第二十九話「魔を砕く拳」
「何が鉄拳制裁だ。言っておくが、今までの俺と思っていたら痛い目に遭うのはお前だぞ?」
「それに、オルカだけじゃねぇ。俺達も居ることを忘れるな」
「そうそう。痛い目に遭う前にとっとと逃げるんだな」
オルカの様子がおかしいことはわかっていたが、やはり一緒に居た二人も様子がおかしい。あの時の子供っぽさがなくなり、まるで力に支配されたような。
異様な雰囲気を感じる。
「ならば更に言葉をお返しします!! 痛めに遭うのはあなた達です!! ミミル。やりますよ」
「うん! 私達が相手だよ!」
「お? なんだやるつもりか。シルビアならともかくお前らが俺らに勝てると思ってるのか?」
「オルカ。俺らにちょっとやらせてくれ。この力でかるーく捻ってやるからよ」
どうやら挑発にのって、エブルとダイが前に出てくる。
「ああ。軽く捻ってやれ」
「おっしゃぁ!!」
「今更後悔しても遅いぞ!!」
負ける気がしない。彼らはそう思って突っ込んできた。
もちろん後ろで見ているオルカも、そう思っているだろう。
「まったく。なんだかわかりませんが、変な力を手に入れているようですね。ですが」
「くらえや!!」
「全然なってません!!」
「はへ?」
「おお!?」
ユネはエブルを、ミミルはダイを軽く投げ飛ばした。
いったい何が起こったのかと二人は、背中の痛みに堪えながら起き上がる。
「力を手に入れても、使っている本人の力がそれの見合っていない。動きが単調過ぎます。そんな動きじゃ、ユネ達を倒すことなんてできませんよ!」
「ふう。これなら私でも対応できる! シルビアちゃん!!」
エブルとダイは後方へと投げ飛ばされ、シルビアとオルカだけが向き合う形になった。ここからは見えないが、奥の牢屋にピアナが捕まっているのは確かだろう。
そして、クラス対抗バトルの開始時間まで後五分を切った。
ここは速攻で決着をつける必要がある。
(あの力を使うか)
「ちっ! 役に立たない奴らだ。……まあいい。あいつらには、あまり力が与えられていないからな。俺が居れば十分だ!!」
「言ってくれるではないか。ならば、かかってくるのである」
「シルビア。俺が術士だからって、あまりなめないほうがいいぞ」
怪しく笑みを浮かべたと思いきや、シルビアの目の前から姿を消す。
「ほう。速いな」
シルビアの真横から魔力を纏った拳を打ちつけようとしていた。
だが、シルビアには見えていた。
軽く右腕を添えて防御する。
「術士にしてはやるな。ピアナの真似であるか?」
「誰が、あんな奴の真似なんて!!」
再び素早い動きでシルビアの視界から消える。
「確かに速いが。我輩には見えている!!」
「ぐっ!?」
今度は、攻撃を受ける前にシルビアから仕掛けた。
「む?」
が、謎の力により阻まれる。
「はっはっはっは!! この力がある限りお前の拳は届かねぇよ!!」
「だが、これは魔力なのだろ?」
「あ?」
シルビアの言葉にいったい何を言っているのかわからないという表情を見せる。
「砕かせてもらうぞ、その魔力」
「なっ!?」
しかし、その言葉の意味はすぐわかった。自分に力を与えている魔力が砕かれた。
「なんだと!? 魔力が、素手で砕かれた!?」
「魔力を素手で!?」
「そ、そんなことが」
通常魔力は、触れることができない。触れるにしても、魔力を纏ったり、同じマナの集合体でない限りは無理だ。
それを砕くなどと。それもシルビアは素手で砕いた。周りが驚くのは無理もない。
これは、魔力はほとんどないシルビア……いや、ボルトバが編み出した能力の【魔砕拳】だ。
氷や土など物体を持つ魔術ならば素手や武器などで砕くことはできるが、魔力は別だ。
「驚いている暇はないぞ」
「くそっ!?」
魔力を砕かれたが、それでも一部。まだ負けてないとオルカは再び素早く動く。
「だから、見えていると言っているのである」
「また魔力が!?」
だが、シルビアはそれよりも速く動き、次々に身に纏っている魔力を粉砕していく。
「時間はかけられない。これで終わりにさせてもらうのである!!」
「させるかよぉ!!!」
これ以上魔力を破壊されまいとオルカは抵抗するも、シルビアの速さに翻弄されっぱなしだった。
(む? これは)
またひとつ魔力を破壊すると、何かが頭の中に流れ込んでくる感覚があった。
オルカの記憶か?
《やめろ! うるせぇ!! 俺は……自分の力で!!》
今破壊している魔力を受け入れまいと抵抗しているようだ。
《こんな力なんかに頼らなくても!! 俺はぁ!!!》
最後まで抵抗していたようだが、結局最後には魔力に飲み込まれてしまった。どうやら、この魔力は人の闇を増幅させ、支配する効果があるようだ。
(なるほど。そういうことであるならば)
「なに余所見してんだ!!」
「お前の闇。我輩が砕いてやるのである」
「なに?」
シルビアが何かに気を取られているのを感じ、オルカはチャンスとばかりに攻撃をしてくる。が、シルビアには隙というものはなかった。
背後から受けた攻撃を振り返ることなく、その小さな手で受け止め、そのまま豪快に投げ飛ばし。
「これで最後である!!」
一瞬にして、背後へと回り込み強烈な一撃を叩き込む。
今までの一撃とはわけが違う。
本気も本気。想いが篭った一撃にて、残りの魔力が全て砕け散る。
「あっ」
「え?」
「ししし、シルビアちゃん!?」
これは予想していなかった。吹き飛ばした進行方向にユネ達が居たのだ。運良く間を通って、エブルとダイにだけ激突したようだが、もう少し横にずれていたら確実に当たっていた。
「あ、危ないじゃないですか!? ただでさえあまり広い空間じゃないんですから!? もう少し考えて戦ってください!!」
「あわわわ……あ、危なかったぁ……!」
「見てください! ミミルなんて、ずっと我慢していたのに緊張の糸が一瞬にして切れましたよ!!」
結果として、オルカと一緒に居た二人の魔力も砕くことができた。
最後にユネに怒られなければ、最高にかっこいい結末だっただろう。さすがに、さっきのは不注意だったとシルビアも反省しているため、黙ってユネの言葉に耳を傾けている。
「ちょっと……あなた達、私を助けに来てくれたんじゃなかったのかしら」
すると、奥からふらついたピアナが呆れた表情で現れる。
「ぴ、ピアナちゃん!? 無事……じゃないよね」
「ええ。クェイスから受けたダメージは残ってるわ、そいつから二回ほど蹴られるわで、女の子としては散々な目にあったわよ……。そいつが纏っていた嫌な魔力がなくなったおかげで、自力で脱出できたけど」
「ぐっ!?」
どうやら、オルカだけはまだ意識があるようだ。気づいたピアナは、痛む体を引き摺って、無言のまま近づいていく。
「俺は……」
「どうやら正気に戻ったようね」
「おま―――あだっ!?」
容赦のない平手打ちがオルカの頬にクリーンヒットした。いかに強烈な平手打ちなのかわかるほど響いた。
「なにしやが―――おぶっ!?」
「に、二発目?」
「しかも、さっきが右で次が左であるか」
「にゃいを……」
たった二発だが、若干言葉が変になるほど頬が膨れ上がっている。これが術士の筋力なのかと、シルビアは素直に感心していた。
「とりあえずこれで許してあげるわ。あなたから受けた二発分よ」
「許すって……いいのですか? ピアナ」
「いいのよ。こいつから受けたのはすぐ治るような攻撃二発だから。それに、復讐だ復讐だって言ってるわりには、やってることが子供じみた感じだし」
ピアナの言うように本当に復讐をするのであるならば、シルビア達が来る前にもっとピアナを痛めつけるなどをしていただろう。
彼女の体と言動から、やったことと言えば二発蹴って、身動きが取れないように縛っていた。
そして何よりも、シルビアは魔力を砕いた時にオルカの心情を知った。
復讐すると考えているが、やるならば自分の力でと。
「つまり悪役になりきれなかった、ということですか」
「そういうことになるわね」
「……オルカよ」
「な、なんだよ」
可哀想だと思ったのか、ミミルはピアナの怪我を治した後、オルカの怪我も治してあげていた。そのおかげもあって、頬の腫れは引いている。
「さあ、フィールドへ行こう。我輩達の本当の勝負はまだ始まっていない」
と、笑顔で手を差し伸べた。
「は?」
予想外の言葉を聞いたと言わんばかりの反応だ。おそらく、これだけのことをしたからピアナ以上に何かを言われると思っていたのだろう。
「何をとぼけている? さあ、立つのである」
「……はあ。お前、可愛いくせに、変で容赦ねぇ奴だな」
「我輩が?」
「自覚なしかよ。普通、ここまで滅多打ちにされた奴が。その相手とまた勝負なんてしたがると思うか? 完全に追い討ちだろ」
オルカの発言に、気づいたシルビアはくすくすと笑う声が聞こえたので振り返る。どうやらわかっていなかったのはシルビアだけだったようだ。
ユネやミミル。そして、ピアナまでが笑っていた。
「す、すまない。だが」
「ああ、わかってるよ。この勝負は俺が起こしたものだ。本来の勝負は、闘技場のフィールドでやるはずだった。……しょうがねぇ。まだ体が痛むけど、事態を起こしたのは俺だ。お前に従うさ」
「そ、そうであるか。だが」
「いいんだって。今回のことは俺が全面的に悪かったんだ。これで許してくれってわけじゃないけど……ほら、行こうぜ」
「う、うむ」
どこかすっきりしたような。囚われていた闇から解放されたオルカは、珍しく戸惑っているシルビアを連れて本当の戦いのフィールドへと走り出した。
しかし。
『え、えーっと。時間内にシルビアさんとオルカくんが現れなかったため。その……第二試合はどちらとも敗北となります!!』
「……ですよねー」
「途中から時間のこと忘れてたもんね」
丁度地下牢から出てきたところで、シーニの声が響き渡った。それは、とても残念そうに二人の敗北宣言をしていた。
それと同時に、観戦席からもどういうことだー! ふざけるなー! 二人とも敗北だとー! などと罵声も響き渡っている。
「やってしまったのである……」
こうして、シルビアのクラス対抗バトルは始まることなく終わってしまった。




