第二話「女神様と」
「ふう。やっと解放された……」
ナナエはまだ物足りない様子だったが、なんとか解放された。
昼食は、軽く済ませさっそくディアナへと連絡するため【女神石】を取り出そうと、何の変哲のない木箱を手に取る。これは【女神石】と共にディアナから貰った特殊なものだ。例え破壊しようとしても、女神の加護で守られ。例え、専用の鍵以外で開錠しようとしても決して開錠はされない。
「さて、女神様と会うのは久しぶりだ。今連絡しても……うむ、大丈夫のようだな」
あちらの都合というものもある。
そのため、連絡できるのは【女神石】が輝いている時だけだ。丸く透明な掌サイズの石の中にある翼。それが輝いている時が大丈夫の合図だ。
さっそく、石を握り締め念じる。
すると、目の前に半透明な膜が現れ、徐々に形を形成していく。
「お久しぶりです。女神……様?」
いつものように挨拶から入ったシルビアだったが、映し出されたディアナは何かが違う。
見た事の無いテーブルに、見た事のない服装でぐったりと身を預けていた。
毛布と合体しているようだが、暖房具の一種だろうか? まだこちらに気づいていない様子で、ディアナはテーブルの上にある円形の菓子を一口齧り、コップに注がれた飲み物を啜る。
普段の女神ディアナと比べると天と地の差。
仕事以外がこんな感じなのだろう。
それは、あの時のディアナの動揺っぷりを見ていればなんとなく察しがつく。このまま女神観察をしているのも、面白いがやはり今一度声をかけたほうがいい。
(【女神石】が光っていたから、連絡しても大丈夫ということ。つまり、今の姿を見られたも大丈夫だと言うこと……だと思うが)
どうしたものかと悩んでいると、何かの気配に気づいたようで、ディアナがゆっくりとこちらへ振り返る。
「……」
『……』
視線が合い、しばらくの沈黙の後。
シルビアが頭を下げる。
「しばらくぶりです、女神様」
『あわ……あわわわ……!?』
明らかに動揺している。
この様子から、連絡が来るとは思っていなかったのだろう。
『い、いつから』
「数刻ほど前から。普段見れない女神様の姿を見て、ほっこりしました。それは、異世界の暖房具ですか?」
動揺しているディアナに対して、可愛らしいディアナを見れたと微笑ましそうに問いかける。
『……』
問いかけるも答えることなく、その場から立ち上がり一礼して、姿を消す。
そこから更に十分ほど経ち、ディアナは戻ってきた。
先ほどと違い、シルビアが知っているあの神々しい姿だ。
異世界の暖房具であろうテーブルも退けて、映像は拡大。
ディアナが立った姿が、よく映るようになった。
『お、お久しぶりですシルビアさん。ご機嫌はいかがですか?』
「うむ。絶好調である」
『が、学業のほうは?』
「謳歌しているのである」
『……いや、あのですね。さっきのは、違うんです。友達の異世界担当女神からこたつというものを貰ったので、試しに使っていたら、思いのほか温かくてですね。ふ、普段はあんな感じじゃないんですよ!!』
「別に隠すことはないのでは? 女神様だって、休みたい時ぐらいあっても良いと我輩は思っていますが」
神と言えど、ずっと働きっぱなしでは疲労が溜まるだろう。ああした休息も必要だ。が、ディアナにとってはいつもしっかりしている女神でありたいと思っているのか。
とても恥ずかしそうに頬を赤く染めて俯いている。
『まあ……いいですか。シルビアさんとわたくしの仲ですもんね!』
と思っていれば、吹っ切れたのか隠すようなことではないと気持ちを切り替える。
『では、こほん。シルビアさん、わたくしどういったご用件でしょうか?』
「はい、二つほど聞きたいことが。まずは、異世界について」
『異世界? と、言われましても数え切れないほどの異世界がありますから……わたくしも全ての異世界の状況を把握しているわけではないので。お答えできるかどうか』
「……では、ナナエ=ミヤモトという者の出身世界については?」
『ナナエ=ミヤモトさんですか? それなら知っています。先ほどのこたつというものがあり、わたくし達の世界に機械という文化をもたらしてくれた世界です』
その後、ディアナからナナエの出身世界についての情報を聞いた。
世界の名は地球。
シルビアが住む世界に、圧倒的に影響を及ぼした機械文化をもたらしたのも地球人。多くの転生者、転移者は地球からやってくるらしい。
ナナエもその内の一人であり、本来の名前は宮本七絵という並びのようだ。
大体の地球人は何の能力もない人間だが、ナナエは他の異世界人と違って、彼女は地球に居た頃から特殊な力を持っており、地球を担当していた女神にどういうわけかコンタクトをとってきて、自らこの世界に来たとの事。
そして肝心のナナエが発言する単語についてだが。
ヒロインとは、色々と意味はあるそうだが、ナナエの話をしたところこういう意味ではないかとディアナは言う。
物語の主人公。それの女の子版。地球では、女の子を主人公とした物語が様々あり、戦うものや日常なものまで幅広くあるとのこと。
「なるほど。地球というのは色々と楽しそうな場所のようですね……」
『はい。そちらに伝わっていない文化はまだまだあります。例えば、先ほどわたくしが使っていたこたつとかもまだそちらにはないようですね』
「そういえばそうですね」
『もしよろしければ、わたくしからプレゼント致しましょうか?』
それはありがたい話ではあるが、まだ発明されていないものを、それも女神の力を使ってなどズルをしているようで申し訳ない気持ちになる。
体験してみたい気持ちはあるが。
「今は大丈夫です。それに、そろそろ夏ですからねこっちは」
『そ、そういえばそうでしたね! も、申し訳ありません! 自分の管理する世界なのに……季節を把握してないなんて……! は、恥ずかしい……!!』
「はっはっはっは! いいんですよ」
『うぅ……そ、それでもう一つの用件ですが』
話題は変わり、次は真面目なほうだ。
これまであったことを、詳しく話すとディアナはなるほどと表情を強張らせる。
『その件に関しては、情報は入っています。シルビアさんが解決してくれたんですね』
「偶然であったが、我輩の【魔砕拳】でどうにかできた。あの魔力はいったい?」
『最近、この時代で広がり続けている異質な魔力です。どうやら、心の闇を増幅させて暴走させる力があるようです。シルビアさんがまだ七歳の頃から徐々に姿を現していたようで……わたくしも、どうにかしたいのですが』
神々が直接手を出すのは、色々とやばいことになるということだろう。そのため直接ディアナが世界に顕現することはない。
五歳の時には、肉体ありで顕現したが、世界に影響を与えない程度に力を落としていた。
「大丈夫です、女神様。我輩がどうにかして見せます! と言っても、我輩は現在学生ゆえ移動範囲は限られているのですが」
『いえ、シルビアさんのやる気は十分伝わりました。わたくしのほうでも、何かありましたらお伝えしますので』
「それはありがたい。ですが、女神様のご都合は大丈夫なのですか?」
『大丈夫です! これもお仕事のひとつなので!! ……え? 急用? あの今日はお休みなのですけど。……え? 担当だった女神が倒れた?』
どうやら何かがあったようだ。
こちらには聞こえないが、誰かと会話をしているらしい。しばらく待っていると、どうにか会話を終えたディアナが、どこかつらそうな表情をしていた。
『も、申し訳ありません。急用ができてしまい……』
「いえ、気にしていませんよ」
『では、わたくしはこれで! ま、またお話しましょう!!』
「はい。また何かありましたら」
本当に急いでいたようで、ディアナはものすごい速さで視界から消える。同時に【女神石】の力も消え、光の膜がなくなった。
ころころとテーブルから転がる【女神石】を落ちないように拾い木箱に収納し、しっかりと鍵を閉める。静かになったところで、シルビアは日差しが差し込む窓から空を見上げた。
「この世界で、何が起きようとしているのか……」
平和だと思っていたが、いつの時代も完全な平和というものは訪れないのだろうか。
シルビアは、頭を抱えつつもユネ達と街へ繰り出す約束を果たすため部屋から出て行った。




