第七話「まるで別世界」
「おー、自動ドア。噂には聞いていましたけど。こんなものが本当にあるんですね」
「まだまだ実用化している場所は少ないらしいけどね。でも、機械文明をふんだんに使ってるわね、この塔」
アンノーカ、もといエリンとの再会を果たし、また会おうと約束したシルビアは予定通り四人に監視塔の仲を案内していた。
まず驚いたのは、ドアが自動で開いたことだ。
機械文明の発展と共に、次々に世界は変わっている。その中でも、話題となっているひとつが自動で開くドアだ。人が近づくと、勝手に開いて、離れると閉まる。
これが世界中で実装されれば、両手が塞がった状態でも建物の中へと入れる。ユネ達も、そんなものがあると噂に聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。
王都ガゼムラで体験できると思っていたのだが、どの店も自動ドアという高価なものは実装していないと言う。まだ実験段階なため、実装しようとしてもかなりの値がつく。いくら王都で店を構えている有名店でも手が出せないようで……そんなものをフラッカの監視塔は実装している。
それだけではない。
中もかなり機械文明を使っている。まるで、この中だけが別世界のような光景だ。これは、本当に神が創造したのではないかと思ってしまうほどに。
特に目立ったのは、階段が勝手に上へ下へと動いており、人が動かなくとも良いようになっている。
「お姉様。階段が動いてるよ!?」
「ああ、あれは、エスカレーターと言うらしい。異世界では当たり前の代物らしいが、我輩も最初見た時は驚いたものだ。噂では、これを実装しているのはまだここだけらしい」
「本当に何なのよ、ここ……」
ある程度の覚悟を決めていた四人だったが、これは予想外も予想外。一階でこれほどのものならば、二階、三階……立ち入り禁止エリアはどうなっているのか。
わくわく半分、怪しさ半分と言った状態で中へと進んでいく。
「お? 久しぶりに見たな、子供リーダーさん」
すると、監視塔で働いている警備兵が話しかけてきた。
「別にリーダーになったつもりはないのだが」
「だが、フラッカ中の子供達は君をリーダーだと思っているようだが?」
「あら? シルビアちゃん。数ヶ月ぶり、かしら? 今日は……もしかして、学校のお友達かしら?」
警備兵と話していると、続いてここで働いている事務員の女性が話しかけてきた。物腰は柔らかく、シルビアと視線を合わせるため、しゃがみこんでいる。
「その通り。丁度夏の長期休みに入ったゆえ、友達を家に招待したのだ。そして、さっそくフラッカの観光名所である監視塔を案内している途中なのである」
目上の者にはちゃんと敬語を使っているシルビアだが、故郷で顔見知りということもあり、ずっと砕けた口調で会話をしている。
相手も特に気にしていないというか、これが当たり前になっているため今更敬語を使われても違和感しかないのだ。
「そうなの。じゃあ、ちゃんとここのルールを護って案内してね?」
「承知している。君も仕事頑張ってくれ。君もな」
「子供に言われなくともわかってるよ。むしろ、問題を起こして俺に仕事をくれないか?」
「もう、そういうことは冗談でも言わないでください」
「わかってますよ。それじゃ、ごゆっくり」
「じゃあね。フラッカ自慢の監視塔を思う存分楽しんでいってね?」
会話を終えた二人は、自分の仕事へと戻っていく。ずっと後ろから三人の会話を見ていたユネは、まず一言。
「すごいですね、シルビア。まるでお偉いさんみたいでした!」
「そうであるか?」
「まあ見方によってはね……なんていうか、子供上司っていうか。上司だけど、子供だから可愛がられているみたいな?」
「私もなんだかそんな感じに見えた。やっぱりシルビアちゃんてすごいなぁ……」
「うん! うん!! お姉様すごい! すごい偉い!!」
シルビアとしては、普段と変わらないことだったのだが、やはり他の者からすればすごいこと、なのだろう。四人の素直な褒め言葉を受け取り、シルビアは監視塔を案内を再開する。
まず紹介するのは、一番人が通る一階エントランス。
だだっ広い空間に、受付。入り口付近には腰掛けるベンチがいくつもあり、軽い読書ができるようにいくつか本棚が設置されている。一階は特に物を置いておらず、ただただ広い空間なのだ。
「受付ってことは、やっぱりここによくお偉いさんとかが来るわけ?」
「そうだな。監視塔はまだまだ謎多き塔。一階エントランスや自動ドアを見ればわかると思うが、ここの機械文明は他を圧倒しているのではと思われている」
「確かに、立ち入り禁止エリアとか絶対この塔の秘密がありそうなぐらい怪しいですもんね」
受付は主に、視察に来る貴族や技術者、科学者などを案内するためや、許可なくしては入れないエリアへの許可申請を出すためにある。
自由に入っていいところならば、受付を素通りしてもいいのだが、それ以外は受付を通さないと捕まってしまう。よく子供が無邪気ゆえに、許可なく入ってしまい厳重注意などをされているのをシルビアは見かけたことがある。
「まあ、一階はざっとこんなところだ。次は二階へと向かおう」
「あの動く階段でいくんだよね!」
「そうだ」
初めてのエスカレーターを体験するため、シャリオはかなりわくわくしているようだ。
「近くで見ると本当に階段が動いてるみたいに見えるね」
「実際そうなんでしょうね。多分階段を自動で回転させてる……のかも」
エスカレーターは、よく見る階段が床から出たり入ったりと、まるで回転しているように見える。エスカレーターは二つ設置されており、ひとつは上へ上がるためのもの。もうひとつは下へと下りるためのもの。
丁度二階からエスカレーターを使って下りてくる男性が居たので、ユネとピアナはよく観察していた。
「……」
「……」
「え? え? な、なに、かな?」
さすがに見過ぎたため、何もわからない男性は自分が何かしたのかと思わず立ち止まってしまう。
「あ、いやなんでもないのである。すまなかった」
「そ、そうか」
シルビアが代わりに謝罪をし、男性もほっとしたようにその場から去って行く。
「もう二人とも。観察するのはいいけど、人に迷惑かけちゃだめだよ!」
「す、すみません。ですが、珍しいものを見ると自然とですね」
「ええ。これも冒険者の性ってやつよ。未知のものに惹かれるのは」
「ほいっと!!」
ユネとピアナがエスカレーターを観察していると、いつの間にか上へ行き、すぐ下に戻ってきてしまったシャリオ。自動なのに、有効活用せず今まで通り自分の足で下りてきてしまったようだ。
「ふむ。正直、ユネ達にとってはまどろっこしいものですが。大荷物を抱えていたり、階段がきついお年寄りにとってはかなり便利なものですね」
「だよね! 勝手に動くのは面白いけど。ちょっと進むのが遅いもん!」
確かに、自動というのはすごいが、少しゆっくりかもしれない。
これならば自分で上がったほうがまだ早いという意見にはシルビアも否定できない。特に子供達は、最初かなり興味津々でエスカレーターを楽しんでいたが、結局自分の足で上がり、下がったほうが早いとばかりに普通の階段扱いだ。
「ま、十分観察したし。そろそろ上へ行きましょうか」
「二階は何があるのかなぁ?」
「一階よりは楽しめると思うぞ、さあ、行こう」
一階もほどほどに楽しんだところで、五人は二階へとエスカレーターを使い上がっていく。




