣れた。我輩に任せるがよい」


 いったいナナエの扱いに慣れるとはどういうことなのかカリアには理解できなかった。が、それは温泉へと入った瞬間に理解することができた。

 今まではナナエからシルビアへと飛びついていたが、今回は違う。

 シルビアのほうからナナエへと向かい、そっとナナエを抱きながら頭を撫でる。するとどうだ? 野獣のように今にも飛びつきそうだったナナエが、毒気を抜かれたように大人しくなった。

 その後は、本当に静かなものだった。皆、そこから見える美しい景色を眺めながら、ゆっくりと秘湯の心地よさを楽しむのだった。

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