第二十九話「黄金の拳」
三日連続でーす。
「ウオオオオオオッ!!!」
獣如き咆哮と共に、巨人は動き出す。
岩の鎧纏っていた時とは比べ物にならないぐらいの俊敏性だ。常人ならば、一瞬姿を見失ってしまうだろう。
(お姉様!)
「うむ。行くぞ、獣の巨人よ!!」
目の前から一瞬姿を消し、背後からシルビア達をその鋭き爪で襲う。
が、シルビア達は解き放った金色の魔力にてそれを防いだ。
「これが【王の魔力】か……なるほど、これは強大だ」
初めて感じる【王の魔力】にシルビアは、感じ取った。油断をすれば、シルビアでもコントロールを誤ってしまうだろうと。
こんなものをまだ魔力コントロールもまともにできないシャリオが全開で使えばどうなっているか。
「我輩も、そこまで魔力コントロールが得意ではないが」
(わたしも手伝うから大丈夫!)
「そうだ! 我輩は一人で戦っているのではない!! でやぁ!!」
「グルォッ!?」
何とか切り裂こうと腕に力を入れていた獣の巨人へと強烈な回し蹴りを与える。
「まだまだ!!」
くの字となって吹き飛ぶ、敵を逃がさんと背後に先回りし、今度蹴り上げた。
「グルオオッ!?」
体勢を整えさせない連撃。
「落ちろ!!」
最後に、地面へと叩きつける。岩の鎧がない分、防御力はないだろう。これで相当なダメージを与えたはずだが……どうやらまだ戦えるようだ。
あれだけの連撃を食らいながらも、ゆらりと立ち上がる。
(えー! さっきので倒せないの!?)
「それなりに防御力はあるようだな。……お?」
ならば、もっと強烈な一撃をと思ったところへ予想外の攻撃が迫る。
「グラアアアアッ!!!」
その場から動かず、大きな口を開け、魔力砲を放った。
かなりの極太で、且つ回避はできない。
なぜなら背後には、護るべき馬車や一般人達が居るからだ。ナナエが居るためなんとかしてくれるだろうが、今のシルビア達は若干高揚していた。
「回避など不要である! 真正面から……叩く!!」
シルビア達は大きく右拳を振り上げ、迫り来る魔力砲へと叩きつけた。
(ぶっ壊れろー!!!)
「はああっ!!!」
氷でも砕いたかのように極太の魔力砲は、砕け散った。
予想外の出来事に獣の巨人も動揺しているようだ。
が、驚いている暇はない。
シルビア達は、すでに接近しているのだから。
「逃がさん!!」
シルビア達の接近に素早く動くが、二人には敵わない。逃げては、追いつかれ、逃げては追いつかれを繰り返し、ついに逃げれないと思った獣の巨人は攻撃を開始する。
早く重い打撃だ。
しかし、シルビア達はそれを真っ向からその小さき拳で受けてたった。普通に考えれば、シルビア達のほうが圧倒されるはずだが、圧倒されているのは獣の巨人。
(そろそろ決めようよ、お姉様!! お母様達を助けないと!!)
「うむ! では、ゆくぞ!!」
激しい攻撃のぶつかり合いは、シルビア達が終わらせる。視界から突如として消えたシルビア達を、獣の巨人は探すが、見つかるはずがない。
その巨体ゆえに、小さき二人が真下に居るなど容易に見えるはずがないのだから。
「でやああ!!!」
「グルオッ!?」
強烈なアッパーが顎へとクリーンヒット。天高く飛び上がった相手をシルビア達は【王の魔力】で構成された鎖で拘束した。
力任せに引き千切ろうともがくが、びくともしない。
暴れている内にシルビア達はより天高く飛び上がっていた。
「さあ受けよ!! 金色の力を纏いし、我らが一撃にて!!」
(悪い奴をぶった押してやるぞ!!)
そして、纏った金色の魔力は巨大な拳へと生成し、容赦なく振り下ろした。
《グロリアス・クラッシャー!!》
拘束していた鎖をも千切る一撃を食らった獣の巨人は、地面に叩きつけられる。最初の打撃の比ではないのは、平原に出来上がった巨大なクレーターが物語っている。
それでも獣の巨人は五体満足のようだ。
「かなりやり過ぎた一撃だった気がするが、それでも無事か」
ゆっくり空から降りながら、外見以上に頑丈さに感心しつつ、どうしたものかと思考する。どうやら気絶はしているようだ。
ならば、トドメの一撃を与えるか。
(お姉様! 狼さんからなんか出てきた!!)
びくんっと体が浮いたと思いきや、体をすり抜けるように赤い宝玉を出現する。
「……何者だ」
その宝玉から何かの気配を感じた、シルビアは問いかける。
宝玉は喋るのに呼応するように点滅し出した。
『これが【王の魔力】……そして、人の力か。しかと見させてもらった。感謝の言葉を送ってやる』
(むー! 送ってやるってなんだか上から目線!!)
「その口ぶり。君は、人間ではないということか?」
『答える気はない。だが、どうだ? 俺の提案を呑むのであれば、正体を明かして』
どうせろくでもない提案だろうと即座に判断したシルビアは、指先から小さな魔力弾を飛ばし、宝玉を容赦なく破壊した。
「断る」
すると、シルビア達の一撃を食らっても五体満足だった獣の巨人の体が砂のように崩れ落ちていく。
「あれが最後の核だったようだな」
(これで終わり? じゃあ、早くお母様たちを!!)
「……どうやらその必要はなくなったようだ」
戦いが終わったところへ、離れ離れになった四人がなぜかリューゼを捕獲したような形で連れてやってくるではないか。
どうやら自力で、脱出したようだ。
「おーい!! って……シルビア?」
「シルビアでもありシャリオでもある」
「おぉ、どうやら変身アイテムで合体しているようだね。うーん、中々の美少女っぷりだ。体はシルビアくんのようだが、シャリオくんと合体したことで若干成長しているようだね。その証拠に、胸が―――へぶっ!?」
冷静に分析をしていたリューゼは、地面に落とされ背中に大きなダメージを負った。ぴくぴくと痙攣しているが、なんとか無事のようだ。
「へぇ、これが二人の合体した姿かぁ。よく見ると、シャリオが成長したとも見えるわね」
「髪の毛を解けばどうでしょう? ……おー、確かにそう見えますね」
「本当にシャリオなのですか?」
合体と言われても、いまいちぴんっと来ていないリオーネは若干不安がりながら問いかける。
「本当だよ!!」
母親を安心させるために、合体を解く。
いつもの娘の姿を見て、不安が消えたようだ。シャリオもシャリオで、嬉しそうにリオーネに飛びつく。
「ご苦労さまー!! さすがはシルビアたん!! そしてシャリオちゃん!! お姉さんは嬉しいぞー!!」
いつものようにナナエが飛びついてくる。
本来ならば避けるところだが、今回は避けずに受け入れるシルビア。というよりも、今回は若干飛ばし過ぎたせいか異様に体が重いのだ。
これは合体した影響なのか。
しばらくは激しい運動は控え、疲労回復に集中すべきだ。
「いやぁ、ごめんね。あたしがついていながら」
「気にするんじゃないわよ。私達だって、こういうことがあるってことを覚悟してシャリオとリオーネさんと一緒に行こうって言ったんだから」
「きゃー! ピアナちゃん優しいー!!」
「ちょっ!? いちいち抱きつくんじゃないわよ……!?」
ユネ達も相当な戦いを繰り広げていたようだ。体中の汚れや傷などを見れば、誰でもわかる。ナナエに抱きつかれ引き剥がそうとしているピアナだが、腕に力が入らないのか中々引き剥がせないで居る。
いや、そもそもナナエを引き剥がすこと自体が難しいことゆえ、疲労がなくとも同じこと。
「よし!」
ピアナからユネへ、ユネからミミルへ、最後にリオーネと次々に抱きついたナナエは満足したのかいまだ仰向けに倒れているリューゼへと近づいていく。
「たくもう……ん? なんだか体が少し軽く、なったような?」
「……もしかして、生徒会長が?」
「ただ抱きついていたんじゃないんだね」
どうやら先ほどの抱擁は、ただの抱擁ではなかったようだ。先ほどまで疲労の色が目立った四人の顔色が和らいでいる。
シルビアでも気づかなかった何気ない回復行動。
闘気だけではなく、魔力まで程よく分け与えながら回復魔術で目立つ傷さえも治している。
さすがは生徒の頂点と言ったところか。見事な早業だ。
「おーい、リューゼー。大丈夫ー?」
「大丈夫ではないね。もうほとんど魔力が残っていないうえに、背中へのダメージが凄まじい。それと、中々考えられた位置にしゃがみこんでるね、ナナエくん」
「まあねぇ。あたしも一応女の子だからねー。下着へのガードは固いですぜ」
リューゼが首を動かせないのも計算しての位置にしゃがみながらどこから持ってきたのか木の枝で面白白そうに突いている。
「あ、あのお客さん方」
戦闘後のひと時を楽しんでいると、一人の御者が声をかけてくる。
「おっと、ご無事でよかったよかった! どうだったかな? 我がボルトリンの生徒達の力は。と言っても、見たのはシルビアたんだけだったけどね」
「え、ええはい。とても見習いとは思えない戦いで、私どもはびっくりです。本当にありがとうございました……。これで護衛がいらないと言った理由をはっきりと理解できましたよ」
本来ならば道中、何があるかわからないため護衛などを雇って共に行動するのが一般的なのだが、ナナエはあえて護衛はいらないと言っていたのだ。
御者も乗っているのが冒険者を目指すボルトリンの生徒達だから大丈夫なのか? と半信半疑だったようだが、シルビアの戦いを見て疑問が消えたようだ。
「でしょ? 下手な護衛よりもこの子達のほうがすごいのだ! えっへん!!」
「なんであなたが誇らしげなのよ」
「生徒会長だから!!」
なるほどと納得してしまう言葉だった。
「さあ! 旅はまだ続く!! あたし達が向かうのはシルビアたんの実家があるフラッカだよ!!」
「すまない。行くならば、私も連れて行って……おや? 君達、どうして私を放置するんだね? な、ナナエくん!! 待ちたまえ!!」
自分達を阻む者はもういない。馬車での旅を再開せんとシルビア達は動けないリューゼを置いて、そそくさと馬車へと乗り込んでいく。
このまま置いていかれるのか!? と不安がっていたリューゼだったが、すぐシルビア達が乗っている馬車が横で止まる。
「大丈夫だよ、リューゼ。さすがに置いて行くなんて非道なことはしないって。だけどさ、どの馬車も満員なんだよねぇ。だから」
「うおっ!? こ、これは」
ロープでぐるぐる巻きにされ、馬車の上へと放り投げられる。
「よいしょっと。これでいいかな。本当にごめんねー、でもここしか乗れる場所がないからさ」
「いや待て。なら、君達の足下でも」
「それはだめ。覗くでしょ絶対」
「な、ならば御者の隣が空いているではないか!」
「あっ、そういえばそうだったね」
「私は、構いませんが」
リューゼの必死の訴えで、なんとか御者の隣に納まり、馬車は走り出す。
目指すはフラッカ。
そこで、楽しい夏の長期休みを満喫するために。
「……ふっ、よほど疲れていたのだな」
馬車が走り出してすぐ安堵したかのように、シルビアとナナエ以外の五人が眠りに落ちた。
シャリオも思っていたよりも【王の魔力】を使ってしまっていたゆえに、シルビアの膝に頭を乗せぐっすりだ。
「くー、寝顔マジ可愛いー! 撮っておこっと」
「ほどほどにな。皆、よく頑張ったのである。今は、静かに眠らせてやろう」
と、ナナエが興奮したように写真を撮っている中、シルビアはシャリオの頭を撫でた。




