第三話「見せられないよ」
カリアは湧き上がる感情を必死に抑え、走っていた。
そんな姿を見たメイド達は、あっと何かを察したように見送っていく。そして、自室へとようやく辿り着いた瞬間。
鍵をしっかり閉め、乱れた呼吸を整える。
「……うっ」
しかし、すぐその場に座り込み苦しそうに口を押さえた。別に気分が悪いわけではない。女の子の日というわけでもない。
これは、いつもの感情。
シルビアがボルトリンへと入学してから数ヶ月。
ずっと味わっていなかった感情。
よたよたと這いずるようにベッドへと移動し、枕を顔に押し付けた。よく見ると、枕には……シルビアの絵が刻まれていた。
しばらく枕を抱きながら沈黙……していたと思いきや。
「はあああああああああっ!!! マックス尊いッ……!!!」
発情したように顔を赤くしながら、思いっきり枕を抱きしめる。
「やはり……やはり……やはり! やはり! やはり……!! シルビア様へマシュマロを食べさせる瞬間は、至高の一時!!! はあぁ……! 数ヶ月ぶりだ!! 妄想とはインパクトが違う……!!」
もはや凛々しくも、美しいカリアではなくなってしまっている。今のカリアは、リミッターが外れた発情した乙女。いや、変態? ともかくすごいことになっている。
こんな姿、ここの主人であるカインやシルビアにも見せたことはない。ただし、ルカはこのことを知っている。元々、ルカの紹介でシルビアに出会ったことから始まった。
今思い出しただけでも、カリアは昇天してしまうレベルだ。
当時のカリアは、男性にも女性にも隔てなく人気だった女騎士。実力もさることながら、美しい容姿に、誰にでも優しく、気の効く性格。
団長であるカインも彼女が団長でも良いんじゃないかと思えるほど優秀だった。しかも、カリアに憧れて当時少なかった女騎士もかなり増えたのだ。
そんなカリアを気に入ったルカは、娘に会って欲しいと頼み、カリアも快く受け入れた。信頼する団長の妻の頼みを断るなどできない。
なによりも、子供が好きだったカリアにとっては嬉しい申し立てだったのだ。
(シルビア様……成長する毎に、凛々しくも可愛く……あぁ! マジ天使尊い!!!)
最初は、可愛らしい女の子なのだろうと。いつも子供達と遊んでいた感覚で赴いたカリア。だが、シルビアとの出会いは、他の子供とは違い衝撃的なものだった。
なんと、空から舞い降りるかのように登場したのだ。
美しくも長い銀色のツインテールが、まるで天使の羽かのように靡き、赤い瞳に見つめられた時は時が止まったかのように動けなかった。
雰囲気が違い過ぎる。なんなんだこの子は。本当に五歳の女の子なのか? どんな屈強な男や、強敵の魔物を前にしても緊張することがなかったカリアが、初めて会う五歳の女の子に見詰められただけで、動けなくなってしまった。
『もしかして君が、母上殿が言っていたカリア殿であるか?』
極め付けには、自分よりも年上かのような態度に口調。子供ならば、生意気なぐらいが可愛いと思っていたテリアだったが、彼女のは違う。
まるで本当に自分よりも年上かのように感じる。そんな不思議な空気の女の子だった。
(あの時は本当に天使の使いなんじゃないかと思っていたが……まさか天使そのものだったとは……!!)
話していくうちに、今までの子供と違い過ごし方が壮絶だった。暇があれば、体を鍛えたり、書庫で知識を得る。
同じぐらいの歳の女の子ならば、人形遊びやままごとなどをしている。それか貴族であれば、習い事をしているだろう。ピアノやバイオリン、ダンスなどなど。だが、シルビアはそのどれもやっておらず、多少の礼儀作法はすでに備わっており、むしろ教える側だと言う。
本来の予定と全然違い、悪戦苦闘だったカリアだったが、マシュマロが好物だと聞く。そこで、他の子供達用に持っていたマシュマロがあったと思い出し、食べさせると……今までの雰囲気から一変し満面な笑顔が生まれた。
そのギャップに、カリアはやられてしまった。
この子の成長を近くで見てみたい。支えてみたい。もっと笑顔が見たいと。それからは、とんとん拍子にカリアはシルビアの専属執事になるべく行動を開始し、今に至る。
カリアに憧れた女騎士達も、カリアが行くのならば自分達も! とメイドとしてここで雇われたのである。
「……ふう。なんとか落ち着いた」
正直、昔のことを思い出してしまいまだ完全に興奮が収まったわけではないが、これ以上時間をかけてしまってはやるべき仕事がいつまで経っても終わらない。
シルビアの写真がプリントされた自前の枕をそっとベッドに置き、全身が映る鏡で確認しながら乱れた襟などを正す。
「か、カリア様? 落ち着きましたか?」
そろそろ落ち着いた頃だろうか? と思ったメイドの一人がノックをしながら声をかけてくる。
「ああ。大丈夫だ」
メイド達を安心させるために、いつもと変わらない姿で部屋から出てくるカリアだが、髪の毛がまだ乱れているのに気づき、櫛で整える。
「やはり数ヶ月ぶりだと破壊力が違いますか?」
「……あぁ、あれは……やばい」
「もしまだ無理なら、私達が代わりに」
「いや! そういうわけにはいかない。私は、完璧な執事。この程度で休むわけにはいかない。なによりもシルビア様が帰ってきている今、かっこいい私を見せたい……!!」
ぐっと拳を握り締め、切実に発言するテリア。
その決心に、メイド達は何も言うまいと頷く。
「では、お前達も自分の仕事に戻りなさい。それと、今現在シルビア様の大事な妹分であられるシャリオ様がシルビア様の自室でご就寝中。ナナエ様が傍に居るようだが、彼女も大事なお客様。彼女に代わり、シャリオ様をお護りしなさい。これはシルビア様直々のご命令。心して取り掛かるように!!」
《畏まりました! カリア様!! シルビア様のために、我らメイド隊。死力を尽くします!!》
シルビアからの頼みも、メイド隊に伝えた。
後は、自分の仕事をこなすのみ。
大丈夫だ。
もう大分落ち着いた。いつもの完璧でかっこいい執事である自分のはずだ。そう言い聞かせながら、廊下を移動していると、ユネ、ミミル、ピアナの三人が泊まる寝室のドアが空いているではないか。
そういえば、自分が出てくる時閉め忘れていた。
これは失態だと、ドアノブに手をかけようと伸ばす。
「へぇ、これがシルビアが小さい時に着ていた服なのね」
「わぁ、すごく可愛いねシルビアちゃん」
「……まさか八歳の時の服が着れるとは」
「ということは、八歳の時からあまり背が伸びていないってことですね」
「我輩としては、早く大きくなりたいのだが……」
会話内容が非常に気になる。
だが、今から自分には仕事がいくつもある。ここで寄り道をしていては、メイド達にも示しがつかない。
(でも気になる……! シルビア様がどんな服を着ているのか……!!)
誰も居ない廊下で仕事に早くいかないと! だけど見たい! だが仕事が! と一人葛藤するカリア。 脳内では保存してある私服姿のシルビアを思い出しながら、いったいどの服を着ているのかと自動再生してしまう始末。
このままで気になって仕事に手がつかない。意を決し、はしたないと思いつつそっと部屋の中を覗きこむ。
「これが着れたということは、これも着れてしまうのか……どうしたら、背が伸びるのであろうか?」
(…………うっ!?)
そこには、肩を出した白と水色のコントラストが素晴らしい洋服を着たシルビアの姿があった。
すぐに視線を外したため、即死は逃れた。
呼吸を整え、よし! と拳を握り締める。
「よし……! 堪えた。私は……堪えた……!!」
何よりもいいものが見れたと上機嫌になったまま仕事ができる。忘れないようにそっとドアを閉め、カリアはやっと自分の仕事に戻っていった。




