第九話「森の中で」
「ふーむ……」
「会長。真剣に見るのは、こっちの資料にしてください」
「やだ! こっちのほうが重要だよ!!」
生徒会室では、二人によるいつものやり取りが行われていた。
ナナエはいつものように、仕事よりも自分の趣味を優先している。ただそれでも最終的には、仕事をきっちりと完璧にやってくれるためマイキーもいつものようにできているのだ。
「それは、この前のものですか?」
ナナエが見ていたのは、シルビア達と共にクエストをやった時のものらしい。いったい誰がいつ撮ったのかはあえて聞かず、マイキーは一枚受け取る。
そこには、自分が知っているナナエやシルビアの容姿とは違う姿が写っていた。
「そうだよ。いやぁ、よく撮れてるねぇ! これは一生の宝物だよ!! あーあ、シルビアたん。このままあたしと一緒に特務やってくれないかなぁ……」
結局あれっきりはっきりとした返事がない。
ナナエはいつまでも返事を待つとは言ったが、やはり個人的にはシルビアと共に特務をやりたいと思っている。
「……そういえば、シルビアたん。長期休みは実家に帰るって言ってたっけ」
「まさか、ついて行くつもりですか?」
「当たりま」
「だめです。あなたには、仕事があります。それが終わらない限り、シルビアの実家には行けませんよ」
「えー!? そんなのやだー! だって、長期休みは学生のオアシスなんだよー!! なんで、あたしばっかりー!!」
これもいつもの光景だ。子供のように駄々をこねて、生徒会室がうるさくなる。
「あなただけじゃないですよ。僕もですから。それに生徒会の役員達も」
「あたしだけは自由にしろー!!」
「だめです」
「ノー!!!」
と、窓から外へ向かって叫び出す。
それをマイキーは冷静に室内へと引き寄せ、窓を閉める。
「おや?」
タイミングが悪かったようだ。窓を閉めたと同時に、特務を運んでくる鳩が豪快にぶつかった。普通の鳩ではないため、すぐ体勢を立て直し、窓をすり抜けてくる。
「会長」
「くっ! こんな時に、あのババア!!」
「読みますよ?」
「別にいいですよー」
読んでもいいが、自分はやらないとばかりにそっぽを向くナナエ。そんなナナエに対して、マイキーは鳩から貰った手紙を読む。
いつもならば平坦な声で、特務ですと言うマイキーだったが今回は何かが違う。
「どうしたの? マイキーくん」
ナナエも、その変化を察し様子を伺う。
「今回はちょっと特別みたいですね」
「どういうこと?」
「……人探しです」
・・・・・☆
「ふむ……この辺りか」
小鳥達のさえずりが聞こえる静かな森の中をシルビアは、一人で歩いていた。いつものように休みを利用してクエストをやっているのだ。
ユネ達も誘おうと思ったが、長期休み前のテストも近いということもあり今から勉強を頑張っている。
ミミルもユネ達に付き合っており、今頃部屋で頭を悩ませている頃だろう。
シルビアも最初は付き合うと言ったのだが、シルビアは皆のために頑張って! と。
もちろんシルビアも勉強はする。
ただ前々からやってほしいと言われていたクエストがあったため、そっちを優先した。
(採取クエストか……まあ、見習いがやるものとしては妥当なものであるな)
やってほしいクエストと言っても、やはり見習いへのもの。ナナエとB+のクエストをやったことは知られているが、それでも見習いは見習いということだ。
それに、シルビアは別に採取クエストでもいいと思っている。
採取クエストは地味だと言われているが、そうでもない。気ままに歩き、景色を眺めながら採るものを採ればいいだけ。
「いつもいつも討伐クエストでは、疲れるからな。他の冒険者達もたまにはやってほしいのだが……時代は本当に変わってしまった」
立ち止まって景色を眺めていると、小鳥が肩に止まる。
小さな頭を撫で、再び歩き出す。
採取するのは、この辺りの森に生えている毒消し草だ。王都の薬剤師が必要としているようで、店にある在庫がなくなる前に補充しておきたいとのことだ。
本来ならば、自分で採取をするのだが、仕事がかなり入っているため店から離れるわけにはいかない。そこで、ギルドに申請した。
「確か、前に来た時に」
何度かこの森には訪れたことがあるため、その時に目的の毒消し草を見かけた記憶がある。
周りをよく見渡しながら歩き数分。
シルビアの足が止まる。
ただ、毒消し草を見つけたからではない。
「……そこに誰か居るのか?」
人の気配がしたからだ。しかも、身を隠しているようだ。視界には映っていないが、大体の位置は把握できている。
声をかけるも姿を現そうとはしない。
「仕方ない。こちからかいくか」
別に悪いことをしていないのならば、素直に出てくるはずだ。もしかすると警戒してのことだと思うが、このまま放置もできない。
毒消し草はこの辺りにある。
採取の最中に他の気配があっては、気になってしょうがない。ならば、隠れている者が危険人物じゃないことをわかればいい。
(ふむ。だが、おかしいな。気配は二つあるが、ひとつはなにか)
シルビアが見つけた気配は二つ。ひとつは隠れるのがあまりうまくないようだが、もうひとつのほうはうまく隠れている。
だが、何かが変なのだ。普通の人間の気配だが……。
「む?」
近づいてくることを阻むように違和感のある気配を持つ者が急接近してきた。
目の前に現れたのは、黒き鎧。
全長二メートルはあろうかという巨大なフルフェイスの鎧が拳を振り下ろしてきた。
「何者だ?」
後方へと軽く跳んで回避し、謎の黒き鎧に問いかける。
「……」
「答える気はない、か」
無言で拳を構えると……なぜか高速で回転した。
(どういう原理なんだ? 腕が回転するなど)
「おっと」
黒き鎧は、一踏みでシルビアとの距離を詰めて、回転している右拳を何度も何度も打ち込んでくる。
そこで、シルビアは感じた。
(この動き……)
試しにシルビアはある行動を起こす。
大降りできた拳を回避し、がら空きな足を払った。
「ひゃう!?」
「ひゃう?」
ごつい鎧から信じられないほど幼い声が聞こえた。
豪快に倒れた鎧を仰向けにすると、蒸気が溢れ鎧が開く。
「いたたた……あっ」
「君がこの鎧の装備者であるか。鎧の大きさがあっていないようだが……」
鎧の中から出てきたのは、桃色の髪の毛を持つ幼女。明らかに、シルビアよりも小さい。高級なドレスを着込んでいるが、かなりボロボロだ。
長かったであろうスカートも、かなり短くなっており、肌も汚れている。
「お、お母様には指一本触れさせなんだからぁ!!」
姿を見られた幼女は、まだ抵抗しようと魔力を高める。
が、シルビアは頭を撫でながら優しい言葉をかけた。
「何を言っているんだ? まあ、落ち着くのである。我輩は別に君に危害を加えようとは考えていないのである」
「そ、そうなの?」
効果があったのか、幼女は警戒心が薄れていく。
「うむ。……ただそこに居る奴らは危害を加える気のようだが」
「え?」
目には見えないが、木の陰に何人もの気配を感じる。隠れる気があるのか……幼女を護る様に立ち上がり、シルビアは拳を構える。
「そこに隠れている者達よ! 姿を現すのである!!」
「まったく、仲間を集めて再戦に来たってのに。まーた、強そうなガキが居るじゃねぇか」
「知らないっすよ。まったく、近頃の子供はどうなっているんすか……」
「ぐだぐだ言うな。こっちは数で圧倒している。それに、今回の助っ人は今までと一味違うからな」
ぞろぞろと出てきたのは、明らかに山賊だ。
数にして、十五人は居るだろうか。
口ぶりから察すると、シルビアの後ろに居る幼女に一度やられているようだ。彼女の身なり、隠しきれない高貴さ、山賊達に襲われている。
ここから推測できる答えは……。




