第三十話「その後の」
王都のとある人気のない裏路地にて、ローブを羽織った老婆が居た。
右手にはまるで生きているかのように蠢く黒い球体がある。
それは、突然派手に砕け、老婆の手から消えた。
「けっけっけっけっ。魔力を砕く、か。やはりあの子は、あの方のお考えの通りの……おや?」
怪しく笑っていると、何かが近づいてくる気配を感じ取る。
老婆は焦ることなく、振り返ると。
「そこの老婆!! 何をやっているのかな!!」
ボルトリンの生徒会長ナナエが、派手で可愛い衣装に身を包んで現れた。
「おやおや、可愛らしいお嬢ちゃんだねぇ。こんな老いぼれに何の用かね?」
「あなたがさっき持っていた邪悪な魔力!! あなたは、ここ最近見栄えなく変な力を与えている張本人だね!! うちの生徒にまで手を出して!! ゆるすまじ!! そんな悪党は例え老婆だろうと、ナナエちゃんが許さない!!」
「会長。今日は、いつも以上にテンション高いですね」
そこへ、老婆を逃がさないとマイキーが逆側から現れる。
「当たり前だよ!! だって、この老婆のせいでシルビアたんは試合には出られず、変な噂が広まっちゃったんだよ!!」
クラス対抗バトルからすでに二日が経っている。
試合に出なかったシルビアには、変な噂が広まっているのだ。例えば、こんな試合など出るまでもないと、対戦相手のオルカと協力して皆を困らせているなど。
ナナエは、シルビアがそんなことを思っているはずがない、そんなことをするはずはないと断固として否定して、調べ上げた結果。
オルカから事実を聞いて、今に至る。
「けっけっけっけっ。何のことかね? わしにはさっぱりだよ」
「とぼけないでいただこう!! 我が光の眼差しには、あなたの邪悪なオーラがめっちゃ見えているんだから!!」
「あなたには聞きたいことが山ほどあります。さあ、抵抗せず大人しく捕まっていただきましょう」
徐々に、二人は老婆へと詰め寄っていく。周りは、壁で囲まれている。唯一の逃げ場は、ナナエとマイキーに塞がれている。
他にも逃げ場があるが、それは上だ。普通の老婆ならばそこはありえない。
そう、普通の老婆ならばだ。
「けっけっけっけっ。すまないが、わしは捕まるわけにはいかないんだよねぇ」
刹那。
老婆を包み込むように闇が出現する。
「逃がさない!!」
これは逃げられると思ったナナエは、老婆だろうと容赦なく蹴りを食らわせようと跳躍。
「さようなら。可愛い子供達。またどこかで会えるといいねぇ。けっけっけっけっ」
しかし、一歩間に合わなかった。
闇が弾け、老婆の姿は消える。
不機嫌そうに着地したナナエは、拳を握った。
「ぐぬぬ!! 逃がしちゃった!!」
こんなことなら、会話などせず容赦なく捕まえるべきだったと後悔しつつも、マイキーに指示する。
「マイキーくん!! まだ王都内に居るはずだよ!! 総動員して探し出す!! とっ捕まえる!!」
「わかりましたから、落ち着いてください」
「いくぞー!!」
その後、生徒会と王都の警備員達を総動員させ老婆を捜索したが、どこにも姿はなかった。
・・・・・☆
「よかったですね、シルビア。変な噂がなくなって」
「うむ。さすがは、生徒会の力と言ったところか」
シルビアへの変な噂は、生徒会の力もありなくなった。
生徒会から公開されたシルビアが出場しなかった真実は、こうなった。
最近噂になっていた王都へ侵入した侵入者にオルカが遭遇して捕まってしまった。偶然シルビアが目撃して、対処。
オルカを無事救出することに成功したが、試合に間に合わなかった。その事後処理を生徒会と副会長もやっていたためこれは事実だと。
「ですが、代わりに」
「いいんだよ。結局は俺のせいなんだから。それに、この程度で済んだだけで大助かりだ」
ただなくなったのはシルビアへ対してのもの。
オルカへの噂はなくなっていない。
むしろ公開された真実で、更にオルカへの噂は悪くなってしまった。オルカが捕まったせいでシルビアも試合に出ることができなかった。
やっぱり校則違反をするような奴は、周りに迷惑をかけるんだな。
中には、彼も被害者だと言う者達も居るが……これまでの彼の態度や行動を考えるとこうなってしまうのも無理はない。オルカ自身もそれを受け入れている。
だが、今のオルカはどこか清々しい表情をしている。
何を言われようと、動じていないようだ。
一度闇に落ちて、吐き出すものを吐き出し、そして解放された。もうオルカが闇に落ちることはないだろう。
「マジですまねぇ」
「覚えてないけどさ。俺達も、色々とやっちまったんだよな……」
「だから、もう謝ることはないのである。もう済んだことなのだから」
オルカと共に闇に取り込まれたエブルとダイは、どうやら記憶がないようだ。そのためオルカよりも罪悪感が深いのか、ずっと謝り続けている。
「で、でもよ」
「いいと言っているのですから、いいんです。それ以上言うなら、もっと財布を軽くさせますよ?」
「ひっ!? そ、それはちょっと」
「勘弁してくれ!」
エブルとダイは、この二日間。謝罪の意味を込めてシルビア達に色々と奢っていたのだ。ユネは遠慮など知らないのか。
二人の金で色々と食べていた。
「冗談ですよ」
「冗談には聞こえなかったんだけど……」
「ところで、シルビア。お前、これからピアナのところへ行くんだったよな?」
「そうだ」
シルビアが取り出したのは、一枚の手紙。
それは昨日の夕刻だった。
寮に戻ったところ、ピアナからの手紙が届いていた。
その内容とは。
「指定した場所に来るように、か。何があるんだろうな」
「ピアナちゃんは、ずっとシルビアちゃんを避けていたけど……やっと決心がついたってことかな」
「ですね」
「……なあ、シルビア。勝手な頼みですまないんだけどさ。ピアナに会ったらその……」
頭を掻き、言い難そうにしているオルカにシルビアはなんとなく察したようで、席から立ち上がる。
「わかっている。我輩が代わりに謝っておく」
「わ、悪ぃ。本当は俺が直接謝らなくちゃならないんだろうけど。まだ決心がつかなくてさ」
「それがいいだろう。では、我輩は行くのである」
「嬉しい報告を期待してますよー!」
「シルビアちゃんいってらっしゃい」
皆に見送られ、シルビアはピアナが待っている場所へと移動を開始する。
(……手紙に同封されていたこの写真。我輩は、この写真に写っている子に見覚えがある)
ユネ達には知らせていないが、手紙に一枚の写真が同封されていた。
写っていたのは、どこか自身がないように俯き、前髪でほとんど目が隠れている少女。その少女の隣に居るのは、今よりももっと幼きシルビア。
(この写真は、父上殿と母上殿と一緒に行ったとあるパーティーの時に)
今でも覚えている。あの時は、あまり貴族同士のパーティーという空気が合わず、会場から抜け出した。そこで、少女が一人集団で虐められている現場を目撃した。
見過ごすことなんてできなかったシルビアは、当然彼女を助けた。
(そして、彼女は我輩にある約束を……そうか。やはりこの写真の子が)




