第二十四話「出遅れた」
夏の長期休みに入ってから二日が経ったボルトリン校内にて。
一人の男が大声を上げて、生徒会室へと突撃していく。
「やあ!! ナナエくん!! 久しぶりに私がきたぞ!!」
若干髪の怪我乱れたリューゼだった。
ドアを乱暴に開け、中へと入ったが……そこにはナナエは居らず、副会長のマイキーが資料の確認をしていた。
「おや? ナナエくんは?」
「会長なら、二日前に出て行きましたよ。一年のシルビア=シュヴァルフの実家に」
「なんと!? では、保護対象の二人も!?」
「はい。当然一緒についていきました」
「少々出遅れたようだな。仕方あるまい! 私が自ら出動し、届けるほかないか!」
一瞬落ち込んだリューゼだったが、すぐに立ち直り白衣のポケットから黒い腕輪を取り出す。
「それは?」
「うむ。実は、シャリオくんの鎧の調整をしていたんだ。だが、それと同時進行で他の仕事が入ってしまっていてね。なんとか鎧のほうに手を回していたのだが……」
リューゼは、ボルトリンのどこかにある専用の研究室で仕事をしている。試験官長という役どころは副職で、本来は科学者として活躍している。
正体不明の凄腕科学者。
この世界においての機械文明を広めた一人の天才でもある。彼が作り上げた機械は、数知れず。人々の生活に大いに役立っている。
「出て行くのなら、私に一言言ってからでもいいじゃないか! 美少女の行ってきますが聞きたかったのだよ私は!!」
「会長の提案で、リューゼさんの邪魔にならないようにと気を利かせたようです」
「ナナエくん! そういう時だけ気を利かせなくていいのに……! くっ! こうしては居られない! マイキーくん! ナナエくん達はどこへ!?」
机が壊れるんじゃないかと思うほど、両手で叩きながらマイキーへ身を乗り出す。
「西です」
「承知した! では!」
向かった方向を聞いたリューゼは颯爽と生徒会室から出て行く。
静かになったところで、マイキーは呟いた。
「本当、会長の知り合いは騒がしい人ばかりだ……」
「当然だ! 波長が合う者同士が知り合うのは運命なのだからね!!」
と、出て行ったはずのリューゼが窓から一瞬顔を覗かせ叫ぶ。
「……仕事に戻ろう」
だが、特に気にせずマイキーは仕事を再開した。
リューゼは、外に出た後、白衣が激しく靡くほどの速度で馬車乗り場へと向かった。しかし、そこには一台も馬車がない。
いや、そもそも今から馬車で追いかけても追いつくのは彼女達が目的地に到着してからだ。
(そう! それでは遅すぎる!! 私の直感が叫んでいる。彼女達に危機が迫っていると!! そして、その危機にはこの新機能を搭載した【汎用型携帯鎧アグリオン】が必要となると!!)
「ねえ、あの人。何一人でポーズ決めてるんだろ」
「さあ? ていうか、あの人試験官長じゃない?」
一人激しくポーズを決めながら思考しているリューゼを偶然通り掛ったボルトリンの生徒達が見つける。が、あまり深く考えることなくそのまま去って行く。
そもそも声をかけれる雰囲気ではない。
その後も、一般人に見られながらもリューゼは思考し続ける。
(そうだとも! シャリオくんにはやはり私が開発したこの鎧が必要だ! 今回搭載した機能は自分でも素晴らしい出来だと思っている! ナナエくんとのトークを元に作り上げたこの!!)
途中から考えるの止めて、誰に自慢しているのか今回鎧に搭載した新機能の説明を脳内声で喋り続けたリューゼは、唐突にハッと我に帰る。
「おっと、こうしては居られない。こうしている間にも、ナナエくん達は遠ざかっていく。よし! いざ行かん!!」
「……やっと行ってくれたか」
長時間ポーズを取り続けながら、思考していたリューゼをずっと見ていたアイスクリーム屋の店員はやっと移動したかと安堵の声を漏らす。
・・・・・☆
「うーむ。これは……分断されてしまいましたね」
「あっちは大丈夫だと思うけど。こっちは中々厄介そうね。ミミル、リオーネさんは大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
出口のようなものが一切ない広々とした石造りの空間。
その中央に、ユネ、ミミル、ピアナ、リオーネの四人が居た。リオーネを護るように陣形を組んで周囲を警戒しているが、どうしてこうなってしまったのか。
それは今から数分前までさかのぼる。
フラッカへと向かい二日が経った昼食時。
そろそろ休憩に入ろうと馬車から降りた瞬間だった。
突然足下から複数の魔方陣が展開。
瞬時にこれはやばいと感じたシルビアは【魔砕拳】にて魔方陣を粉砕した。しかし、破壊できたのはシルビアとシャリオ、ナナエを囲んだ魔方陣のみ。
かなり強力な魔力で構成されていたものらしく、ピアナでも抵抗できず別の場所へと転移させられた。
気づいた時には、この出口のない部屋に座り込んでいたのだ。
「まったく、誰よこんなことしたの」
「まあ、普通に考えるならばシャリオを狙っている勢力、でしょうね」
戦力を分断させ、シャリオを確実に手に入れるために。リオーネを人質にすれば娘であるシャリオは大人しく従うだろうという考えなのかもしれない。
シャリオ側には、シルビアとナナエがついているため心配はいらないが……。
「……どうやら、お出ましのようね」
今まで出口らしきものがなかった壁に、複数の出口が出現。
そこからは、見た事のない岩の人形達が次々に入ってくる。
「【ゴーレム】?」
「いいえ、似ていますが何か違和感を感じます」
岩の体をもった魔物として有名なのは【ゴーレム】だ。部屋に入ってきている岩の人形は、確かに【ゴーレム】に似てはいるが、リオーネは冷静に観察し呟く。
「あんな【ゴーレム】は魔物図鑑でも見たことがありません。特に額についている宝石。あんなもの確認されている【ゴーレム】達にはないもの」
「じゃあ、新種ってこと?」
「へえ、新種をこれだけつれてきてまで、シャリオを手に入れたいってことか……」
「かなり本気ってことですね」
そういうことならば、こちらも本気で戦おう。
三人は、徐々に近づいてくる謎の魔物と対峙するために構える。
「右は私に任せなさい。ユネは左、ミミルはリオーネさんを護りながら私達の援護よ!」
「はい! 左、お任せあれ!!」
「私も頑張るよ!! まずは二人を強化!! 《ダブル・ブースト》!!」
物理攻撃力と魔術攻撃力を同時に強化できる中級魔術だ。
「更に《エア・スピード》!!」
俊敏性を上げつつ、風による加護で一時的に魔術攻撃を受け流すことができる。これも中級魔術だ。瞬時に、二つの中級強化魔術を使ったミミルに感謝しつつユネとピアナは飛び出す。
「新種だか、なんだか知らないけど。数で押し切ろうとしているってことは、それだけ弱いってことでしょ!! 《フレア・ウォール》!!」
数など関係ないとばかりに、炎の壁にて魔物達を囲むピアナ。
「畳み掛ける!! 燃え尽きろ……《ランス・オブ・ウォール》!!」
そして、壁を槍へと変え、攻撃する攻撃魔術にて魔物達を貫く。どうやらピアナの考え通り、そこまで大した強さではなかった。
一撃で、五体もの魔物が消滅した。
「負けてられませんね!! ボルトリンで培ったユネの蹴り技……ここで輝かせる時! はあっ!!」
ピアナには負けてられないと、鍛え上げられた足で一気に魔物との距離を詰める。
闘気を足に纏わせ、腹部目掛け突き出す。
「《突貫衝波》!!」
ただ闘気を纏った蹴りではない。一体を貫き、そのまま蹴りの衝撃波が背後に居た魔物達をも貫く。普通ならば、一撃で倒せる威力の技だ。
しかし。
「むむっ! これを食らっても動きますか……ということは」
強烈な一撃を食らってもまだ動く魔物を見て、ユネは即座に額に宝石を見詰めた。
「これでどうですか!!」
振り下ろされる攻撃を回避し、そのまま宝石を蹴り砕く。
「ふむ。やはり弱点はそこみたいですね」
まるで、積み重ねた岩が崩れるように消滅した。
「あら? やっと一体倒したの?」
ピアナがいつものように小馬鹿にしてくるので、ユネは魔物の頭を次々に踏んでいき。
「一体? 何のことですか」
一気に四体を撃退してみせた。
「ふ、二人ともー! 今は喧嘩はなしだよー!!」
「えーっと、とりあえずわたくしも微力ながらサポートをしますね」




