第十三話「とある大人達の」
シルビア達と別行動をとり、リューゼとリオーネは中立街へと赴いていた。先日、外に出かけられなかった分、今日は楽しもうというリューゼの提案だった。
いつまでも家の篭りっきりというのもどうかと。
まだ狙われているかもしれないが、そこはリューゼとメイド隊がついているため安心だろう。
「では、リオーネさん。さっそくだが、どこへ行きたい? 私は、どこまでもお付き合いしますよ!」
「そうですね。まずは、シャリオも言っていたアイスクリーム屋へ行きたいです」
「承知した」
まずは、娘のシャリオも行ったアイスクリーム屋から。シルビアの知り合いだと言ったところサービスをしてくれた。
いつものボリュームよりも、倍のボリュームだという。
「よかったのでしょうか。なんだか、シルビアさんを利用したみたいな」
「心配はいらない。これはシルビア自身が言っていたことだ。自分の知り合いだと言えば、サービスをしてくれるだろうと」
シルビアの名を使っていい思いをしていると思っているリオーネは、アイスクリームを食べ難そうにしている。
だが、いつまでも食べないのではアイスクリームが溶けてしまう。
リューゼは、遠慮なく自分のを食べながら語り続けた。
「それに、人の好意は素直に受け取るものだ。そうでないと、相手側にも失礼だ」
再びアイスクリーム屋を見ると、店員の女性と子供が視線に気づき手を振っていた。
「……はい」
やっとアイスクリームを食べたリオーネの顔はとてもおいしそうに綻んでいた。それを見届けたリューゼは、食べ歩きをしながら店を見て回る。
シルビアからすでにどんなところがあるのかと聞いているため、迷うことはなかった。そして、アイスクリームがなくなたった頃、洋服店へと辿り着く。
「では、予定通り買いに行こう」
「はい」
今回、洋服を買うことが予定に入っていた。王国から逃げてからは、その時着ていたドレスだけ。ボルトリンに保護されてからは何度もシルビア達と共に店に行き、購入はしていたのだが……それでも女としてどんな洋服があるのか気になってしょうがないようだ。
「私は、あまり洋服には詳しくないので助言はできないが。荷物もちならば任せてくれ」
細い見た目だが、普通に力はあるリューゼ。
お願いしますねと、微笑み早速店の中へと入ろうとした刹那。
「この薄汚いガキが!!」
「おわっ!?」
「む?」
近くから罵倒の声と子供の声が響き渡る。どうやら、貴族と貧民街の子供が衝突してしまったようだ。髪の毛をオールバックにしている髭を生やした男が、尻餅をついている子供を睨んでいた。
「た、大変です!」
「ふむ。これは人として見逃せないな。リオーネさん。ここは私にお任せを」
この街では当たり前の光景なのだろう。シルビアも、こういうことがあるかもしれないと出発前に教えてくれていた。
男として、いや人としてこういう場面は見過ごせないと近づいていくリューゼだったが。
「ちょっとあんた! 子供相手に大人気ないじゃないんじゃないのかい?」
「あれは」
リューゼよりも先に、一人の女性が貴族と子供の前に立つ。燃えるような赤い髪の毛に、強気な態度。
(シルビアくんが言っていたヴァーバラという女性かな?)
シルビアから聞いていた特徴と一致しているためヴァーバラだとすぐに理解したリューゼは、しばらく傍観することにした。
「なんだ、貴様は」
「あたしは、ギルド【グリンドエル】の冒険者ヴァーバラだ。そして、この子の友達だよ」
「はっ! 冒険者風情が、私に説教でもしようというのか?」
「ああそうだよ。何があったか知らないけどね。子供相手に蹴りを入れるなんて、大人としてどうなんだい?」
子供の口は切れており、血が流れている。相当強く蹴られたのだと理解できるほどに。
「そいつが私の靴を汚したのが悪いのだ。見ろ! 高級な靴が、そいつが落としたアイスクリームで汚れてしまった」
確かに、貴族の靴にアイスクリームが付着している。
蹴った理由を聞いたヴァーバラは、はあっと呆れた様子でため息を漏らし、貴族を睨みつける。
「たったそれだけの理由で蹴ったのかい?」
「なに?」
「靴は汚れるものだよ! そんなに靴を汚すのが嫌なら大事に仕舞って、裸足で歩きな!!」
リューゼと同じく二人のやり取りを見ていた人々は、ヴァーバラの一喝に思わず拍手をしてしまっている。が、靴を汚された貴族はふざけるなとばかりにまだ食いかかる。
「冒険者風情が! 私を愚弄するのか!?」
「はっ! 貴族だからって何もかも許されると思ったら大間違いだよ! それに、これ以上騒ぎを起こすと……ほーら、やってきた」
「なに?」
ヴァーバラの言葉に、振り返るとこちらへと向かってくる警備兵達が見えた。それを見た貴族はくそっ! と吐き捨て逃げていく。
ここは中立街。例え相手が貴族だろうと、街で騒ぎを起こすようならば警備兵達が捕らえる。それをわかっているからこそ貴族は逃げたのだ。
「たくっ、小さい男だね」
「見事! 見事だった!! いやぁ、私は感激した!!」
「は、はあ? な、なんだいあんた急に」
子供を助け起こそうとしたところで、リューゼが拍手をしながら近づいていく。いかにも怪しい男の登場にさすがのヴァーバラも動揺しているようだ。
「大丈夫? 少し待っててくださいね」
そこへリオーネも子供へと駆けつけ、回復魔術で子供の傷を癒していく。
「あ、ありがとう! お姉さん!!」
「いえ。大した傷じゃなくてよかったですね」
「ありがとうね。……もしかして、あんたシャリオの」
見た目で察したのか、ヴァーバラが恐る恐る問うと、リオーネは首を縦に振る。
「はい。わたくしは、シャリオの母親リオーネです。あなたは、ヴァーバラさん、ですよね?」
「あ、ああ」
やっぱり……とヴァーバラは子供をその場から遠ざけ、頬を掻きながら頭を下げた。
「ごめん! 仕事とはいえ、あんたの娘にあたしは」
「い、いいんですよ。もう過ぎたことですから。シャリオだって、あなたのことを許してくれたのですよね?」
「……まあ、うん」
「なら、わたくしもあなたを許します。それに、今のあなたを見たら本当にいい人なんだってわかりますもの」
リオーネは、あの時ヴァーバラとは会っていない。だが、シルビアやシャリオからはどんなことがあったのかは聞いている。
だからこそ、先ほど貴族を一喝した彼女を見て、リオーネは理解した。本当は、正義感の強い女性なのだと。
「頭を上げるんだ、ヴァーバラさん」
「あんたは?」
「私は、リューゼ! シャリオくんに鎧を渡した張本人だ!!」
「あんたがあの鎧を? というか、リューゼってあの天才科学者の?」
「おや? やはり私はかなりの有名人のようだね……いやぁ、自分の人気が怖い!」
などと激しい動きをしながら笑っているリューゼだったが。
「いや、まあうん。確かに有名っちゃ有名だね。天才だけど、ものすごい変人だって」
「……ふっ、否定はしない。天才とは、皆変人なのだから!!」
「それはちょっと……違うのではないでしょうか?」
だが、完全に否定もできないリオーネだった。




