第二十三話「まだまだ続くよ」
橋が壊れていたせいで、若干の回り道となってしまったが、その後数時間は特に変わったことはなく順調に旅が続いている。
馬車内では、予め用意していたクッキーを分け合いながら食べている。
「それにしても、橋が壊れていたなんて災難ですねー」
クッキーを齧りながら、ユネが呟く。
「まあ、長く旅ができると思えば……」
「そうね。馬車とはいえ、こうして旅をするというのは私達冒険者にとって普通のことだから。それに、こういう突然のトラブルも楽しまなきゃ」
「ですね。とはいえ、リオーネさんやシャリオは大丈夫ですか?」
自分達は少しの長旅は大丈夫だが、リオーネやシャリオはどうだろう。ユネの問いかけに、リオーネは余裕の笑みを浮かべていた。
「大丈夫ですよ。これでも、旅は体験済みですから」
「あっ、えっと」
そこで、ユネは二人の境遇を思い出す。国を失い、毎日のように命を狙われる恐怖と戦いながらの逃亡。それを思い出させてしまったのではと、言葉が詰まる。
だが、リオーネはユネを安心させるように手を握り締めた。
「お気になさらず。最初は正直きつい生活でしたが。今となってはあなた方と出会うための試練だったと思えばどうということはありません。それに、まだ娘が狙われている。この程度で、へこたれてなんていられません」
「おー、お母様かっこいい!!」
「え? そ、そうかしら?」
リオーネは当たり前のことを言ったつもりだったようだが、娘でありシャリオにとってはいつもと違う母親の姿を見て素直にかっこいいと思ったようだ。
その眼の輝きようから、誰が見ても明白だ。
「よかったねぇ。かっこいい人達に囲まれて」
いつものだらしない表情ではなく、小さく笑いながらナナエはシャリオの頭を撫でる。
「うん! 前だったら、お料理上手で優しいお母様だったけど。今だったらお料理上手でやさかっこいいお母様だよ!!」
「や、やさかっこいい?」
唐突な合体言葉にリオーネは喜んでいいのか、微妙な反応をする。やはり、こういうところは子供だなと周囲はほんわかな空気となった。
古代兵器をも動かす特殊な魔力。【王の魔力】を保持し、なんでも吸収する才能を持っているが。まだまだ八歳の子供。リオーネから話を聞いたが、王城に居た頃よりも大分元気がいいとのこと。
「お客さん方! そろそろ山に入ります! 馬車が揺れますので、ご注意ください!!」
会話に花を咲かせていると、御者から山を登るとの連絡は入る。
それを聞いたシャリオは、目を見開きシルビアの膝の上に乗りながら、窓を開ける。
「こら、シャリオ。危ないですよ」
「大丈夫! それより、お母様! すっごく! 大きな山だよ!!」
山を見上げるのは初めてなのか、大喜びのシャリオだったが、これ以上は危ないとシルビアは真ん中へと戻し窓を閉める。
「おっと。上り始めましたね」
平坦な道を進んでいた時よりも、揺れが大きくなった。坂を上っているため、馬車が傾いているのもいい証拠だ。
本来ならば、馬車で通るようなところではないのだが、正式ルートが通れないため仕方ない。後ろからも他の馬車が後に続くように上ってきている。
「この山はなんという山なのでしょうか?」
「ここはアガトー山という鉱山だ。昔はこの山の天辺に小屋を建てて、寝泊りしながら鉱石を掘り、売買していたようだ」
「へえ。そういうところだったのね。てことは、今でも天辺には小屋があるの?」
「あるとも。ここに鉱石を掘りに来る冒険者達の休憩場として使用されているようだ」
ギルドに申請される採取クエストでも、鉱石の採取があり、一番近い鉱山がここアガトー山だ。
「一年の歴史で教えられることだけど、夏の長期休み後かなぁ。あたしの時もそうだったし」
「てことは、シルビアは先取りしちゃってるってことですか!?」
「いやまあ、これぐらいならば図書館にある歴史書などに載っているはずであるが」
「そうなんですか!?」
「あなたは、図書館で読書とかしなさそうだからねぇ。驚くのも無理ないわ」
いつもの小馬鹿にするような物言いに、ユネはむっと言い返す。
「そういうピアナだって、毎日特訓しているイメージがあります。図書館で読書をすることなんてあるんですか?」
「当然あるわよ」
「じゃあ、どんな本を読んでいるか言ってみてください」
「主に魔術関係の本よ。術士は、常に魔術の知識を頭に溜め込んでおかなくちゃならないからね。疑うなら、図書館カードでも見る? 今はないけど、ボルトリンに帰ったら見せてあげるわ」
迷うことなく自身満々に答えるピアナに、ユネは嘘ではないと感じ取る。もし、これが演技だったとしたら彼女はよほど演技の才がある。
これ以上追求しても、無駄だろうと残っていたクッキーへと手を伸ばす。
が、その時。
「わひゃっ!?」
突然馬車が大きく跳ねた。
それにより、掴もうとしていたクッキーが宙を舞う。
「おっと」
落ちる前にシルビアがキャッチしたため大丈夫だったが、いったいどうしたのだろう? と御者に声をかけるユネ。
「すみませんね。どうやら大きめの石に車輪が乗り上げてしまったようで。お怪我はありませんか?」
現在進んでいる道は、かなり狭い。
馬車が一台やっと通れるほどだ。回避しようにも、その先は壁に崖となっている。仕方ないと言えば仕方ないことだ。
「いえ、こちらは大丈夫です」
「そうですか。そろそろ山頂へ着きます。そこで休憩をしますので、もうしばらくお待ちください」
「わかりました」
大分上ってきたみたいだ。窓から外を確認すると、かなりの高さだということがわかる。
「うわー、ここから馬車ごと落ちたら助からないかもしれませんね」
「こ、怖いことを言わないでよ! ユネちゃん!」」
「す、すみません。つい口から出ちゃいまして」
真ん中に居るミミルには、窓からどれほど高いか見ることができないためユネの言葉が余計に怖くなっているようで、自然と護るべき存在であるリオーネにぴたっとくっ付いている。
「でも、その心配もなさそうだよ」
「お客さん方! 山頂に到着しました。ここから、十五分の休憩に入ります」
どうやら山頂に到着したようだ。
止まった馬車から、一目散にシャリオが降りようとするのでシルビアとナナエが一緒に降りていく。
「わー! わー!! 凄い景色だね!!」
降りてすぐ山頂からの景色に感動を覚える。心地いい風が吹き、いつもよりも青空が近くに感じるこのなんとも言えない感覚。
シルビアは、懐かしむように風を肌で感じていた。
(ここから見る景色は変わらないな。思えば数十年ぶりか)
シルビアは、ボルトバだった頃何度かここに訪れていた。鉱石を掘るためでもあるが、山頂にある小屋を建てたのは、実はボルトバとその仲間達なのだ。
ギルドに申請されたもので、ここで寝泊りしながら鉱石を掘りたいという鉱山夫達の願いで、ボルトバが仲間達と建築。
(昔と変わっていない。何度か修復されている部分があるが……おっ、増えているではないか)
ボルトバが建設した小屋の隣に、もう一軒小屋が建てられていた。おそらくボルトバが来なくなってから、誰かが建てたのだろう。
ここまで木材を持ってくるのも一苦労だというのに、よく建てられている。
「お姉様!! わたし小屋の中に入りたい!!」
十分景色を見たシャリオは、シルビアの服を引っ張り小屋を指差す。
「……うむ。では、行こうか」
「うん!!」
「あっ、待ってー! あたしもついて行くー!!」




