第十四話「とある休日」
「ふー!! ひろーい!!」
リオーネとシャリオがやってきて初めての休日。ずっとボルトリンから出ることを許されなかった二人を、ナナエやシルビアが同行し、周囲をマイキーを含めた生徒会役員達が警戒することで安全確保は万全。
そこで、二人がやってきたのは……。
「シャリオ。他のお客様が居るのだから、あまりはしゃいじゃだめですよ」
「でも、今の時間わたし達以外いないみたいだよ? お母様」
「わざわざ空いている時間を選んだからね。来たとしても今の時間帯だと数人程度だよ。だから、お風呂で泳いじゃっても大丈夫!!」
「泳いでいいの!?」
「だめです。そんなはしたないことをしちゃだめですよ? ナナエさんも」
王都にある大浴場だ。
シャリオは、広々とした大浴場を目の前に今にも飛び込みそうなはしゃぎようだ。
「えー!? だめなの?」
「だめです。これは、王族だとかそういうことじゃなく、周りのことを考えての注意なのですから」
「まあまあ、リオーネさん。そう言わず。お風呂場とは、そういうものを考えず無礼講であるべき! てのがあたしの世界の常識なんですよ? 全てを脱ぎ捨て! 裸の状態で相手と向き合え!! だよ!!」
「だよ!」
などと言って、タオルを体に巻くことなく堂々とするナナエ。
これには、シャリオもノリノリで真似をしてしまい横に並ぶ。
「もう……」
リオーネも、もう王妃ではないことは重々承知している。だからこそ、王族らしくしろとは言わない。だが、それでも人様から見て恥ずかしくない行動をしてほしいと思っているようだ。
そんなリオーネに、シルビアは背中を軽く叩く。
「シルビアさん?」
「少しは肩の力を抜いたほうがいいのである。確かに、周りに迷惑をかけないようにという考えは正しい。だが、ナナエも言ったように今は無礼講だ。ほら、シャリオも待っている」
視線を向けると、シャリオがリオーネを待っていた。髪の毛や体を洗い合いたいのだろう。ナナエも、笑顔で手招きをしている。
「……確かに、そうですね。数週間狙われる生活をしていたので、それが染み付き始めていたのかもしれません。今日は、その染み付きを洗い流しましょう。さあ、シルビアさんも」
「承知したのである」
ガオザ王国が滅んでからは、ずっと逃げの毎日。
慣れない旅。
慣れない野宿。
今まで、城の中で何不自由なく暮らしていた二人にとっては、ここ数週間逃亡生活はつらいものだったろう。
ボルトリンで保護してからも、リオーネの様子はずっとおかしかった。常に周りを警戒していて、寝ている時も何かにうなされていた。
平常心を保っているように見えても、彼女はずっと狙われていた時のことが染み付いて忘れられなかったのだ。そのためリオーネ自身も言ったことだが、それを洗い流す意味も込めて大浴場へと訪れた。
「お城の大浴場に負けないぐらい広いねぇ」
「ええ。それに、なんだか体が安らぐこの香り……なんなのでしょうか」
頭も体も洗って、四人仲良く浴場へと浸かる。
そこで、リオーネは不思議な匂いを感じ取った。
「この匂いは、王都の薬剤師が特別調合したもので、精神への安らぎをもたらす効果があるんだよ」
「なるほど……確かに、これは安らぎますね」
すっかり肩の力が抜けてしまったリオーネは、目を閉じる。
「お姉様! 見て見て!! 肌がすべすべー!」
「ほう。それはよかったな。女子は、肌を大事にすべきだ」
「そういうシルビアたんも……すべすべだー!」
と、背後からナナエが飛びかかって来るが、横にずれて回避する。
「はぶっ!?」
シルビアが回避したことで、思いっきり湯へと激突。
飛び跳ねた湯が、リオーネへとかかってしまった。
「きゃっ!? もう、ナナエさん! 多少は良いですけど、度が過ぎると怪我をしますよ!」
「えへへ、ごめんごめん。もう! なんで避けちゃうの? シルビアたん!」
「危険を察知したのでな」
「お姉様ぁ!!」
次は、シャリオが飛びついてくる。しかし、シルビアは回避することなく普通に受け入れた。それを見たナナエは敗北感を味わったようで、肩をがっくり落とす。
「な、なんでシャリオちゃんはいいの!?」
「危険がないからである」
「これが純粋無垢な子供の凄さか……」
「ナナエお姉ちゃんはなんで落ち込んでるの?」
「なんでもないのである」
「なんでもあるよー!!」
急に叫び出したと思いきや、勢いよくお湯をかけてくる。
「あまい!」
「わひゃ!?」
シルビアは瞬時に回避し、お返しとばかりにナナエへとお湯をかける。
「もう一発!!」
連係プレイかのように、シャリオもナナエへとお湯をかける。
「それは食らわないぞー!!」
二度も食らうかとシャリオの攻撃を回避したところ、丁度背後にリオーネが居たため思いっきり顔にかかってしまった。
「きゃっ!?」
「あっ」
「やば」
二度も湯をかけてしまった。これにはさすがのリオーネも、体を震わせている。
「さっき注意したばかりじゃないですか! もう怒りましたよ!!」
「きゃー! お母様が怒ったー!」
「待ちなさい!!」
「逃げろ逃げろー!!」
・・・・・☆
「いやー、いい湯だったねぇ」
「であるな」
大浴場にはかなり長居した。が、そのほとんどがナナエ、シャリオ、リオーネによる追いかけっこだった気がするシルビア。
追いかけっこも長かったが、ゆっくり湯に浸かることもできたのは事実。
証拠に、リオーネの表情はとても緩やかなものだった。
「でも、よかったのですか?」
「どういう意味であるか?」
火照った体から湯気が立っている。大人の色気を感じるリオーネは、少し申し訳なさそうな表情でシルビアに言う。
「来週から長期休み前のテスト期間なのですよね?」
「うむ」
来週には、長期休み前のテスト期間へと入る。その後、生徒達は待ちに待った長期休みへと突入するのだ。そんな大事な日が来週にあるのに、自分達に付き合っていて良いのかとリオーネは言いたいのだろう。
「あたしは大丈夫だよー。いつもテストなんてちょちょいのちょい! だからねー」
「我輩も大丈夫だ。日ごろから真面目に授業を受け、テスト勉強もしっかりやっている。対策はばっちりなのである」
「そう、ですか。それならばいいのですが」
二人の発言で安堵したように笑うリオーネ。現在は、ボルトリンへと帰っている途中だ。空間魔術で一気に帰るのではなく、少し寄り道がてら王都の街並みを見せている。
視界に映る範囲には、マイキー達はいないが常に待機している。よほどのことがない限りは、動くことはないだろうが念のためだ。
「お母様! アイスクリームだよ!」
「あら、おいしそう」
そろそろボルトリンに到着しようとしていた頃、シャリオがアイスクリームを売っている店を発見。シルビアは、すぐに人数分のアイスクリームを購入し再び歩き出す。
「おいしいー!」
「ええ、火照った体にいい冷たさですね」
アイスクリームを食べながら、楽しく会話に花を咲かせながら徒歩でボルトリンへと到着。すると、校門前に一人の男性が堂々と立っていた。
その男性に、シルビアは見覚えがある。
薄緑色の長い髪の毛を一本に纏めており、体が細い白衣を着込んでいる。
「やあ! 久しぶりだね!!」
「……リューゼ、だったか?」
入学試験の時に出会ったきりのインパクトが強かった試験官長リューゼだった。
「そうだとも! 私の名は、リューゼ! ある時は冒険者学校の試験官長!! またある時は、白衣を来たナイスガイ! そして」
「あー! 鎧をくれたおじさんだー!!」
ポーズを決めながら色々と喋っていたリューゼだったが、シャリオの言葉で一時停止する。
「なに? それは本当なのか? シャリオ」
「うん! この人が、わたしに鎧くれたおじさんだよ! お姉様!!」
衝撃の事実だ。まさか、あのリューゼがシャリオに鎧を渡した知らないおじさんだったとは。確かに、研究員のような格好をしているが、彼は試験官長だったとシルビアは認識していたためまったくの予想外だ。
そうなると、彼はナナエの知り合いということにもなる。どうなんだ? とナナエへと視線を送る。
「やあ、リューゼ。幼女におじさんって言われてどう?」
「ふん……なかなかいい気分だ。私はまだ二十代だが! こんなにも無垢なまでの言葉攻めは心地いいぐらいだ!!」
「あのおじさん何言ってるの?」
「我輩にもわからない」
さすがにシルビアでもわからないリューゼの言動。ナナエはわかっているようで、まったくいつも通りだねーっと笑顔で彼の背中を叩いてる。
「あの、リューゼさん」
「ん? あぁ、あなたか。どうしたんだ?」
「まだお礼を言っていなかったので。無償であんなものを恵んでいただきありがとうございます。もし、あの鎧の力がなかったらわたくし達は……どうなっていたか」
「ふっ、頭をあげたまえ。私はただその子に可能性を見出したため鎧をプレゼントしたまでだ! だが、その鎧もまだ未完成でな。色々と調整をするためこうして立ち寄ったわけだよ」
あの性能でまだ未完成ものだったとは更に驚きだ。彼の技術はいったいどこまでのものなのか。言動は中々ナナエに匹敵するほどおかしいところがあるが、能力は本物のようだ。
落ち着いた様子でシャリオへと近づき、手を差し出す。
「さあ、シャリオくん。鎧を私に」
「はーい」
素直に腕輪となった鎧をリューゼに渡すシャリオ。腕輪を受け取ったリューゼは、それを白衣のポケットに仕舞う。
「では、しばらく時間を貰うが。その間は、あまり危険な行為は避けたほうがいい。君達は狙われているのだからね」
「お姉様が居るから大丈夫!」
「さっきから気になっていたが、お姉様か……」
「なんであるか?」
じっとシルビアとシャリオを交互に見詰めた後、満足げに笑いそのまま去って行く。行く先は、ボルトリンだったためボルトリン内のどこかで鎧の調整をするのだろう。
「相変わらず面白いおじさんだったねぇ」
「最初に出会った時も、あんな感じだったのか?」
「そうだよ」
「見ず知らずのわたくし達に色々と親切にしてくださって。こちらへ逃げるように言ってくれたのもあの人なんです」
つまり、最初からシルビア達と出会うように仕向けた? いや、ナナエと知り合いなのであれば特務にも関わっている人物の一人なのか? どちらにしろ普通ではないことは確かだ。
「じゃあ、あたしは生徒会室に戻るね。シルビアたん! 他の三人にもテストを頑張るように伝えてねー!」
「わかったのである」
ナナエと別れ、部屋へと戻り念のためテスト勉強をしたシルビアだった。




