第十二話「噂の」
「し、シルビア!! あの噂って本当なの?!」
「噂?」
長期休み前のテストも後数日と迫っていた。
さすがに、シルビアも勉強をしておかなければならないと寮の部屋で一人教科書とにらめっこをしながらノートにペンを走らせていた頃だった。
ノックをせずにピアナがシルビアの部屋へと入ってくる。
鍵を閉めていなかったシルビアもシルビアだったが、さすがに急いでいてもノックぐらいはしてほしかったと思いつつ、彼女を出迎える。
「ほ、ほら! 最近食堂で働くようになった……あれ?」
「お姉さま! この人が噂の家出貴族だね!!」
「こら、シャリオ。そういうことを言っちゃだめよ。あっ、ピアナさん。改めまして、ボルトリンでご厄介になることになりました。リオーネです。よろしくお願いしますね」
慌てるピアナに対し、リオーネはシャリオを軽く叱りつつ挨拶を交わす。そんな丁寧な対応に、ピアナも釣られるように頭を下げた。
「あ、はい。よろしく、お願いします。……って、なんであなたが!? そ、それにその子は!?」
だが、また慌て出しリオーネとシャリオがどうしてここに居るのかを問いかける。
「おー、まさか新たな食堂の人がシルビアと一緒に暮らしてるなんて」
「トップ寮の部屋の広さから考えると大丈夫だと思うけど。もう一人居るなんてびっくり」
案の定だが、ユネとミミルもついて来ていたようで、ピアナの後ろでこちらの様子を観察していた。
「落ち着くのである。この二人に関しては」
「あたしから話そう!!!」
「生徒会長!? ……なんで、シルビアのベッドから?」
「お昼寝中だったからさ!! それよりも、この二人に関してはできるだけ内密にして欲しいわけだよ。リオーネさん。あなたも気軽に実名を名乗っちゃだめだよ」
自然にやったことだったが、ナナエに指摘され思いだしたのか。リオーネは頬を赤くし、縮こまってしまう。
「あっ。も、申し訳ありません。つい……」
「もー、お母様はドジだなー」
ドジってしまった母親に抱きつき邪気のない笑顔を振りまくシャリオ。自分がドジってしまったのは事実なため何も言い返せず、ただただ縮こまっているリオーネ。
微妙な空気になったしまったが、ナナエは構わずピアナ達を部屋へと招きいれドアを閉める。
「さてさて、君達には特別に教えてあげるよ。あたしの手伝いをしてくれたし、シルビアたんと特に仲がいい子達だからね。でも、他に人達には内密にね? この二人は、今正体を隠して暮らしているから」
三人もいつもと違うと思ったのか、素直に頷いた。
そして、ナナエは語る。
二人がどうしてボルトリンで暮らしているのかを。その語りの中で、シルビアは同時に思い返す。あれは今から数日前の話だ。
・・・・・☆
滅びし王国ガオザの元王妃リオーネと王女シャリオを連れて、シルビア達はボルトリンの生徒会室へとやってきていた。
ガゼムラへと入る時に、門を通らずナナエの空間魔術で一気に移動をした。明らかに不法侵入のような感じだが、大丈夫なのだろうか? とリオーネは心配している様子だ。
「大丈夫だよ、リオーネさん。すでに上にはあなた達のことは伝わっていますから」
「そ、それはガゼムラ王へ、ということですか?」
「もちろん。だから、普通に門を通っていくのも良いんだけど。それだと時間がかかるからねぇ。それに、いつまでもあなた方を放置していると狙ってくる連中が多いですから。特に……シャリオちゃん」
「ほえ? わたし?」
本人は理解していないようだが、リオーネは理解しているようで娘の頭を撫でながら沈んだ表情になる。
「どういうことだ?」
さすがのシルビアもわかっていないため、ナナエに問いかける。
「このことは、あまり知られていないことなんだ。もちろん身内にも。世間にもね……リオーネさん」
「……大丈夫です。シャリオ、あなたもしっかり聞いておきなさい。あなたに関わることですから」
「うん! わかった!!」
リオーネの許しを得たナナエは、さっそくシャリオが狙われる理由を語り出す。
「シルビアたんも、知っていると思うけど。シャリオちゃんは、珍しい鎧を纏っていたよね?」
「ああ、かなり珍しい鎧を」
今思い出しても、不思議な鎧だった。なぜか腕が高速回転したり、腹部を開けたら蒸気が漏れ出したり。今考えれば、あれはただの蒸気ではなく魔力が霧状になったものだったのかもしれない。
さすがに、あれだけの蒸気が漏れ出す中をシャリオぐらいの小さな子がずっと入っているのはおかしいことだ。
「あの鎧ね、実はあたしの知り合いが渡したものなんだよ」
衝撃の事実だ。ナナエの知り合いということは、鎧をシャリオに渡したおじさんとやらも異世界出身なのだろうか? あんな高性能な鎧を無償で子供に渡すほどだ。
常人では考えられない頭をしているのは確かだろう。
「え? あのおじさん、お姉ちゃんの知り合いだったの?」
「おじさんかー。まあ、あの人はそこのところは気にしないだろうし、いいか。そうそう! そのおじさんは、お姉ちゃんの知り合い! あの鎧はね、そのおじさんの夢と希望を詰め込んだもので。扱える人は、珍しい魔力を持っていないと無理って変な設定もあるんだよね。しかも、女の子限定!!」
なんともめんどくさい設定か。が、あれほどの鎧を作る人物だ。色々とこだわりというものがあったのだろう。
「つまりシャリオは珍しい魔力を持っている、ということなのか?」
「正解! シャリオちゃんは、ガオザ王国ではもう忘れられかけていた伝承にある魔力の保持者。通常の魔力は青色だっていうのは知ってるよね?」
「もちろんだ」
試しに、シルビアは魔力の塊を掌から出現させる。
「だけど、シャリオちゃんの魔力はなんと! 黄金なんだよー!!」
「黄金? それは……確かに珍しいな」
「通称を【王の魔力】! 限られた王族にしか保持していないと言われる魔力! ここ数千年は、その保持者が現れず次第にもうなくなったんじゃないかと言われ始め、ついに自然に忘れられていった……。しかし! そんな時、シャリオちゃんが誕生した! 数千年の時を得て、王の力を保持した子が!!」
語っていくナナエのテンションも次第に上がっていく、なぜか椅子の上に立ってしまった。
「会長。小さい子が見ている前ですよ。下りてください」
「おっと、ごめんごめん」
しかし、すぐにマイキーが冷静に指摘し、ナナエは下りる。
「その魔力のすごいところは、古代兵器を操ることができるってところだね」
「なるほど、理解した。つまり、ガオザ王国を襲った者達は」
「はい……おそらくこの子の魔力を利用して古代兵器を動かそうとしているのでしょう」
「古代兵器って、本に出てきた?」
「ええ、そうよシャリオ」
「わー! わたし、古代兵器動かせるんだ!!」
純粋に喜んでいるシャリオだが、古代兵器は【暗黒時代】と呼ばれる時期に戦争の核となっていたものだ。いったいどんな製法なのかは謎で、その頃から異世界人が居たんじゃないかと言われている。
戦争が終息していくと同時に、古代兵器もどこかへ封印された。
「あの山賊達は、そういうことは知らなかったようだけど。シャリオちゃんがこれからも狙われるのは確かだね。だから、あたしに特務がきたんだ。しばらくはボルトリンで保護をしろってね」
「それは、助かるのですが。大丈夫なのでしょうか?」
リオーネが心配しているのは、自分達が居ることでガゼムラやボルトリンも襲われるんじゃないかと思っているのだろう。
「大丈夫大丈夫! ここはあたし達にどーん! と任せておいて!!」
「……わかりました。ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
「うんうん。じゃあ、さっそくだけどリオーネさん。確か、料理が得意だって聞いてるけど」
「はい。よく城のキッチンでお料理を作っていました」
「それはいいね! では、あなたにやってほしいことがあるんだけど……いいかな?」




