第八話「変わった術士達」
「さっそくだけど、今回の術士コースの授業は二人一組となって……」
「先生ー!! 最後に何を言っていたかわかりませーん!!」
「もうちょっと大きな声でー!!」
「無理……なんか貧血だ……」
術士コースの教師ロミロは、いつも貧血気味だ。肌も病気なんじゃないかと思うほど真っ白で、猫背だ。
太陽の日差しを受けないように闇属性の魔術で遮断しているため、ロミロの頭上だけかなり暗い。
術士コースの生徒達は、最初ロミロを見た時にこのお先生で大丈夫か? と心配していたが、術士としてはかなり優秀で、十人同時に生徒を相手しても全然敵わないほどの実力者だ。
が、結局はいつも貧血気味なので、いつ倒れるのかと心配してしまう。
「先生。頑張ってください。このままじゃ授業が進みませんから」
優しく、それでいてちょっと急かすように言うと、ロミロは深いため息を漏らしながら口を開ける。
「はあ……だから、二人一組になって、魔術のぶつけ合いをしてもらう……ってことだ」
「なるほど。じゃあ、皆! さっそく二人一組になりましょう!!」
これがいつもの術士コースの流れだ。貧血気味のロミロがなんとかやることを言い、しっかり者のピアナがそれ以降の進行を務める。
完全に、ピアナが教師のようなことをやっているが、一年はそれでもいいと思い始めている。最初は、どこか絡みづらい雰囲気だったが、五月の終わり頃から柔らかくなった。わからないことがあれば、優しく教えてくれるうえに、実力も一年の中で一番。
唯一、ロミロと戦いダメージを負わせたこともあり、更に評価は上がっている。
「さて、オルカ」
「な、なんだ?」
ほとんどが二人一組になったところで、ピアナはオルカに話しかける。まだピアナと会話することに慣れていないのか、警戒している様子だ。
「そんなに警戒しないの。あなた、まだ決まってないでしょ? 私と組みなさい」
「組なさいって……相変わらず上から目線だな。他の奴らみたいに、優しくできねぇのか?」
「無理ね。あなたには、これぐらいが丁度いいわ。いいから、さっさと組みなさい。授業ができないわ」
「一応俺のほうが年上なんだけどな……」
もっと強く言い返すつもりだったが、ピアナには色々とひどいことをしたためオルカはピアナと組むことにした。
「それじゃ、やるわよ。まずは、初級魔術から。属性は、炎、水、風、土の順番ね」
「おう」
これは戦士コースでいう組む手のようなものだ。互いに同じ魔術を発動し、それをぶつけ合う。基本はただぶつけ合うだけなのだが、時々課題を与えられることがある。
例えば同じ魔力量で魔術をぶつけ合う。
発動時、一瞬で相手がどんな属性の魔術かを見抜き、反対属性をぶつけるなど。
今回はただ魔術をぶつけ合うだけなので、基本に忠実にただただ同じ属性の魔術をぶつけ合う。
「《ロック・ランス》!」
「《ロック・ランス》!」
何度か魔術をぶつけ合ったところで、ロミロが終了を知らせる鐘の代わりに、魔力を爆発させた。
「はい、終了……。お前達も成長したな……だいぶ」
「マジっすか!?」
「……やっぱ見間違いかもな」
「マジっすかっ!?」
「どっちなんですか! 先生ー!」
「あー……どっちだろうなぁ、ちょっと頭が」
はっきりしないロミロに、驚いていた生徒はこれはだめだと追及するのを断念。これ以上語っても、また同じことを繰り返すだけ。
それよりも、授業を続けたほうがいい。それほど、ロミロとの会話は重要視されていないのだ。
こうして考えると、あまり教師としては信用されていないように見えるが、これがロミロとの正しいやり取り。まともに会話をしたとしても、彼にのらりくらり流されるだけなのだ。
「先生。少しそこで休んでください。これからやることを言ってくれれば私が代わりに進めますから」
「あっ、そう? じゃあ、まずは……」
そして、これも最近のお決まり。
貧血気味のロミロを一度体調がよくなるまで休ませて、その間はロミロから指示を聞いたピアナが代わりに進行する。
こんなことになるのならば、無理をして授業に来ることはないのでは? と誰もが思っているが、ロミロの貧血は仕方がないこと。彼は普通の人間ではない。吸血鬼とのハーフなのだ。
ある一定の血を摂取しなければならないのだが……ロミロは血液の味が苦手なようで、かなり吸血を拒んでいる。そのため血が足りず、いつも貧血気味となっている。
「それじゃ、皆! 次は、魔力測定よ! 四人一組になって」
それから、ピアナが進行を続け、授業も後半へと突入したところでロミロが何とか復活。
まだ体調が悪そうだが、最初よりはしっかりと授業を進行してくれた。
「ねえ、オルカ」
「なんだよ」
授業も終わり、生徒達が自分の教室へと帰っている中で、ピアナがオルカの前を進みながらふと声をかける。
「あなた、長期休みの予定は決まってるの?」
「長期休みか……俺は、あいつらと一緒に故郷に帰るつもりだ」
「ふーん」
「おいおい。聞いておいて、薄い反応だな。……一度、親のところへ帰って今までできなかった親孝行をする。今までは、ただ貴族を見返すってだけを考えて全然できなかったからな」
だが、今はボルトリンに入学し、支援金を受け取ることができている。それ以外にも自分でクエストをやり報酬も受け取っている。
オルカや、エブル、ダイの三人はそのほとんどを故郷のために使っているようだ。
「そうだな。この前なんて、母ちゃんからお前がこんな優しい子だったなんて! とか来たからな」
「俺も俺も。本当にこれお前が稼いだ金なのか!? ってさ」
そこへ、オルカの後ろを歩いていたエブルとダイが親からの手紙の内容を苦笑いしながら語った。同様に、オルカも苦笑いしつつ語り続ける。
「俺もだよ。貧乏生活が長かったから、仕送った金をどうす使えばいいかわからないとか言ってたな。だからよ、王都の暮らしを体験した俺達が帰って、色々としてやろうってな」
「……良い心がけじゃない」
「そういうお前はどうするんだ? お前、家出中だったよな?」
「すでに予定は決まってるわ。でも、あなた達には教えてあげないわ」
「んだよそれ。人には聞いておきながら……」
不満そうに眉を顰めるオルカだったが、仕方ないとすぐ断念。
「それじゃ、私はシルビア達とお昼だから。これからも頑張りなさいよ!」
と、元気に手を振って走り去っていくピアナ。
小さくなっていく彼女の背中を見て、オルカは小さく笑う。
「あいつも大分雰囲気変わったよな」
「そうだな。最初の頃は、マジで人を寄せ付けないような目つきをしてたからな」
「おいおい、それは俺達もだろ?」
互いに、ここに入学して変わった。それは一人の少女のおかげだろう。
「シルビアか。あいつってマジで何者なんだろうな」
ボルトリンに通う見習い冒険者の中でも、最年少ではあるが実力はトップクラス。喋り方も雰囲気もさることながら、十歳とは思えない不思議少女。
オルカ達の中では、彼女の存在はあれ以降かなり大きくなっていた。




