第六話「学生寮へ」
「み、皆さん。改めまして。シーニ=エドワードと言います。今日から、皆さんの担任として一年間よろしくお願いしますね」
入学式から少しの時が流れ。シルビア達の教室に担任教師が姿を現した。
先ほど入学式で司会進行を務めていたシーニだ。
どこかおどおどした感じがあるが、大丈夫だろうか? と心配になっている者も居るが、入学式の進行ぶりから考えると、以外とやるようだ。
おどおどしつつも、やることはやり遂げる。
大人としてしっかりやらなければという使命感からなのか。
それともただおどおどしているように見えているだけで、実際はテキパキと仕事をこなす仕事人なのか。
どちらにせよ、シーニについてはまだまだ知らないことばかり。
これから担任教師として付き合いが長くなるため、色々と知っていこう。
「では、次に皆さんのお名前を一人ずつ、軽く好きな食べ物とか得意なことを混ぜて教えてくれますか?」
どこか不安そうな表情で問いかけてくる。
そんなシーニにシンパシーのようなものを感じたのか。ミミルは、じっとシーニを見詰めていた。
そして、ユネは実は自分が知らないだけで姉妹か親戚なんじゃないのかと考え込む。
「ふむ、次は我輩であるか」
自己紹介は順調に進んでいき、シルビアの出番になった。
ゆっくりと立ち上がると謎の静寂に包まれる。
「我輩は、シルビア=シュヴァルフである。特技は格闘技。好きな食べ物は……マシュマロである」
「ま、マシュマロ?」
今でも思い出すだけで、高揚する。
あのふわっとして、口に入れた瞬間に広がる甘み。一口サイズで、歯が弱い老人でも食べられる。初めて食べた時は、驚きもあったが今では大好物となるほど好きになっている。
「これからは、同じ冒険者見習いとして精進していこう。よろしく頼む」
「あ、あの子すごい喋り方だな」
「う、うん。なんだか女の子の皮を被ったおじさんっていうか」
間違ってはいない。精神はもう百を超える老人で、肉体は若き十歳の少女。
女の子の皮を被ったおじさんと言われても仕方がない。
とはいえ、原因はその喋り方にあるのだろうが。シルビアは、変える気はさらさらないので無理だろう。
「で、では次の人お願いしますね」
そして、自己紹介も終わり本日のホームルームが始まる。
とはいえ、今日は入学式。
最低限の連絡事項と注意事項などを聞き、解散となった。
本格的な学校生活は明日からとなる。
今日は、明日に備えて後は自由行動。
ただしそれは新入生だけの話。
在校生達は、普段通り授業をしている。中には、実技授業を行っているところもあるので邪魔にならない程度に見学するのもよし、早めに帰って明日に備えるのもよし。
「え? シルビアちゃん一人部屋なの?」
「うむ。どうやら成績優秀者トップツーには個人部屋が与えられるとのことだ」
量の部屋は基本二人ひとつなのだが、成績優秀者二名にだけは個人部屋が与えられるようだ。ただ個人部屋は永遠ではない。
学校生活の間で、成績が落ち、トップが替わればその者に個人部屋を与える。
個人部屋は誰もが目指すもののひとつ、ということだ。
「なるほど。ということは、主席のクェイスにも個人部屋を与えられているということですか。まあ、あのうるさい人と相部屋になる人が可哀想だと思っていましたから、安心です」
ちなみに、ユネとミミルは運命的に相部屋となった。
個人部屋は、普通の学生寮とは別のところにあり、そこには一年から三年までのトップツー達が集まっている。
つまり、成績優秀者達だけの学生寮。
冒険者のランクで言えばAからSだ。これは、現役の冒険者達やボルトリンの創設者であり理事長が決めたこと。
とはいえ、実際のランクというわけではない。
あくまで学校としての評価だ。
もしこのままの成績で卒業して冒険者になったとしても、いきなりAやSになれるというわけではない。
わざわざ学校に入学しなくとも冒険者登録はできるが、ボルトリンで学び卒業することで最初から高ランクから始めることができ、優先的にクエストを受注することも。
最初冒険者登録すると、ランクは誰もがFランクから始まる。
このランクは、採取クエストやお手伝いのようなクエストばかり。
現代の冒険者を志望する者達は、そんな地味なクエストをあまりやりたがらないようだ。
そういうこともあって、ボルトリンのような冒険者育成学校があるとも言える。
(……若干悲しいものだ。採取は必要なクエスト。そして、猫探しや畑の手伝い、家の修復もこれからに活かせる大事な経験だというのに。我輩の考えはやはり古いものなのであろうか)
「どうしたの? シルビアちゃん」
「もう学生寮に到着しましたよ」
現代の冒険者や学校のシステムについて考えていると、学生寮前に到着したようだ。
「なんでもない。では、我輩はこっちであるな」
「うーん。こうして見ると、外観は同じだけとなんていうか……隠し切れないオーラっていうか。言葉では表しきれないものがありますね」
ユネやミミルが住む学生寮とシルビア達成績優秀者達が住む学生寮の外観は似ている。違うところと言えば、やはり普通の学生寮のほうが多くの生徒達が住むため大きいということか。
対して、成績優秀者達の学生寮は一回り、いや二回りほど小さい。
一年から三年までの成績優秀者二人、合計でも六人しか住まないため当たり前といえば当たり前だが。
それでも、六人が住むにしては大きいようにも見える。
「では、二人とも一度自室へ戻り、再度校門前へと集合ということでいいであるか?」
「もちろんです」
まだ昼前ということもあって、買い物ついでに一緒に昼食を食べようという約束だ。
あまり外食はしたことがないユネやミミルにとっては、楽しみでしょうがないようで、若干足早に学生寮に入っていく。
シーニを待っている間にユネやミミルのことを少し聞いた。
彼女達は王都から遠く離れたのどかな村の出身で、大きな店でも宿や何でもある雑貨店だという。
一応食事所もあるが、自宅でも食べられるようなものばかりのためあまり行っていないようだ。
そのため店で食べる料理がどうしても気になってしょうがない。
しかも王都の料理ということもあって、余計にテンションが上がっている。王都の物価は他と違って、高いものはかなり高く、安いものはかなり安い。
これから行こうとしているレストランは、若干高いところなのだが、ボルトリンの学生であるならば学生証を見せることで安くなる。
そこの料理長が、どうやらボルトリンの卒業生で、卒業してからは美食を追い求める者として世界中を旅し、料理の腕を極めた者。
旅を終えた料理長は、自分を育ててくれたボルトリンに感謝をと学生割引という制度を作ったそうだ。
「失礼する」
シルビアも、王都へと来ることはあまりないため冷静に見えるがかなりわくわくしている。
早々に自室へ戻り、荷物の整理を終わらせ、料理を食べたい。
「……」
玄関から入ると、すぐエプロンを着用した謎の生物と遭遇した。
熊? 猫? 犬か?
とにかくシルビアと同じぐらいの身長で、顔が丸く、つぶらな瞳で、獣耳が映えている。
最初はぬいぐるみか何かかと思ったが、それにしては存在感があり過ぎる。
謎の生物は、ゆっくりとこちらへと近づく。
そして、シルビアとの距離が一メートルほどになったところで、右腕を前に出す。
どうやら渡すものがあるようだ。
シルビアは、無言のままそれを受け取る。
「鍵?」
そこには一の二と刻まれた鍵が一本。
おそらく自室の鍵だろう。
ということは、信じられないがこの謎の生物がこの学生寮の管理者?
「歓迎する、新たな住人よ」
そして、去っていく名も知らない謎の生物。
「……意外と渋い声であるな」
謎が多いが可愛い見た目なのに、それに似合わない渋く低い声に驚きつつも、シルビアは自室へと向かうのであった。