第二十八話「地下牢へ」
「シルビア! 大丈夫なのですか? 十分の休憩がありますが。選手は五分前には控え室に居なくちゃいけないんですよね?」
「大丈夫だ。五分もあれば十分。今は、ピアナが心配なのである」
ピアナの試合が終わった後、シルビアはすぐ観客席から離れていった。それは、負けたピアナの様子が気になったからだ。
自分の試合は今から十分後。
しかし、シルビアは選手のため五分前には控え室に居なくてはならない。
「それに、五分前に控え室に居なければ失格というわけではない。試合開始まで、フィールドに居なくちゃ失格。つまり試合開始までフィールドに居ればいいのだ」
「確かにそうですね」
「シルビアちゃんなら、余裕かもしれないね。……あれ?」
「どうしたのであるか?」
あと少しで術士の選手控え室に到着しようとしていた時だった。
何かを感じ取ったのか、急に立ち止まった。
「なんだか、嫌な魔力が残ってるような」
「嫌な魔力?」
ミミルには感じ取れるようだが、シルビアにユネには感じ取れない。やはり魔力が少ないからだろうか? それとも術士としての才能の差か。
魔力感知は、魔力が多い敏感に感じ取ることができる。魔力量は、この中だとミミルが一番。シルビアが三番目になる。ミミルが術士としても優秀だというのは、二人もよく知っている。
そのため、彼女が言うのであればそうなのだろう。
「どういう感じなんですか?」
「えっと、なんだか背筋がぞぞぞってくるっていうか。体に纏わりつくような……と、とにかく嫌な感じ!」
「なるほど」
「え!? 今のでわかってんですか!? さすがのユネでもあまりよくは」
「我輩にもあまりよくわからないのである」
「ですよねー。……でも、妙ですね」
と、術士の控え室ドアを開ける。
だが、そこには誰もいない。
戦いに負けて落ち込んでいるピアナが居る可能性は少ない。彼女の性格から考えると、ずっとその場で反省しているよりも、体を動かしながら反省しているはず。
そして、シルビアの対戦相手であるオルカは今のところ未知数だ。そのため控え室に誰もいないのはおかしいことではないのだが、ミミルの感じた嫌な魔力というものでこの状況も。
「ミミル。その魔力はここだけで感じられるのであるか?」
「ううん……あっちからも感じられるよ」
どうやら闘技場の地下へ続く道に続いているようだ。ここはかつて本当に命を削りあう戦いがあった闘技場を再利用している。
そのため地下には、見世物として戦わせる囚人などを閉じ込めておく牢屋がある。本来ならば、立ち入り禁止の場所だ。だが、シルビアの直感がこの先に何かがあると告げている。
「よし。確かめにいこう」
いったいこの奥に誰が居るのかと、気配を感じ取ったが、正確な数はわからなかった。だが、少なくとも二人は居る。
今まで気配を感じ取ろうとして、不完全だったことはなかった。この地下から漂う嫌な力。それが気配察知を妨害しているのだろう。
「当然ユネ達も行きます!」
「怖くない怖くない」
本来ならば二人を危険な目に遭わせないために戻らせるのが最善だ。しかし、二人の性格を考えると言っても断固として聞かないだろう。
ユネは、わかっての通り。
ミミルは、一見して控えめな性格だが、芯の強い子だ。
二人の性格を知ったうえで、シルビアはあえて何も言わない。
「うぅ……すごく濃い」
「ここまで来たら、ユネでもわかります。この先に、居ますね」
階段を下りると、鉄の扉が立ちはだかる。
その鉄の扉の置くから、ミミルにしか感じ取れなかった嫌な魔力というものが、シルビアやユネでも感じ取れるほどに濃いものとして滲み出ている。
魔力の少ない二人でさえ、こんなにも嫌な感じだ。
敏感なミミルには、この濃さ相当堪えるだろう。
「ミミル。大丈夫であるか?」
「だ、大丈夫。それに、ここまで来てようやく感じた。この先に、ピアナちゃんが居る」
「ああ。我輩も感じる。この先にピアナだけじゃない……オルカも居る」
・・・・・☆
「うっ……ここは」
「よう。目が覚めたか、敗北者さんよ」
まだクェイスから受けたダメージが残る中、ピアナは徐々に意識を回復していく。そこで、聞こえた声はあまり聞きたくない人物のものだった。
「あな、たは」
「オルカだよ。わかってるくせに。にしても、呆気ないものだな。こうも簡単に捕まえるとことができるなんてな」
オルカの言う通り、ピアナは縛られていた。ただの縄ではない。どうやら魔力によって作られた縄のようだ。普通の縄よりも強度があり、簡単には抜け出せない。
ただそれは、魔力がない者や少ない者に有効な手だ。
(こんなもの)
クェイスとの一戦で大分魔力を使ったが、この程度ならば容易に解くことができる。魔力を縄に流し込み、内から破壊しようと試みるピアナだったが。
「無駄だぜ。それはただの魔力の縄じゃねぇからな」
まるで、魔力が食われる感覚が襲う。
この感覚は、気を失う前にも味わった。
「あなた、この力どこから!」
明らかに普通の力じゃない。こんなもの一学生が簡単に手に入れられるはずがない。オルカの雰囲気が変わったのが、この力の影響ならば頷ける。
「どこだっていいだろ。どんな力だっていいだろ。今は」
「あぐっ!?」
「お前をこうして屈服させられるんだからな」
まだダメージが残っているとはいえ、魔力の鎧を突き抜けてダメージが入る。普通の蹴りだったはずなのに、ここまでのダメージを受けるとは思ってもいなかった。
もはやあの時の校則違反をしていたオルカではない。
「なにが屈服よ。あなた、まだ貴族に復讐とか考えてるの?」
「ああ、そうだ。俺は忘れない。貴族が俺に、俺の家族に、友達にしたことをな!」
「だからって、私を屈服させても復讐にはならないわよ。やりたいなら、あなた達を傷つけた貴族に! 自分の力でやってみなさい!! そんな借り物の力じゃなくて!!」
「う、うるせぇ!!」
「ぐっ!? そうやってムキになるってことは、自分でもこれが間違ってるって理解しているんじゃないの?」
殴られようと、蹴られようとピアナは喋るのを止めない。今のオルカのやっていることは絶対間違っているということをわからせるために。
こんなわけのわからない力に頼っても身を滅ぼすだけだということをわからせるために。
その結果、オルカの心は少し揺らいでいるようだ。
「黙れ。お前は黙ってろ!!」
これ以上喋らせないようにとオルカはピアナの口を魔力の膜で塞いだ。
「オルカ。どうやら誰かが来たようだぜ?」
「どうする?」
「むぐぐぐ!?」
オルカ一人じゃなかった。明らかに二人も様子がおかしい。
「どうするもこうするも。この場所を知られたからには、始末するしかねぇだろ。この力があれば、誰だって倒せるんだからな!!」
「なるほど。君達がピアナを誘拐した犯人だったのか」
「お出ましか」
鉄の扉を開け、入ってきたのはシルビア、ユネ、ミミルの三人だった。
「あなた達!! こんなことして、ただで済むと思っているんですか!?」
「ピアナちゃんを離して!!」
「誰が離すかよ。解放してほしかったら、俺達を倒せばいい。まあ、できればだけどな」
これまでのことを考えると、シルビア達とオルカ達の実力差は明白だった。しかし、今のオルカ達は謎の力を手に入れて変わっている。
この自信も口だけではないだろう。
「言われなくとも君達は倒させてもらう。それにオルカ。我輩はあの時言ったはず。悪いことをしたら、鉄拳制裁をすると!! さあ、覚悟するのである!!」




