第五話「怪しい仮面を」
「―――ふむ。思わず、監視塔のほうへ来てしまったか。ここへはもう少し順を追って、案内しようと思っていたのだが」
夢中で走っていたため、予定よりも早く監視塔近くまで来てしまった。監視塔は、フラッカを護るための施設だが、観光名所にもなっている。
その証拠に、カメラで写真を撮っている旅人や観光客がちらほらと見える。
「す、すみません。ユネのせいで」
「気にすることはない。我輩があそこへ案内したのがそもそもの始まり。ユネ達は、ただ楽しんでいただけだ。何も悪くはないのである。むしろ、悪いのは我輩のほうだ。玩具のことをよく説明していればあんなことにはならなかった。すまない」
皆を楽しませようと、案内したつもりがまさか逃げるようなことに発展してしまい申し訳ないと、謝罪の言葉と共に頭を下げるシルビア。
それに対して、ユネ達は慌ててフォローに入る。
「シルビアが謝ることはないですよ! ああいう玩具はネタを知っていれば、それだけで面白さが激変しちゃいますから!」
「そ、そうだよ! シルビアちゃん! あんまり気にしないで!」
「……二人とも、ありがとう。少し気が楽になった」
頭を上げたシルビアの笑顔を見て、ほっと胸を撫で下ろす二人。元気を取り戻したところで、シルビアは予定よりも早いがと監視塔の説明を始める。
「最初に少し説明したと思うが、ここはフラッカを監視するための塔だ。この天をも貫かんとする塔から、監視係が貧民街、貴族街、中立街を見渡しなにか異変や事件があればそれを、近くの警備兵達などに知らせ事態を解決させるのである」
「……近くから見ると壮観ね。本当に天を貫くんじゃないかって高さだわ」
「ずっと見上げていると、首が痛くなりそうですね」
改めて、監視塔を真下から見上げる少女達。
遠くからでも相当高いと感じていたが、真下から見上げるとどこまでも伸びているんじゃないかという錯覚してしまうほど先が見えない。
「こんな塔いったいどうやって建設したんですか?」
「それ、わたしに気になる!!」
「当然私も」
「私も気になる。こんな高い塔、何年かけても完成しなさそうだけど……」
皆の疑問に、シリビアも答えたい。
答えたいが、無理なのだ。
「すまない。実は、この塔がどうやってできたのかは我輩も詳しくは知らないのだ」
「どういうこと? こんなに目立つものなら街中の人達が建設されるところを見ているはずよ」
これだけ大きなものを建設するのだ。
いやでも目立つし、街のシンボルのようなものだ。情報は大量にあるはずだと誰もが思うだろう。
だが、シルビアは嘘をついていない。
この監視塔に関しては、街中の者に聞いても、図書館で調べても出てくる情報はたったひとつ。
「……一晩で建設された、そうだ」
「はあ!? 一晩で!? な、なんの冗談よそれ」
「し、シルビアちゃん。さすがにそれは」
誰だって、冗談だと思うだろう。こんな塔が一晩でできるはずがないと。シルビアも、初めてそのことを聞かされた時、彼女達と同じ反応をしたのをよく覚えている。
納得できなかったシルビアは、もう一度徹底的に調べた。
監視塔で働く者達や、それに関わる者達にも自分の足で回って聞いた。……それでも、監視塔に関しての詳しい情報は得られなかった。
「この塔は、我輩が生まれる前。いや、父上殿や母上殿がここに来る前からあったそうだ」
「確か、今のフラッカになったのは今から」
「三十年だ。最初は監視塔はなかったそうだが、気づいた時には」
「こんな大きなものが建っていた、と。にわかには信じられないわね……」
「わかった! 神様が建てたんだよ!!」
深く考えている四人に対し、シャリオは純粋に神様が建てたんだと断言する。
それだけではない。
「ということは、悪い王様を追放したのも神様ってことだよね! だって、そういうことができそうなのって神様以外考えられないよ!!」
「……ふっ、そうであるな。そうかもしれないな」
「でしょ! でしょ!!」
無垢だからこその答えに、シルビアは笑みを零しながらシャリオの頭を撫で肯定する。他の三人も、シャリオのおかげかさっきまで深く考えていたのが、馬鹿だったかもと思い始め苦笑している。
(神様、か。この世界の神様となるとディアナ様だが……いや、他にも神が居ると考えれば)
シャリオの言葉が事実だったとすれば、今のフラッカを作り上げたのは名も知らぬ神。そして、神ならば今も尚健在というのにも納得がいく。
「では、その神が建設したという塔に入ってみよう」
「お姉様は中に詳しいの?」
「もちろんだ。もう数え切れないほど入っている。ただ立ち入り禁止の場所。具体的には、塔の上は行ったことがないがな」
一般人が行けるのは、塔の下から三階まで。
噂ではこの監視塔は、一番高いところでも百階以上あると言われているが、真実かはシルビアも知らない。
「中はどんな風になっているんですか?」
「そうだな。かなり機械文明を取り入れた……ん?」
監視塔の中へと入ろうとした刹那。
中から見知った人物が出てくるのを目撃した。一度見れば、いやでも忘れられない見た目。怪しい仮面に、特徴的な帽子。
「あれ? あの人って確か」
「やあ、お嬢さん方。こんなところで会うなんて奇遇だね」
王都ガゼムラにあるギルド【アジェスタ】のギルドマスターアンノーカだ。最初に出会ったきりなので、一ヶ月ぶりくらいの再会だろうか。
あの時と変わらず、仮面と帽子マントと怪しい格好をしている女性。
監視塔から出てきたということは、何か仕事で訪れていたということだろうか。フラッカにも当然ギルドはあるため、ギルドマスター同士に会議のついで、ということも考えられるが。
「本当にね。何してたの? 相変わらず怪しい格好で」
「あははは! これは手厳しい。まあ、慣れているから大丈夫なのだが。なに、ただの寄り道と言ったところだ。ギルドマスターとして、他のギルドとの交流も大事だからね。その帰りにフラッカの観光名所に立ち寄った、と言ったところさ」
本当のことを言っているのだろうが、やはりその格好と喋り方が怪しさ全開で中々信じられない。
「わー、変な仮面のお姉さんだぁ」
「おや? そこのお嬢さんは初めましてかな?」
「うん! ねえ、仮面のお姉さんはギルドマスター、なの?」
「ああ、そうだよ。お嬢さん。どうかな? ギルドの長、ギルドマスターに出会った感想は」
「えっとね……なんか変な格好だなって思った!!」
偽りのない真実。これはシャリオじゃなくとも、誰でも思うことだろう。このままでは、アンノーカを基準にしてしまう恐れがあるため、ピアナが誤解を解き始める。
その間、シルビアはじっとアンノーカを見詰めていた。
視線に気づいたアンノーカは、こほんっと咳払いをして顔を逸らす。なぜアンノーカを見詰めているのか。それは、出会った当時から気になっていたからだ。
ただ格好があれだからというわけでも、仮面の下がどうなっているのかと、そういうわけではない。
最初は、どこか出会ったことのある。そう知り合いに似た空気を感じた。
そして、丁度シャリオが監視塔は神が建設したと言った。
つまりシルビアは。
「そ、それでは私はこれにて失礼させてもらうよ。フラッカは良いところだ。存分に楽しんで行くといい。さらば!!」
またあの時と同じく逃げるように去って行く。
(これは思い切って確かめてみるか)
このもやもやした気持ちを払うために、シルビアは動き出す。
「あっ、シルビア!?」
突然走り出すシルビアに、四人は驚く。
「すまない!! 先に監視塔に入っていてくれ!! すぐに戻る!!」
静止する間もなく、シルビアはアンノーカを追いかけていった。




